ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

健康が一番 2021.5.2

今日も徒然モードです。

一人暮らしラストと書いたらまた延長になり。
一人で集中していろいろやりたかったので、よくはありました。
が、私が家に居ることに慣れていた夫は鍵を置いていったので、
退院日は終日出る日のため、前日に病院に鍵を届けにいくはめに。
運動と思うしかない。

コロナ禍なので本人には会えず。
ナースステーションで看護師さんを通じて鍵を渡し
代わりに洗濯物を持たされて帰るエレベーターの中。
「〇〇先生、16時からワクチンですよ。」
「あ、忘れてた。やば!」という会話に出くわす。
救急対応のこの病院でもまだお医者さんでもワクチン打ててないのか~、大変だな
2回目だったかもしれないけど。
先生が打ててないってことはその他の医療従事者の方もまだまだなのだろうし、
いろいろ絶望的だなぁと思いながら帰宅。

すっかり一人暮らしにも慣れてしまった。
自分のペースで何でもできるのは楽だ。
が、今まで以上にしゃべることがなくなるのはあまりよくない。

退院当日は29日。私は関われないので、お願い事はLINEで連絡しておき、
自分のことに集中。
私は世話焼き役が多いけど、それは自分のことを置いてまですることではない。
どうしてもな時には行くけど、それでも自分の予定は自分としてこなしたい。
誰かの世話を焼くことで自分ができないことを正当化したくない。

講義で1コマしゃべり、それからフリースクールに移動して
研修で2時間しゃべったら喉がかすれ気味💦

研修では椅子をすすめられたけど、
全体を見渡したり動きながらしゃべる方がリズム的にいいので、
そうしていると「さすが、大学の講義で慣れてらっしゃるんでしょうね。
足腰強いですね」と言われる。その方はわたしよりも随分年下だ。
私に体が強いという言葉は似合わないと思っていたけど、
仕事柄もあり、一日中動き回っていることの方が平常運転な感じはする。

そういえば、息子が家に居る頃に
「おかあちゃんは同じくらいの年代の人の中でも若いよね。
良く動いてるし、結構歩くし」と言っていたなぁ。
実際には同年代とくらべようもないのでなんだけど。
そのおかげで今は体が保てているのなら、ありがたいこと。

最近、るろうに剣心のメイキングをみながら、
「若い頃にこのくらいできるように体を鍛えておけばよかったな」
とか思ったりしているのですが、週1のヨガと日常的に歩くくらいが関の山。
日常的なことで筋肉がつくようなことってなんだろう?

今日は昼近くまで寝た。
昨日は朝からオンラインだったからか体のリズムがおかしくなっていた。
たまにはこういう風に体を休めることも必要。
そのつどそのつどで、うまく休み休み。
今日は野菜スープ2時間煮込みを作ったので、
おなかはこれでカバーできるはず。
自分の体は自分で守らねば。


さて、明日明後日は、終日の勉強会。
さすがの私も2日連続はどうかなと思いつつ、
今回は参加者なので座りモードで学んできます。

まずは朝起きれるかが一番問題。
おやすみなさい。

一人暮らしラスト 2021.04.26

あっという間に、一人暮らしが終了の時期を迎えてしまった。

今日退院の予定が一日ずれて明日になったそうで、
「お!もう一日、ベッドに大の字になって寝れる!」と思ってしまったのは内緒です(笑)

今日は息子と久々に電話で話をしたのだけど、
「おかーちゃん、ひとりでさびしかろ?」とdisり気味に言われたので、
むきになって言い返しつつ、
「あ~、でもご飯作る量がむずかしいわ」と戸惑いを披露した。

その実、2人分のレシピで作ってもなぜか多くなってしまう。
私の食べる量が少ないのか、食材が多めなのか疑問だけど。
(うちでは宅配で近くの畑からお野菜持ってきてもらってるので、
いわゆる玉ねぎ1個がでかい可能性はある)
それはともかく、料理が余る。
2人3人で余った分なら、翌日のご飯にプラスのおかずとして出せば、
品数が多くみえるし、よろしいのだけど、
1人では、がっつりメイン分くらい残ってしまうので、
同じおかずを続けて食べないといけなくなってしまう。
それが辛かった。
加えて自分の分だけを作るのって、気力が出ないことが多いから、
結果的に、食事がどうも嬉しくなくなる。

これも慣れではあるのだろう。
美味しいモノや旬のものを美味しく食べたいので、
今日はタケノコご飯を作った。
おいしい💛
今日はタケノコのほかにもエンドウ豆も届いたので、
今週は豆ごはんアゲイン。
こういうのは一人でも作っちゃうな。

一人でも二人でも、
とにかく気楽に生きていけるのが一番よい。
私のような世話焼きさんは、こういうたまには一人暮らし的な期間があると、
自分を見つめる機会になってよいのかもしれないとも思った。
ひたすらパワポを作ってましたけどね笑

明日は私は仕事なのだけど、夫が何時に帰宅するのかを訪ねても返事がない。
鍵を置いていったので、非常に困っている。
「タクシーで帰るからいいよ」だけじゃ困ります~。

大の字の楽しみの時間が少なくなるので、今日はこの辺で。


神社でカラス 2021.4.21

今日、氏神様に行った。
本殿のお参りの後、
天満宮さんでお参りしていた時、つーっとカラスが来たのはわかった。
音で屋根に着地したのもわかった。
でも、屋根の一番上の三角のところからグッと覗かれたのにはびっくり。
近い!黒い!目がくりくり!
ついあとずさりしてしまった💦

お参りも最後の方だったので、そそくさと終えて、もう一社の方に。

もしかしたらスーパー帰りだったから荷物に目をつけてきたのかなと思ったりもして、
もう一社のお参りの時にはバッグを隠してお参り(笑)

帰り際、神社にカラスって、、、と考えると熊野の八咫烏さんが思い浮かんだけど、
それでなくても結構いますよね。神社にカラスって。

ググったらこんなサイトがあったので、歓迎されたのだと思っておきます😊

quail-voice.com



思惑が違うのか 2021.4.20

今日は、久しぶりに一人で家にいる。
今日から夫が入院。
明後日手術。

もう何度入院して手術してきたのだろう、彼は。
私も多い方だと思うけど、手術は眼瞼下垂も入れて5回程度なので
彼に比べると多分半分以下。

今回は、CTで発覚し、病院同士がササっと連携してくれて、
あっという間に入院手術の段取りが進んだ。
本人は「7月に受診予定があるからその時かな」なんてことを言ってたのに、
裏で3病院の専門家チームが話を進めてくれた模様。
患者に戻さず連携してくれるのは、話もはやいしありがたい。

が、手術日は私の仕事日でもある。
いつもそうなんだよな。ほんとに試されているのかと思うくらいにかぶる。
それでも行かないわけにはいかない。
「付き添わなきゃいけないんだよね」
「・・・できたら」

さすがに入院には付き添いは要らないだろうと思っていた。
コロナもあるから行っても入り口までしかいけないだろうし、
説明があるとも聞いていない。
火曜日は固定で在宅の仕事をいれてある。

「え?行かないの」的な言葉が彼の口からポロリ。
(あまりちゃんと覚えてないのですが💦)

聞いてびっくり。
3年前、入院した時は私は一人で行ったし、
その前の本人の入院も一人で行けるって言って、
後から息子が荷物を持っていったような。
今回は何日間の入院になるかわからないけど、
そんなにたくさん荷物を持って行くわけでもないし、
と私は思っていたんだけど、荷物を持ってついてきてほしかったのだろうか?
付き添ってくれると勝手に思ってたのか?
もしそうなら、言えばいいのにね。

当日朝になっても、用意する気配のない彼に
「洗面器要らないの?」とか「ティッシュボックス持って行かないの?」とか
いろいろ投げかけてみたけど「要るのかなぁ?」とか「荷物になる。買えばいい」とか、なんだかやる気のない感じ。
「タクシー呼んだの?」と聞くと「呼んで」と😅
なんだろうなー。

いろいろ言わなきゃいいんだろうけど、気になるからつい言ってしまう。
でも「バッグがない💦」とバタバタしてるので、だから言ってるじゃないとか思ってしまう。子どもか。
私にしてはそんなに重くもない荷物だけど、彼にしては重い荷なのだろうから、
タクシーまでは持って降りて、見送った。

で、いまだ連絡はない。
手術時間わかったら早く教えてねと言ってあるのだけど、
まだ決まっていないのか。状況だけでも教えてもらえると安心するんだけどな。

今日は自分のペースで何でもできるので、
なんだか時間をもてあまし(笑)
見れてなかった録画を見たり。
こうして徐々に、2人だったり1人だったりという時間を、普通に過ごすようになるんだなぁ。
まだ2人暮らしに慣れ切っていないからか、いきなり1人だなーって感じの夜。

お薬を飲むのにお湯を冷ます間にちょろっと書こうと思ったくらいの、
あまり内容のない文章でした。

今日のうちに寝れるかな。おやすみなさい。


感覚・感触・直感 2021.4.19

今日の夢には、久しぶりに祖母が出てきた。

場面は住んでいた家ではなかった。
別件で試行錯誤してうまくいかず、どうしたものかと思っていたところで、
気持ちもいまいちな状態の時に、
祖母が魚を蒸していた。台所は祖父母の家だった。
私にも魚に塩をして蒸し器の中にいれるよう、祖母は促す。

言われるままに蒸し器をあけると、蒸しあがった魚のふわーっといい香りがする。
それまではあまり食欲がなくて心も動かなかったのに、
美味しそうだ!と思った。心が動いた。そして体もやっと目覚めた感があった。

そう言えば、と口の中に手を突っ込むと、
生肉のようなものがつるつると出てくる
千と千尋みたいな絵で想像してください(笑))。
「ああ、ちゃんと消化ができないままに、無理して食べてたのかもな」
と夢の中で思う。

現実が夢の中でメタファー化されたもののような気がする。
でもなんで魚だったんだろう。おばあちゃん~。


あの湯気と香りだけがものすごく強烈だった。

肉ではなく魚を、生ではなく加工しておいしく。
わかるようでわからない。でもニュアンスはわかる。
気づきとして、頭の片隅に置いておこう。

==
又も、ゾロ目を見ることが増えてきた。
このところは1111が多い。
2222は昨日も今日も見た。
こんなのはこれまで生きてきて初めてだ。今年は何かが違う。

見るのは4桁が多くなってきた。
メッセージをみるに、3桁よりももっと勇気を出せということのよう。
ここまで見せられると、みえないものたちに押されているような気もするけれど、
あんまり実感がないのも事実。

ああ、また頭を使ってこねくり回して考えている。
感覚、感性で受け取ってから、加工しなきゃだ。

==
今日はおいなりさんが作りたくなってしまい、衝動的に作った。

新聞にはお稲荷さんのレシピは載ってるし、
生協からお揚げは届くし、作りなさいと言うことだよねと解釈した。
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私は体調が芳しくないと、酢飯が食べたくなる。
生物的な欲求という感じではあるけど、
おそらくは、小さい頃からの「何かあると酢飯」という、
行事的なものからの刷り込みであるような気はする。

まあなんでもいいんだけど、食べたい時に食べたいものを。

息子を送り出した時には面高寿司。
明後日の夫の入院に向けてはおいなりさん。
ということにしておこう。

子どもたちもそれぞれ電話をしてくれた。
いい子たち。

そういえば、こないだお稲荷さん(神社)にご挨拶したばかり。
今日のおいなりさんとはつながっているのかな。


もろもろいいご縁が繋がりますように。



直感に従ってみる 2021.4.17

昨日は予定もあったのだけど、それに向かうまでの行程は
全てふとした直感に従って動いた。

バスの時間を見ずにバス停に行くと、いい感じでバスが来る。
直行は確か1時間後くらいしかないので乗って、
途中で乗り換えをしたら、これまたいい感じでバスが来る。
最寄りバス停まで行けるバス。

バスの中で、私がたまに見返して自分の生き方を確認している「玉手箱」の文章を久しぶりに読み返した。
ねばならないを優先して自分らしい無邪気なところを押し殺してしまうと、
自分の中の子が拗ねちゃう。自己犠牲せずに大事にしてあげること。
これが私のテーマ。

私のような、誰かのためについ動いてしまいがちな人は、
それも自分の喜びではあるのだけど、私自身の欲を置いてけぼりにするところがある。その時は無意識なので気づきにくい。
だからこうして、ふと来るメッセージみたいな直感のままに動いてみると、
思った以上にうまくことが進んだり新しい発見があったりする。

バスの中で玉手箱読んで、そうだよなと思い返す。
このタイミングで読むというのも、直感に従った故だ。

今日は腹部エコー。検査の30分前に着いたが、予定時間前に検査イン。
思った以上に早く終わったので、息子の書類を取りに息子娘の母校に向かう。

うちの近くではもう終わってしまった八重桜とあやめ?に出会えて、
私の中の子どもちゃんが大喜び。

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ここまできたらと、友人の娘ちゃんが働いているお店に寄ってみる。
と、サーブしてくれたのが彼女。
声をかけて少し会話。
聞けば勤務時間ギリギリだったらしい。これもタイミングが良かった😊

友人は遠方にいるので、彼女が働いている姿が見たいだろうと思い、
本人に許可を得て写真を撮って送る。
喜んでもらえたよう。よかった。

窓からこんもりした木が見える。神社のようだ。
気になるけど、向こうまで行くと帰りのバスに間に合わないから今日は無理だな〜と思いながら、店を出る。バスの時間まで15分ほど。

大通りを渡るのに、信号がちょうど青になりいつもと違う横断歩道を渡った。
方向的にこっちだなと入った道に、またこんもりした木々が見える。
そして赤い鳥居が並んでいる⛩
お稲荷さんだ。こんなところに。

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延べ5年以上通った土地なのにこの道は通ったことがなかった。
鳥居の前でご挨拶をして中に入る。本殿と摂社さんにお参りした。
現世利益として何を願うかというと自分が素直に望む欲、
浮かんでくる欲を願うしかない。
お参りした後、バス停に急ぐとこれまたぴしゃっと直行のバスが来た🚌

物語のような今日の流れ。心は穏やかながらにわくわくする。
夜はフィギュア男子を見て美しい技の連発に語彙力を失い、織田くんの涙にほろり。

最後には衝撃のまたか!があったけど、
この流れであるならば今悪いことではない気がしている。

善悪での解釈ではなく、自分の望む意味づけに。

息子の巣立ちに思う 2021.4.6

息子が家を出て3日目。少し落ち着いてきた。
かな?

会う人ごとに「寂しくなったでしょう?」と必ず聞かれるので、
その度にうっ、とちょっと詰まるけど。
鼻の奥がきゅんっとするけど。

でも、ここ数日はまたも手続き等での遠隔やりとりが続いていて、
これがなかなか難しい。
あれだけ説明してわかっただろうとおもっていたことがわかっていなかったり。
やっぱりまだまだ子供だった。
でもだからこそ、このタイミングで外に出したのは正解だった気がする。

さて、時間をさかのぼって思い出しながら書いていってみる。
Xデーとは、息子が家を出て大学のある地の寮に入る日だ。
その1日前。
この日は全く予定を入れていなかった。
その前日までに用事を済ませてしまう計画で、いわば予備日というやつだ。
なにがあるかもわからないから。
朝一で母とのオンライン面会。
スマホで、まだ寝ぼけまなこでベッドに居る息子のところに行き「まだ寝てまーす」「いやおきてまーす」みたいな会話を母に聞かせる。
母も「いよいよ明日ね~」と声をかけれて嬉しそう。

母からは「じゃ、今日はお御馳走作って送り出さなきゃね」と言われて
「やっぱりそうかぁ」と思った。
実は、今回はあまり気合入れて作るのはどうなのかと思っていたのだ。
思い入れが強くなりすぎるような気もして。
自分の体力のこともあったので、当日の状況でとはおもっていたのだが、
意外と早く起きることもできたし、
母の言葉に背中を強く押されて、作ってみた。

母の実家の面高寿司。
母はこの寿司を漬けるのがとても上手だった。
それで私も何度かはトライはしてみていた。
でも作るのに時間がかかるのよ。だから気合がいる。

しいたけは2日ほど干して干しシイタケにしていた。
ごぼうも1本分くらいはあったのでささがきにして、シイタケと一緒に甘辛く煮る。

もう一つの具は、本来はサバを酒と砂糖で煮ておぼろにするのだが、
今日は買い物に行く予定がない。買い物に行っていたら時間がかかる。
それで「ツナ缶でできないか」と思い立ち、
かろうじて1缶あったツナ缶の油を切って、
酒砂糖とちょっとお醤油で煮ておぼろを作った。

その間にすし飯を炊き、すし酢と合わせてうちわであおいで冷ましておいた。
錦糸卵も作った。

そして押しずしキットに酢飯、おぼろ、甘辛煮、錦糸卵の順に詰めていき、
蓋をのせて上からぎゅーっと押す。じわーっと甘辛煮の汁がにじみ出る。
ニトリのホウロウ鍋が超重いので、これを上から乗っける。
2時間半ほど漬けたので開けて様子をみてみる。
こんなもんかな。
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包丁で切り目をつけて、枠を外してお皿に入れて、ラップをかける。
そして枠を洗って、また同じことの繰り返し。
2回目行きます!
今度は3時間ほど漬けた。
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やっぱり漬ける時間が長いほどおいしい。
これまでの中では、今回は一番おいしい。やった~。
母にも食べさせたいけど、それはまた今度。今日は息子のためのお寿司。

息子も夫も「おいしい!」と言いながらよく食べてくれた。
改めて寿司の由来やら、昔は行事ごとによくこの寿司を漬けていた話とかをした。
覚えていてくれるといいなと思いながら。

残りの2切れは、出発の朝4時40分に起きた息子が、まだ外も暗いうちに食べていた(笑)
朝は時間がないだろうから、新幹線の中で食べる様にタッパに入れて持たせようと思っていたけど、杞憂だった。

結局私ができることって、ご飯を作ることなんだなぁとつくづく思う。
でもそれって、五感に訴える一番のことなんじゃないだろうか。
目で見て、わーっていいながら箸を動かす。
匂いを感じて、味わって、おいしいねって会話をしながらいただく。

それが記憶にもつながる。
いい記憶は思い出として次につながる。
そのメニューを残すというのではなくて、
そんな経験を自分の周りにもつくりたいという気持ちになってくれるといいなと思うのだ。
それは私がそうしてもらってきたから。
そんな思い出のかずかずが、家族の思い出として
大きく私を作って支えてきてくれているからだ。

改めて、自分の母がごちそうを作って送り出してくれたことを思う。
実はメニューは覚えていない(笑)
でも、当時毎日の母の手作りご飯を家族みんなで
おいしいねっていいながら食べていた風景は、
私が同じように作ってきた風景だった。
それは母が作ってくれていたからこそだった。
自然と私がそれを引き継いでできたことだったんだな。
そのことは、今回改めて感じたことだった。
ありがたいことです。母にもそして家族にも恵まれている。

あ、息子の話だったのに、こっちに流れてしまってる。
でも家族の話だ。私の中には「家族」は外せないもの。
血もあるが、血とともに流れれいるもの。大切なもの。

血を分けた息子が家を出る。
家を出るだけの話で、縁を切るでもないのに何でこんなに悲しくなるのだろうか?
娘の時も、1ヶ月くらい突然涙が出るという体験を味わった。
その時は「もうあの子のためにやってあげられなくなる」という喪失感が大きかった。
何かをしてあげる対象がいなくなる。
手をかけないと生きていけない小さい頃から、
もう一人で羽ばたいていく時期であることを親の方が思い知らされるタイミング。
自分もそうして生きてきたはずなのに、
出る側はなんともないのに残される側ってやはり寂しい。

翌朝は、早朝の新幹線。
コロナ関係もあるのか、入寮日と時間が指定されていて、
当日の12時半までに入らねばならないので、朝6時39分の新幹線で出発。
よって4時40分に起き、5時40分すぎに家を出てという、
朝寝坊が定番の我が家にしてはなかなか珍しいスケジュールだった。
保育園時代から仲良しのSくんもお見送りにきてくれた。
「3時半に寝て5時に起きました!」と。やるなぁ。
彼は在宅でオンライン研修1か月の後、関東の寮に入るそうで。
今日はお休みなのに早朝からきてくれてありがたい。

昨日までは、なんだかんだで涙が出そうだったけど、
Sくんがきてくれたおかげもあって、涙で送り出さずに済んでほっとしている(笑)

新幹線~JR特急~バスの6時間弱の旅。
試験は福岡だったので、彼にとっても初の現地。

意外に、卒業生や知人が近隣に数名いることが判明し、とても心強く思っている(私が)。
いざとなれば頼れるのは、物理的に近くにいる人。
それでもその頼りを作っていくのは、これからは自分。
楽しんでほしい。未来は明るい。若者には前途しかないよなー。