ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。最近は私の体調(うつ病)や難病(ファブリ―病、大腿骨骨頭壊死)の夫との近況についてがほとんどです。

自分が知らない私を知るその②熊本・浮島神社へのポートレート撮影の旅

その②です。その①はこちら↓
miww55.hatenablog.com

撮影当日はいいお天気。
菊水まで高速バスで行き、お迎えに来てくれた二人の車に乗って、市内へ。
まずは腹ごしらえということで、石窯ピザのお店へ。
車の中からピザやさんまでも、二人の夫婦漫才みたいなやり取りに(本人たちはその意識全くなし。)口をはさむ余裕がありませんでしたw
いや、、、、やり取りというよりは美子ちゃんのツッコミが容赦ないのよねwww
でもつっこまれるスキがありすぎる賢太郎氏(^^;
いいコンビだなぁと改めて思うのでした。
このあたりは、麦の刈り取りの真っ最中。大きなコンバインが動いてました。北海道みたいな丸々ロールがいっぱい!刈った後は焼き畑にするようで、あちこちから煙が。
福岡市内ではなかなか見れない光景です。
こんな感じ。↓

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30分くらい車で行ったでしょうか。
目的地の嘉島町の浮島熊野坐神社に到着。
途中古墳らしきものもいくつかある。そっちもなかなか興味深い。

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正式名称「浮島熊野坐(ます)神社」
坐というのはおわします的な意味かな。最初にこの神社の存在を知った時に感じた通り、熊野系の神社なのでした。
国を創った夫婦の神様が祀られています。
私のキーワード「生まれ出る」そのものかも。

この地は、熊本大地震で大きな被害にあった益城のお隣の町。鳥居らしきものが横たわっていたけどその被害にあったものかもしれません。奥に見える建物にはビニールシートがまだかかっていました。

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まずは赤女稲荷様、そして念願の馬頭観音様にお詣り。
鳥居の並びとは逆に座っていらっしゃいます。

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馬頭観音さまは頭のところに馬が乗ってて怖い顔をした方というイメージがあるのだけど、こちらの方はお馬さんに乗ってらっしゃるとっても可愛らしい感じの方。
赤女稲荷(あかじょいなり)さまは女性事業家の守り神でもあるらしい。(後から知りました)
このところの私のテーマは、女性として仕事をすること。男性社会に生きているので(というとまた怒られそうですが、まだまだ世の中は男性社会だと思います。女性管理職が半分になったら、女性政治家が半分になったら、やっと「男女共同参画社会」になるのではないかと。私が思うある程度のメルクマールですけどね。)
この社会で仕事する時には、男性並みのスキルや手法を使わねばなりませんが、私はそれにどうしても慣れません。そこに必要以上のパワーを使うのです。
世の社会進出してる女子たちはほんと頑張ってると思う。社会進出という言葉自体がもう男性社会だということの象徴だよね、なんてこの手の話になると尽きないのですが。。。
で、私はその社会はその社会で機能しているのだろうからいいとしても、私はそこで存続することができないので、じゃあ私が活きる場所はと思うと、女性であることそのままで仕事ができる場所なんです。

そんな場所で私が自分の命を果たし、やりたい仕事を全うできますようにと祈りました。
特に馬頭観音さまには具体的なお願いを、赤女稲荷さまには仕事において今欲しいもの(足りないと思ってるもの)をお願い。

馬頭様は早いというけど、帰ったらちょっとばかしいい感じのお話が!どう転ぶかはわかりませんが、気持ちが上がります。

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浮島熊野坐神社ご本殿。
こざっぱりして綺麗な空間です。ずーっとここに居たい位居心地がよい。
こちらでは、今回寄らせていただいた理由と私の願いをお伝えしました。

池の方から入ってくる風が気持ちいい。
しばしこの辺で休憩していると、「美和子さん、こっち来て」といきなり撮影が始まりました。
少し日の光が落ち着いてきた感じ。そしてとにかく静か。風がいい。
しばし、その場を感じていました。
その辺の写真がこちら↓

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どんな風に撮られればいいのかわからないっ!

パシャパシャ撮ってたら、神社の方に「何か雑誌かの撮影なら許可を、、、」と言われてしまいました。
まー、普通に観光って感じじゃまったくない撮影風景ですわね、確かに。

なのでこの辺でこの場の撮影は終了。
お詣りしていなかった厳島さまにお詣りして、その後おみくじを引きました。
吉。いつものように「花の咲く日は遠けれど巡りくる春の訪れ心して待て」。
忍耐ですね忍耐。ふう。

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厳島神社さま。いちきしまひめさまーって、お願いしてきました。お願い事は秘密。いちきしまひめさまにはいつもおなじことばかり。

神社ゾーンは終わって、しばらく池の周りをお散歩。暑い!撮影どころじゃない!
この池はどこかから流れてくるのじゃなく湧き出ているものだそう。でもデカすぎてイメージがわかない。
とはいえ、水辺はなんやかんや言って楽しい。ちょろっとお水に触ったけど、水ぬるむ感あって「ああ、初夏ね~」って。梅雨に入ったばかりなのだけどw
こんな時間はいいなぁ。
日常車で動かないので(ペーパードライバーだからか)行動が都市型なのよねぇ。

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風が良い。
ふと見ると、いちゃついてるカップルが!笑
この後すぐ呼ばれました~。
実は二人でロケハンしてくれてたみたいです。写真撮って様子を見てるってところだったみたい。
アジサイの色がとっても素敵だから、この辺で~」
う、うん。どんなポーズすればいいのかなぁ。迷う私。
女優になりきれないので、とにかく普通にアジサイを愛でるwww
ひたすら肩に力が入ってるらしい。美子ちゃんにオイルもらってつけてみる。
ヤングリビングのオイルは、やっぱりほっと安心する。


ここのアジサイは色がほんのり。薄手ではかない感じ。でも小さいアジサイは蕾に勢いがあるのです。こんな自然に癒されて満たされてるんだなぁ、人間って。
そういえばアジサイはうちの近くにもいっぱいある。日常って、そんなことすら忘れてしまうなぁ。f:id:miww55:20170619235056j:plain

賢太郎さんの感想はこちらのブログにあります。↓
あ、後半ネタバレあり。

kentarotakase.jugem.jp

 

駐車場の向こうの方にも行ってみました。

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向こう岸から見た浮島。ほんと美しい。(コーンさえ見えなければ完璧なのだけどなぁ~)f:id:miww55:20170619235847j:plain

空が広ーい!
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こちらでは、美子タイムがw
なんか微笑ましくてねぇ。つい撮っちゃった。

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この時のきっとこちらの写真。
満月は浮島へ | Yoshiko Art


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歌う美子嬢。天女みたいだ。

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美子ちゃんとのツーショット。私はまぶしそうw
こういう時、決め顔ができないんだよなぁ。

こちら側は綺麗ばっかりではなく、東屋が崩れているのが2体。柱が弱いからなんでしょう。そのまま屋根が落ちてぺしゃげてる感じでした。
なんだかカメラを向ける気になれませんでした。
当時はこちらの駐車場はがれき置き場になってたらしい。
今は、なにもなかったかのように草木もまた生い茂っているけれど。1年前のこと。
それもなんだか必要なことだとして自分の中に残りました。
ここに来させていただいた意味。今これからを考える必要性。

また長くなったので、その③に。
その③は、写真がないので早めに終わります、多分。

 













自分が知らない私を知るその①熊本・浮島神社へのポートレート撮影の旅

3月の熊野でご一緒した高瀬夫妻。
奥様の美子ちゃんは、インスピレーションのまま描くエネルギーアーティスト。

Yoshiko Art 高瀬 美子
そして夫君の賢太郎さんは、これまたインスピレーションで詩を書くアーティスト。

詩人stan の 非凡にして平凡なる日常

その彼が今回、「あらたに取り組みたい、人物撮影。たくさんの経験を積みたい今、モニターとなってくださる方を、募集します。」というのに、反応しました、私。

実は、鏡を見るのも写真を撮られるのも得意ではない私。
これまで、何度も写真を撮ってくれる方はいたし、写真やってる方のモデルもやってきたけど、、、、なぜか構えちゃうんですよねぇ。(魂吸われるとは思ってません(^^;)
がっかりしたくないんだろうな。そんな気持ちがどこかにある。
でも、そんな自分にちゃんと向き合わなきゃという気持ちの方が大きくなっている、そんな時でした。

講義でジョハリの窓を扱っている最中でもあって、「自分が知らない私」を見るには、自己開示をすることと、他者の助け(フィードバック)が必要であることは重々承知。
常々それは自覚しているので、やってるつもりだけど、自分が知らないという状態は無自覚な状態なわけで、その状態を作るには自分の頭が働かないようにしないと体や心が前に出ないのです。
そういう機会は自覚があっちゃ作りにくく、やっぱり他者の助けが要るのですよね。

でもやっぱり写真は得意分野じゃないんだけど、
でも、賢太郎さんの今回の募集に、ふと「行ってみようかな、熊本もほぼ一人では行ったことないし」と思ってお願いすることにしたのでした。彼らの新しい暮らしぶりも見たかったし。(これは結果的にかないませんでした。また今度ということだろう^^)
まあ色々言い訳めいたことを並べつつ、結局のところ、どこかで「いつかはこういうことをしてみよう」とは思ってたんですよね、そう、気持ちのどこかで。
で、そのこと自体は苦ではない。ならやってみよう、やってもらおうと素直に思えることができる瞬間がやっと来た感じ。
他者である賢太郎さんは、きっと自分が見えない自分を切り取ってくれるんじゃないかという淡い期待❤

~~~
ということで、彼らとメールでのやりとりスタート。
最初は場所の設定から。
最初のメールで、案内されたのは熊本市内の某所。
昭和レトロな感じの、若干すたれたような感じの場所でした。

昭和レトロは、苦手ではなく逆に好きな部類です。
でも検索してみている風景には、何か違和感がありました。その一つは空気感。
流れがなく止まっている感じがするのです。街も時代から取り残されたような。
そしてそれは、私の中にある要素の一つなんです。そこはよくわかっています。
でも、今私が見たいのは、そこじゃない。ある意味、その昭和な部分は「私が知っている自分」で、私が見たいのは「私が知らない自分」または「私が忘れている自分」なんです。
彼らとメールでやりとりをしている中で、それがわかってきました。

私がメールで書いた文章が以下。
==
賢太郎さんが読み取ってくださった私は昭和なんですねぇ。
確かに自分の中に色濃く昭和が(というよりその時代を生きた自分)
が残っていてそこがスタートな自分ということは自分でも自覚しています。
で、その自分を否定するものではないのですが、
そこから出れないのが問題だなと最近思っていまして。

私を作ったのは紛れもなく昭和なのですが、
そこから平成、そして再来年にはきっと新しい元号に変わるだろう未来の可能性を
私自身は見出したいと思っていて。

最初は、(場所の選定については)お任せで行こうと思っていましたが、(最初ご提案のあった)〇〇町を調べてみて(写真を見たりして)、
「ここは私の中にあるものだけど、私自身はここからもっと未来に行きたいと思ってるんだな」ということを感じました。
昔は動いていただろうけど今は動きのないところにとどまって居たくはなく、
私が息ができる場所、私が生を感じることができる場所がいいなぁと。
正直、どんなところがいいのかってこれというところがあるわけではないのですが、
緑、水、湧き出るところというのがキーワードな気がしています。
海ではないなぁ。ちょっとした池のほとりとか。
閉鎖的ではなく、息ができそうなところ、、、
===
最初は、キーワードすら全くなかったのに、このやりとりの中で「これではない」というモノが取り外された時に、やっとキーワードが浮かび上がってきました。
自己開示をし、他者からのフィードバックで出てくるものがあります。
これってジョハリの窓でいえば「盲点」(自分が知らず他者はしっている私)かな。
まだまだ「未知」の窓まではいってなさそうだけど、ここまででも私的には「おおっ!」って感じ。

そして、次のメールが来ました。
===
熊本の嘉島町 というところに
浮島神社があります
http://www.ukishimajinja.com/index.html

水がきれいなところ
そこは いかがでしょう
 
あたらしいものを産み出す
そんな場所のように感じます
===

初めてみる地名と神社の名前です。すぐに調べてみました。
で、驚きました。
湧き出る水、自然。生まれ出る。まさにな場所でした。

浮島神社の御祭神は、いざなぎさまいざなみさま。
ああ、これは熊野詣での続きなのだなぁと思いました。私のルーツをたどる旅。
「浮島」は熊野の泊まったホテルの裏手近くにもあり、なんだか妙にご縁を感じて一人で歩いて行った場所。
そして太宰府の「浮島様」へは、いちきしまひめさまがいらっしゃるのから行くのです。この熊本の浮島にも、なぜか「厳島神社」があり、いちきしまひめさまが祀られているのです。
なんだかそんなところにもご縁を感じてしまいます。

もうひとつ、こちらには御末社で赤女稲荷さまと、お会いしたくて探していた馬頭観音さまが!
いちきしまひめさまも赤女稲荷様も、女性に関する神様。
この水の湧き出るところに女性のための方々が居らっしゃるというのは、私にとってはとても自然で、なぜかほっとします。

そんなこんなで、行く前からテンション↑!
神社詣りをしようとは思っていなかったのに、やっぱり神社になってしまうのね。
でもそれも面白い。

メールでは、「3日後ではどうか?」という連絡。金曜しか時間が取れないと言っていたのでした。
動く時は本当に話がさっと動くものです。丁度九州地方は梅雨に入り、天気も怪しいけどその日は晴れるらしい。即その案に乗りました。

またまた前段でこんなに長くなってしまったので、続きはその2で。






考えてもどうしようもないこと。

いきなり夫が横腹を押さえながら「痛い痛い~~~!!」と苦しみだした。
夫は透析中。それが終わったくらいの出来事だった。

そのあまりの痛みように息子と私は驚き、「どうしたと?」「どこが痛いと?」と駆け寄るも「うああああ。」「いた~~~い!」と叫び、床に転がる夫。

息子はおろおろしながら電話を手に取り、
「早く病院に行かなきゃ」「救急車呼ばなきゃ」という言葉をくりかえす。

とはいうものの、どこがどうと確認しないと救急車にも連絡できない。
でも何度聞いても何がどうなのと本人は言わない。
まあそういう性格ではあるのだけど、痛みがひどいから言えないんだろうと思いつつ、
まあ、しばらくするとケロッとすることもあるしなと思ったり、いやでもこの痛み方は尋常じゃないからなと思ったり。


「救急車呼ぶ?」と聞いた2度目に首を振る夫。

息子は「これが続いたらどうするの!」「ひどくなったらどうするの!」と不安げ。
そうだよなぁ。でもまだ5分。30分続いたら連絡しよう。

15分後、少し痛みの間隔があいてきた感じがする。
20分後、痛みはあるが叫ばないようになってきた。まあ大丈夫だろう。
以前腹膜炎になった時もかなり痛がったが、それとは全く違う痛みだったらしい。
(傍目には同じような痛がり方にしかみえなかったが)

動けるようになってきて、「あ、わかった!」と本人。
透析液がちゃんと混ざっていなかったらしい。
ちゃんとしてくれよー。
「そうなるとは聞いていたけど」とかもう。


本人も痛くて大変なのだろうけど、今回息子のダメージが結構大きそう。

今後きっとこの手のことは必ず多くなる。
息子と少しそういうことを話していた方がいいのか、
それともその状況状況で本人が納得していくのを見守った方がいいのか、
結構真面目にその辺考える。




遠隔ヒーリングからの瞑想での気づき、悩みからの課題設定、状況判断からの、おやすみなさい迄の道。

昨夜ふと思い立ち、ある方の遠隔ヒーリングを受けた、といっても期間中ならいつでも受け取っていいですよというものなので、直にというタイプじゃないんだけど。


ヒーリングを受け取りますと言い、瞑想している間に思ったことはいろいろあって、いつも私が夢や瞑想中に見る私しかいないお花畑、森、湖(ちょうちょはいる)で心静かに。でも、私はここにいる私も私だけど、外の刺激が気になって仕方ない私もいて。どっちが本当というよりも、どっちも本当なんだよなと改めて思ったり。
中にいる私は、でも寂しさを感じている。
そう、私は実生活でも寂しいんだよなってのは、わかっていたけど、ああやっぱりそうなんだと思う。この部分はまだ蓋をかぶって居そう。

瞑想中は、できるだけ深呼吸を深くする。
そもそもどうも呼吸が浅いらしい私。言われ始めたのはここ2年ほど。
いつからなのだろう?もしかして生まれつきなの?
で、このところどうもこの深呼吸が下手。下手ぶりが鼻についてたまらなくなってる。
自分にむかつくというやつです。
でもね、わかんないんだもん。仕方ないよね。
頑張ってるんだけど、それでいいのかわかんない。

ここで怒りが出てくる。なんでいつも私ってこうなんだよーって。
ほんとにね、何においても下手なのですよね。これがたまらなくて、ずーっと頑張ってるんだけど、上手にならずにこの年まで来てしまった。
人と比べるわけではないけど、生きづらいのです。
呼吸は、唯一人が臓器をコントロールできる機会。だからここでのアプローチがうまくできることが、身体とのコミュニケーションをとることに大きく作用すると思うんだけど、、、。
どなたか私のパーソナルコーチになっていただけないかしらー。近くの方。

寂しい部分をどうするかはまた問題で、ここはぶつかってみるかと思わないでもないが、以前いろいろ言われたしなぁ。状況で考えよう。とりあえず。

今日はてんびん座満月らしい。

tenkataihei.xxxblog.jp

「結論」を出すタイミングなのだそうだ。
なかなかいい時にきますな。

ここは心機一転、

「今までと違う関係」 

を目指しましょう。


別れる別れないというより、

関係性を変える。

今年の4月1日の書初めは「速決」。「即」じゃないところがミソ。
即決なんてできないからね。せめて「速」で。スピード感意識しましょって。

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悩んでても、動きはでてこないもんね。
まずはこけてもいいから動くですな。

と威勢のいいことを言えるのも、この時間(現在2:46)だから。
このところの私は、体調がやっぱり整わず、
夕方16時すぎくらいからどうにか体調がよくなってきて、仕事がはかどるようになります。でも夕方はもう食事の支度にも入んなきゃで、ご飯食べて落ち着いてからが、仕事の本タイム。うちこどもとの時間もありつつ、なんやかやしてたらすぐ12時すぎ。
だから12時過ぎからの時間がやっと自分の時間となって、この時間くらいになるとやっと体がほぐれていたくなくなってくる。ベストな体調がこの真夜中にやってくるわけで。
ここで仕事をまたしはじめようものなら、下手すると6時くらいになったりもして。
完璧に昼夜逆転
朝起きた時に起きていようかと思ったんだけど、全く機能せずだめでした。
朝から用事で出るくらいの日には気が張ってるからどうにか行けるんだけど、昼は眠い。
さて新学期は14日から。頑張って起きて今の楽な状態を昼間にもっていかねばー。
体内時計に詳しい方、どうか調整の仕方をお教えください~。
かなり頑張ってるんだけどなぁ。
ここ、ピンポイントで神様にお詣りするかなぁ。

それにしても、あまりにもすっきりして肩も軽い今、仕事したい~~~!
でも寝ないと明日がまた1日つぶれちゃう。

ねよっかぁ。おやすみなさいませ。

追加~:
なんで今日このブログを書こうと思ったかというと、
ああ、そう。私ってね、「こんな私だし」って思ってたんだなぁって。
言葉では絶対言わないし、普通は思ってないの。この言葉としては。
でも私の中には、あるの「こんな(できない)私だし」「私なんか」って。
バカだよね。
自分で自分の価値下げてどうすんだよね。
自分がどこまでできるかわからないけど、やるかやらないかなんだよ。
やるしかないのに、ついつい「こんな(できない)私だし」「私なんか」が出てきてしり込みしちゃう。
なので、満月の日に「こんな(できない)私だし」「私なんか」をぽいってしちゃいます。「こんな(できない)私だし」「私なんか」はいらないぞ!

紙に書いて、ホワイトセージと一緒に燃やした。全部粉になるまで。
すっきりした。肩もひときわ楽になるはず。満月万歳!

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巡禮記遠足 宮地嶽神社 筑紫の王に会いに行ってきたその②

miww55.hatenablog.com

その①はこちら↑

その②です。

奥之宮八社めぐりというスタンプラリーがやっていましたので、やってみることにしました。
メモラーな私は、メモも持ってるし手がふさがるのはなぁとちょっと躊躇したんだけど勢いでw
生来はこういうの大好きです笑
台紙は結構センスのあるデザイン。こんなシンプルなデザインする方とお仕事したいな。

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最初は、七福神社へ。
七福神って、日本で一番知られている神様じゃないかな。

途中にべんざいてん様。
いらっしゃるところがかわいい。
べんざいてん様は私が一番よりどころとしているお方。
「女性として、女性のままで仕事をさせてください」
願うだけでホッとする。

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たくさんの像がありますが、布袋様と大黒様が目立ちます。
そういえば、その昔うちにもお二人のセットでいらっしゃったなぁと思いだす。。。
布袋様はサンタクロースと同じ役割をされている方なのだそう。
そういわれれば、確かに似ている。
大黒様と言えば打ち出の小づち。
これは振れば出てくるものではなくて、破壊のための小づちなのです。
破壊の神というと怖い感じがするけれど、新しいものを作るためには壊すことが必要ですよね。そういう前向きな破壊です。ヒンドゥー教のシヴァと同じ役割。
大黒天様は、大国主命さま=国造りの神様なので、破壊しちゃ作りしていったのですね。スクラップ&ビルド。私がやってることと一緒だ。

熊野の青岸渡寺でも七福神様が祭ってあるところに行き、大黒天様にお目にかかったけれど、中々に憧れます。
そこでおっちゃんに、「みわこさまは、よくおねがいしておきなさい」と言われていたのでした。そういえば、お正月に引いた七福神みくじのひとつは大黒天様でしたわ。
ココでのお願いは2つ。「私の中のすぐヘタレてしまう、すぐ怖がってしまう思いを破壊しながら進ませてください」ってのと、もう一つはちょっと書けないw

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 次は、水神社(すいじんじゃ)。
みつはのめのかみさまがいらっしゃるところ。
女性の神様で、かつ全水脈をつかさどっていらっしゃるそうです。
うちの実家の裏に水が湧き出るところがあって、水神様をお祭りしていたのですが、こんな感じで祀られていたのを思い出しました。
宮地嶽においては水の要所が3つあるらしいのですが、こちらはその源のようです。

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続いて、三宝荒神さま。
横にでっかいかまどがでんっとおいてありました。
その昔、台所には必ず「荒神様」が祭ってあったなぁ。
家事のこと、おうちのことをお詣りします。

濡髪大明神淡島神社
女性の心をお守りするのが濡髪大明神で、身体をお守りするのが淡島さまだそう。
「いいまぐあいができますように」がここではお詣りの合言葉のようになっています。

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さてさて、次は不動神社です。
不動明王様が祭ってあるのに、神社なんです。不思議。
祓い清めの御幣もあり、祝詞があがっていました。
こちらは横穴式石室古墳(日本一らしい)の中に不動明王様がお祭りされています。

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こちらに、宮地嶽の王(みやちたけ)、筑紫の王がいらっしゃいます。
つまり、この国をつくられた王が不動明王様に権現されていらっしゃるということらしい。
ヤマト王朝からの圧力に耐えかね、朝鮮半島への進出を防ぎ、ヤマト王朝からの独立を目指したともいわれる「磐井の乱」で有名な「筑紫野君磐井」。この古墳の主で筑紫野王は、「筑紫野君磐井」の孫にあたる方のよう。
この古墳からは、国宝になった金の鐙や冠など20点が出土していて、地下の正倉院とも呼ばれているらしい。
ちなみにこの時代は、聖徳太子が生まれるより前の時代。

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そんな気の遠くなるような時代。磐井をはじめ北部九州の豪族たちは、弥生時代から海を制し、大陸の中国や朝鮮半島と交流をもっていました。磐井の乱で磐井は討たれ、子は朝廷に一部要所の地を差し出したため、許しを得生き延びたという記録が残っているようです。もともと弥生時代から朝鮮半島や中国と独自のつながりを持っていたとされる九州の豪族たちですから、引き続き豪族たち同志もつながり、豊かな国づくりを目指していたのでしょう。古の時代に思いをはせるといろんな思いが頭の中を駆け巡ります。大和朝廷との戦いに勝っていたら、今の世はまた変わっていたのかもしれませんね。

さて、そんな筑紫の王。北部九州に住む我々の祖先といっても過言ではないでしょう。
日はお彼岸。ここは墓。ということで、今日はご先祖様へのお墓参りです。
神社にお参りに来たのに変な気分ですがw
筑紫の王=みやちたけの王といっていいのかな。
その方とお不動様とにお詣りです。
お不動さんですから「どんな資本(体)を持って、この国をどうしていきたいのか」を祈ります。
思いはいくらでもあってよいと思います。
私は幸い、今の教育の仕事は自分の一生の仕事として、国を変える仕事として思っているので、そのことを祈ります。自分から出た思い、自分をも変える思いとして。
・・・ああ、もっとちゃんと祈ってくればよかったなぁ。こうしてレポ書いてるといつも思います。祈り方をもっと研究せねば。

そうそう、須佐さんがおっしゃっていました。「こちらの王は女性を大変大切に扱われた方。だから北部九州の女性はみやちたけの王に参ればよい」と。「不動明王としてではなく王として聞きたい」とおっしゃってるそうです。
王というかご先祖様という感でしょうか。ぐっと親しみがわいてしまい、安心してお詣りができました。


不動神社の前にある木。幹が時計回りにねじれています。お水の流れ、地場の磁力がこのねじれをつくるそう。水が先なのか磁力が先なのか。
ここは水が墓に帰っていくところ。水ポイント2つ目です。

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続いては、万地蔵尊(よろずじぞうそん)へ。
あれ?お顔がかわいすぎる。後付け?

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みんな一生懸命祈ります。神宮様には言えなかったことも思い出しながらこちらで祈ります。
私は母のことを祈ります。母本人じゃないので母の健康は祈れません。だけど、私の祈りとして、「母が自分の人生をちゃんと見つめ、自分で折り合いがつけられるよう、お地蔵様のお力をお貸しくださいと。そして母にいい言葉をかけてあげられるようになりますように」と。こんな祈り方でいいんでしょうか。(ちょっと不安になる)

薬師神社です。こちらも薬師如来さまなのに神社。
こちらでは、「人生は坂道じゃなくて階段だよ」と須佐さんに言われます。
ひとつひとつ踏みしめていくもの。焦ることはない。なにかあった時にすぐその階段を坂道のようにしてしまうことが私にはあって。前日の講話会の時にもそういう話が出たのですが、、ううむ。
それが結構きついんだよなぁ。
なので、「そういうところをどうすればいいのかわからないので、お導きください。教えてください」と祈りました。


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そうそう。こちらでお詣り後にみていたら、年配の男性が来て、薬師神社の説明を見て大声で「脳梗塞になりませんように」って言ってすぐ行ってしまったんです。その言い方がね、バカにしている感じで。この人絶対脳梗塞になるわ、、って思っちゃいました。。。
この手の方が九州の男性には結構いらっしゃるんですよね。
仕事上でも日常でも。
神仏を信じる信じないは個人の勝手だとして、そんなことここでいう必要もないのにね。何かをバカにしないと生きていけない、自分を上に持ち上げることができない男って最低だな。でもこういう気質が九州に根強くあって、これってまた風土として続いちゃうんですよね。。。女が何でもしてあげるからなのかなぁ。男子の母としては、心しなければと思いました。

最後は稲荷神社。

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お稲荷さんには、足りないものを祈ります。
「愛かなぁ」「愛だよねぇ」。。素直になるのは良いことな気がしますw結構真面目。

須佐さんに「なんでお稲荷さんは赤なんですか?」と聞いてみました。
稲荷は渡来人で京都の豪族だった「秦氏」がその家の氏神さまとして発願されたのがきっかけで日本に広まっています。(講話会テキストより)
なので、日本に入ってきた時点が赤で作られ、それを継承しているそうです。正しくは丹(たん)という色らしい。その意味付けはそれぞれされているみたいです。魔除けだとか、木が腐れにくいだとか。目を引くことだけは確かですね。

講話会でお勉強したことが、お参りに行くとリアルに理解できていきますwまあこれはトリビアですが。
普通にお詣りするにも、お詣りしているところのご本尊がどういう経路でここに座られているとか、どういう願いでいらっしゃるとかを聞き、なるほどと理解して、実際にお詣りをし自分の願いを立てていくと、自分の生活や日々の思いとすんなりリンクしていきます。それが楽しい。繋がっていなかったものがつながる感覚。

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八社めぐりを終えて、本殿の裏手に。屋根がぴかぴか。

裏の門にはハートが♡

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摂社。
摂社末社は、本殿の神様がカバーできなかった部分をカバーする大切なお役目があります。

ご神水です。
ちょっと水量が少ないみたいですが、美味しいお水でした。

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滴り落ちる水滴。丸い。

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顔に塗るのもいいそうで、みんな必死w
わーわーいってたら、皆さん集まってこられましたw
木々も良く伸びています。水の力なのでしょうね。
水ポイントその3でした。

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招霊の木(おがたまのき)別名トキワコブシ。小ぶりのコブシの花が咲いていました。
もっと開いてくると綺麗だろうな。

最後におみくじ。
身を慎んで敬いの心を忘れずに行けばよいのですね。

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同じおみくじだったのに「抱人」がある人たちが数名。かかえびとと読むそうです。雇う人、雇われる人、互いの関係となるのかな。

今日の最後のお写真。

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すごくいい写真!
三歳児も頑張りました(^^)
(この写真に異存のある方がいらっしゃいましたら、こっそりお申し出ください~。どうにかします)

そして参道で松ヶ枝餅をいただいて、帰途に。私は10個お土産に。
うちのみなさまは梅が枝餅や松ヶ枝餅が大好きなので。

お天気もよかったので、歩いて福間駅まで行ってみようということになり、2キロちょいかな歩きました。私は途中で山八の生ぎょうざを仕入れ(^^)お出かけした後のご飯作りは大変なので、、今日のおかずです。

最後に、卒業生に会いにKASAに。
私は卒業式をボイコットしたわけではなく、式後の会に出なかっただけで( ´艸`)。
全員ではないけど、会うべき人に直接お祝いを伝え、ワインを飲み歓談し帰宅。
すべてはうまく回っていました。ありがたいことです。

久々に気持ちのいい陽気に助けられたお詣り&お墓参りでした~。
先達の須佐さん、主催の綾さん、ご一緒してくださったみなさん、ありがとうございました。また次にご一緒できるのを楽しみにしています。












 

 

 

 

 

 

巡禮記遠足 宮地嶽神社 筑紫の王に会いに行ってきたその①

3月19日に宮地嶽神社に行ってまいりました。
世間は3連休ど真ん中。そしてお彼岸。そして私は大学の卒業式。

大学生の卒業を見守って早10年。
プロジェクトが本格化してからは、卒業時に会を持つことも恒例となり、今年も、、ともいつつも、潮目が変わったというか、、私の中ではそういう席で祝うのではない祝い方をしようと思い、こちらに参加。どっちかという選択肢以前に、きたかったんですよね。宮地嶽さんには。
宮地嶽神社は、宗像大社同様に、父との縁がある神社なので、いつかちゃんとお詣りしたいと思っていたのです。

博多駅から福間まで快速で26分、福間駅からバスで宮地嶽神社前まで5分。バス停からちょっと歩けばすぐ参道で10分もかからず現地に到着します。

福間駅のバス停で、大分からのなおこちゃんを発見。一緒にバスに乗って到着するも、まだ30分前なので、カフェで軽くご飯を。佐賀からまやこさん、福井から知世さんも合流して遠足前にわちゃわちゃ楽しい気分に^^
(ここのカフェ、不思議なグッズがいっぱいでした。神主さんが編まれたらしいかごや猫ちゃん用の籠り籠みたいなのがあったのですが、いくらか書いてないのが逆に気になる。。。)

で、宮地嶽さんです。宮地嶽といえば、この階段。最近特に人気なスポットになったらしい。JALのCMで嵐がここでロケをしたらしい(私は見たことがないんだけど)。
登ってる時も親子連れがその話をしてる。
お父さん「ここは嵐が来たんだよ。」
息子「知ってる!♪おーおお、さWaになっておどろ!」
お父さん「それはV6!」

内心大笑いしておりましたw

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実は私は階段から来たのは初めてでした。その昔は父の車で来ていたので、上の駐車場までつけてたんですよね、当時は。
ほんと海までまっすぐ。
先達の須佐さんによると、まっすぐ海まで思いが届くようにと、こういう立てられ方をしているそう。このような神社さんはいくつかあるそうです。筥崎宮もそうですね。ひめのかみ様を祭った八幡様の海versionらしい。

宮地嶽神社のご祭神は神功皇后さま(おきながたらしひめのみことさま)。でも神功皇后さまがお座りになられる以前からここは龍脈だったそうです。

今回のお詣りは、神功皇后さま、そしてその奥にいらっしゃる筑紫の王に謁見することがテーマです。私たち北部九州に生きる人々にとっては、筑紫の王は祖先にあたる方との説明に、なるほどと思います。北部九州の人たちって、みんな親戚みたいなもんなんでしょうね。
そういう目で神様を見たことがなかったので、新鮮です。

先達の須佐さんのレポはこちら↓

susagen.ciao.jp

 

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さて最初は元ご本殿後にお詣り。以前はこちらに本殿があったのですね。
こちらには今は龍神様がおられます。御神木の枝ぶりが、龍神様がいらっしゃる感じがとてもする。「脈」という字が浮かびます。
こちらでは、「何の目的で来たのか」をお伝えします。
「筑紫の王に謁見に参りました」と。

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1700年前のものではないだろうが、とても歴史を感じる鳥居。

そして本殿へ。

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ああ、この風景に泣ける。思い出す。35.6年前とちっとも変ってない。

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本殿です。おっちゃんと本殿とどっち撮ってるんだって感じの写真になってしまった。

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パノラマ。ブログにアップするとこんな感じになるのね。

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結婚式、お宮参りも。いいお天気で良かったですね。

樋からの水受けも、いちいち趣がある。f:id:miww55:20170321003408j:plain

本殿には、神功皇后さまだけがお祀りされています(勝村・勝頼大神も加えて三柱とはなっていますが)。息子の応神天皇さまはこちらにはいらっしゃらないのですが、いらっしゃらないわけも、もしかしたらちゃんとあるのかもしれません。


ですがともかくメインは神功皇后さまだけなので、母である神功皇后さまのご威徳を求めてくる方の願いをお聞きくださるみたい。
神功皇后さまといえば、身重ながら朝鮮遠征し、収めた後九州に戻り応仁天皇を産んだという方。子宝、安産を願うことはもちろん、産む前に必要な「いい男」を授かりたい・出会いたいという願いや、「産む」は子だけではないとすれば、自分のこれからの生業を子として、願いを立てることもできます。
「発信するものがよきものになりますように」
「生涯の仕事である○○が、もっと質の高いものとして世に出せますように」
いいものが生み出せるように願います。

次は須賀神社。こちらは「櫛田神社に祀られているスサノオノミコトさまの姿」をお祭りした神社だそう。
須佐さんの説明によると、「櫛田神社に祀られているスサノオノミコトさまの姿」とは、「山笠がクシナダヒメさまに奉納されて、クシナダヒメさまが”きゃ~、カッコい~”って喜んでいる姿を見て、『よきかな』と寛容に見ているお姿」なのだそう。
そもそもスサノオさまって荒い神さまで、それをクシナダヒメさまの存在があってここまで寛容なるお姿になられたことをみなさいということかな。
「女ってそうやって可愛いがられるのよ」とおっちゃん。
あれ?ここでどんな願いをしたのか、覚えてない。。。話がいちいち強烈だからかしら。

さてここからは、奥の宮を回ります。
スタンプラリーもしながら♪

ということで、これからはその②で。




巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その⑤3日目後半は、先祖供養の集大成とむすび。

セミナーに確定申告に振り返りワークとを終えて、やっと一息。
熊野レポの最終日後半をやっと書けると思い、久しぶりに写真をみていますが、記憶って本当にすぐなくなるのね。スポットスポットは覚えているのだけど、前後やどっちに先に行ったとかそういうのが薄れてて、思い出すのに時間がかかっています。
でも、人間忘れるから日々を過ごせるのだろうなぁ。。。リアルに覚えたままだったら、その後の色々を受け止められなかったかもしれない。

その①はこちら↓3日目の私の中でのトピックを書いてます。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その①衝撃の那智のお滝 - ほほーんと暮らしたい(再)

その②はこちら↓1日目の神倉神社前までです。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その②初日は魂の細分化がテーマ - ほほーんと暮らしたい(再)


その③はこちら↓1日目の後半、神倉神社についてです。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その③ロッククライミングな神倉神社 - ほほーんと暮らしたい(再)


その④はこちら↓2日目です。

miww55.hatenablog.com


さて、その⑤です。最終話。
3日目は、「むすび」の日。
開いて細分化して、流れを整えて、そして再結合。再生の日です。
午前中はその①に書いたように、どかんと私のあちこちが壊れ、
遅く来た反抗期みたいな状態からのスタートでした。

まあ、父ですね、父。
この後の青岸渡寺では、先祖供養でしたから、そういう流れだったのかもしれません。
で、青岸渡寺熊野那智大社との順番があやふやなので、ここいら箇条書きにします。
なんで覚えてないのかな~。やっぱりショックが強かったのかも。

青岸渡寺

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天台宗のお寺です。
明治期の神仏習合廃止で、熊野那智大社から分離しても残ったのは、余りにも大きな信仰の対象となっていたからだそう。
こちらのご本尊様は、如意輪観音さま。
如意輪さまは、意のままに意のあるごとく、当たり前のことを当たり前に在れと言われる仏様。
自分が自分として生まれてきたのは、父と母がいたからで、その父と母が生まれてきたのはその父と母がいたからで。当たり前のことだけど、それがなければここにこうしていないことを受け止めるということなのでしょう。

熊野ツアーに参加したいくつかの理由の中で、こちらで先祖供養をするというのがありました。自分が命をつないでここにいるということと、先祖を供養することがやっと自然に一つで考えられた時間でした。生まれてきたことに感謝をするって、正直なところあまり実感がなくて。実感がないことはしたくなくて、「感謝」という言葉を軽く使うことが苦手で、使えなかったその「感謝」を素直に口にできた。捕陀落山寺で千手観音さまの前に立った時もそうでした。やっと感謝という言葉が自分の感覚とぴったりした今回でした。
寺内には役小角・(行者)さまもいらっしゃったので、またよくよくご挨拶を。

別所に水子地蔵さまがいらっしゃって、ここでも護摩札が扱われていました。
想定していなかったので動揺。実は地元のお地蔵様には、私の3番目になるはずだった子のことをお尋ねしていたのです。「なぜあの子は私のところに来たのか」「どんなミッションがあったのか」「なぜいなくなってしまったのか」。まだ答えはいただけていませんでした。そのお地蔵様にも熊野行きはお伝えしていたので、お地蔵様ネットワークがつながっていたのだと解釈しました。
思い出せば胸が苦しくなるので、思い出さないようにしていたのですが、そのことに対してまた産んであげられなかったことに対して、あの子にはとても思いがあって。なぜ来たのかには理由がないのかもしれません。でもなんらかの意味があるような気がして。それを無視して生きているのはなにか、、。そんな思いを胸にお札を収めました。名前を付けてあげればよかった。今世ほんのちょっとだけの関係だったのが切ない。
でも、思い出していいんだよねって、ちょっと勇気は出ました。

熊野那智大社
さて、熊野三山の最後の大社。

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主祭神は熊野夫須美大神さま(イザナミさま)。
他の熊野権現と同じく12殿+のこちらは那智のお滝も神柱とされているので13殿かな。
これまでと同じ願いをお伝えします。
毎日何度も何度も神仏に向かっていると、思いがぎゅーっと凝縮するような感じになります。すべての中でオンリーである必要はなくて、私がそれを本当に願うかどうか、嘘偽りがないものであるかどうか自分の中で本当に腑に落ちるものであるかどうか。

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境内に大きなクスノキがあって、その中の空洞を護摩木を持ってくぐります。胎内くぐり。産まれ直しです。

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「こわいよ~」って言ってたら、須佐のおっちゃんに巡禮ガールズまやこさまが降臨!
「怖くないわよ!」「行くわよ」「私でも通れるわよ!」と一言一言に大笑いさせてもらいながら、くぐってきました。笑いは深呼吸と同じく横隔膜をひらくのでいいらしい。育子さんがお滝と水子地蔵のところとまたここでもサポートしてくださいます。

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手に持っていた護摩は、今回おっちゃんの案で護摩焚きに。

悲しみや怖さ、無念の思いはすべて護摩と一緒に焼き尽くしてしまえ。

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 さて、旅のラストは、阿弥陀寺へ。
(阿弥陀寺の駐車場から見た風景。標高高い。別世界という感じ。)

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ここで、日秀さま先達で極楽浄土下見ツアーに行ってた先祖の方々と合流する。
ツアーに送り出して以来、肩が軽ーくすっきりした状態だったので、お迎えするのがちょっと怖い気もする。おっちゃんからは大丈夫と言われていたけど、なんだか気分が重く、また石段だったので、足取りが鈍い。
(みんなさっさか上がってるという写真)

ため息をつきながら上がってると、そうこちゃんが「曹洞宗のおねえさま💕がんばれー」って手を握ってくれる。ありがとうありがとう。

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燃えてしまうと南無阿弥陀佛という文字と阿弥陀様が浮き出てくる線香。

こちらは真言宗のお寺。名の通りご本尊は阿弥陀如来さま。
南無阿弥陀仏を唱え、先祖の皆様のお戻りのお礼を言いました。

南無阿弥陀仏で、ちょっと思ったことがありました。
前日の一遍上人様のところでも思ったのだけど、
私は先ほど書いたように禅宗曹洞宗の家で育ったので、
”なむしゃかむにぶつ(「南無釈迦牟尼仏」)”なのです。
こちらのお寺さんは「阿弥陀寺」なので阿弥陀様にはもちろん南無阿弥陀仏なのでしょうが、他のところでもなんでも南無釈迦牟尼仏のところってあまりなくて、なんか釈然としないところがあったんです。南無釈迦牟尼仏の方が私にはデフォルトだったからだと思うんですが。

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そんなことを思いながら、亡者のひとつ鐘を撞きます。

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最近亡くなったあの方々が心を残さずあの世に行けますように、先祖の方々が安らかに成仏への道を進めますように。
そして、血脈というお守りを頂きました。
おっちゃんからは「みわこさまは、このお守りを身につけておくとよいよ」と言われました。なんでやろ。
こちらでは、自分のために一つまたお守りを買いました。
たいがいお守り買ったけど、自分のものって初めて!

後から、血脈を開いてみました。

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はい。阿弥陀如来と並列に釈迦牟尼仏とありましてね。
「心配しなくてもつながっとるのだよ」とぽんぽんと頭を撫でられたような気がしましたw
弘法大師様ともつながってるし。

いや~、仏様ってお見通しなのだわ。
すんなり私、結びを受け入れる事ができたように思います。
ここが旅の最後でよかった。

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駐車場に戻ったら、美子ちゃんがいて、もーいきなりハグしたくなってぎゅー。
美子ちゃんはいろいろ見ていてくれたようで、なんかちょっとほっとした。絶景の中のハグは気持ちよかった。

今回の旅で、思ったことのひとつは、願いは一つじゃなくてもよく、自分の中をいかに神仏の前でさらけ出せるかということ。
一緒に行ったメンバーの祈り方をみたことも大きな刺激だったし、自分と神仏との向き合いは誰にも遠慮することはいらないことがわかりました。
私の願いも徐々に変わっていったけど、最初の願いは叶ったものもあります。
それはきっと私自身が3日間の願い・祈りの中で、体感出来ていったから。
「あ、こういう答えなのね」とか「答えがないってことは、、」と自分でこたえを出してもいいものもあり、そういうのが自分でわかる、判断できるってわかったことも大きな収穫。

心の中の願いや思いは、私自身の思いようや考えが変わることで叶っていきます。
さて、物理的な祈りをこれから本格的にできるようになりたいなと。
熊野行きのタイミングは絶妙でした。これもうまくできてるのだろうな。
うまくできてるといえば、この後大阪から福岡へ戻る新幹線の中で、母の連絡がケアマネさんから入ったのも絶妙すぎました。私は重い荷物を持ったまま、母宅に行き、救急病院に行き、、、と動きが始まるのも早いけど、あのタイミングだったからうまくキャッチアップできました。この後は難関ですが、心を強く持っていきます。

一緒に行ったメンバーは、干渉せず、でもなにかあったらそっと手を差し伸べてくれる方もいて、またそれはせずともみまもっていてくれたりして、なんかもう本当にありがたくて。
素敵な3日間でした。

先達の須佐さん、育子さん、今回ご一緒させていただいたみなさま、ありがとうございました。これをご縁にまたどこかでご一緒できたら。幸せな時間をありがとう。

おまけ。新宮から新大阪まで4時間ちょっと。コンビニ弁当じゃないのが食べたくて、駅前に行ったらお寿司屋さんのテイクアウトでさんま姿寿司が!
ヤッホーさんの不思議なビールとともにいただきました。一人旅って(行くまでだけど)楽しい。自由はいい。また行きたいなー。

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あ~、やっと書き上げた。
このブログを長く読んでくださったみなさまにも、感謝申し上げます。
ありがとうございました。(あ、この感謝、本物ですw)