ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

放電の必要性を感じる20000日目。 2020.11.21

山田ズーニーさんが、今日ツイッターにこんなことを書かれていた。

 確かにと思う。

私は、他者の言葉に結構圧を感じてしまう方だと思う。
その人の言い方にもよるのだけど、
というより、常日頃のその人その人のものの言い方や態度をみて、
敏感に察知してしまう。
本人はその意図がないかもしれないけれど、
言い切られたり、強い言葉を使ったりされると、
すーっとシャッターを下ろしてしまいがちになる。

それは、防衛本能に近いものだと思う。

以前の私は、割とちゃきちゃきにいうところがあった。
おかしいと思うことにはおかしいという。
それが議論においては正しい姿勢だと思っていた。

でも、今は状況をみるようにしている。

自分が思う程、人は自分とは同じ思考をしていない。
そして私は「これが正しいんだ」というような言い方をされると、
すーっと気持ちが覚めてしまうようになった。

本当は、ベストな方向に向かって皆で議論をしながら、
よりどころを探していくという感じが好きではある。
でも、実際はなかなかそうはならない。
そういう場でファシリテートする技量も、私にはない。

強い心がないので、大きな声や圧にやられてしまうのだ。
愛だとか正義だとかを取りに行くためには、
強くなくてはいきていけないのかもしれない。
私は、そういう強さはもっていない。
弱いものを守りたいという気持ちはある。
だから私がもし強くなれるとするならばきっとそっちの方だ。

なんかもういろんな人の機嫌を伺うのは、いやになっちゃった。
ものすごくパワーを使ってしまう。
自分は全く動いていないのに、消耗する。

ズーニーさんのいうように「話してみたら」の話す場は、
心理的にフラットな状態でないと、話せない。

そんな場を作りたいと思っている。
だからLSPもやっているし、講義でもかなり気を使っているつもりなんだけど、
力が及ばないなあ。。。

なんか愚痴っぽくなっている。

今日は、実は私が生まれてから20000日目だ。
こういうサイトがありまして。

keisan.casio.jp


アニバーサリーですよ!
誕生日は365日に1回やってくるけど、
万って、27年かかるわけです。
一生のうち、何回数えられるかわからない!

頑張ってきたなぁ、私と思うわけです。
正しくは、私の体が頑張って生きてきたんですが。

節目に自分をいたわることは大事かなと思い。
逆に、節目でもないとなかなか人は
そういう気持ちも持てないのかもしれないし。

そういう意味でも、自分がきついことを
無理してやる必要があるのだろうかと
常々思うようになっている。

一言でいうと、やっぱり老いなんだろうと思う。
いろんなものにかけることができるパワーの量は確実に減っている。

ん~、感覚的にもう少し正しい言葉でいうと、
おそらくパワーは眠っているものがあるとは思う。
若い頃は有り余るくらいあって、
パワーを押さえることに必死だった時代もあるけれど、
叩かれもしたし、それでおっくうになったこともあるし。
そこから復活して少し出せるようにもなったりもしたけれども、
今は少し落ち着いてというか、言えば休火山的な感じかな。

少し掘れば、また噴煙当たり出てくる気もする。
今は自分で土を少しかぶせている感じかな。
出るところはマーキングしときながら。

ここぞという時に、それは使いたいなと思っている。
決してあきらめたわけではないけれど。
無駄なところで体力使いたくないというと、
他者に失礼にあたってしまうけれど。

ベクトルが望む方と違うところへのパワーのかけ方は、
自分的に違うと思っていて。

言い方が難しい。

ズーニーさんの言う「話してみたら、案外、価値観は近いかも。」
は私にとっては、当たっているかもしれないし、そうではないかもしれない。
どっちかい笑

多分私は、ぴったり合うをどうしても志向してしまうけど、
他者とのかかわりにおいて、それはあり得ないこと。
それはわかっている。
問題は、
その違いのところは、相手にとってもこだわりであることが多いからか、
それに合わせないといけない感じになってしまうことがあって。
それが地味に辛くなってくる。

結局自分に無理を強いることになり、
病んでくる。

私と関わっているすべての人がそういう感じなわけではないのだけど、
難しいなぁと感じる人は、幾人かいる。
それが、自分がうまくできないからなのか、
相手に特徴がありすぎるからなのかはわからない。どっちもあるのかな。

とはいえ、自分は自分という乗り物しか動かせないわけだ。
相手は相手というドライバーでしか動かないわけで、
もちろん、何かを訴えかけて同意したり、違うねとなったりはするのだろうけれど、
その、何かの同意を得る、その目標やら、モチベーションが今なくなっちゃったんだな、多分。

自分のベクトルをもう少しはっきりさせて、
それを掲げて生きていかないとなぁと思う。
でも、ここいらは、やっぱり頭で考えても堂々巡りになりそう。

自分自身を放電しなきゃいけない気がする。

自分の感受性ぐらい 自分で守れ ばかものよ 2020.11.20

F先生の診察日は、月1から1,5月に1度になった。
私が言い出し、3回ほどそんな感じでやっている。
1か月しか出せない薬があったのだけど、倍量出してもらう感じでフォロー。
そこまで量飲んでないからできる技。

ただ今のところはそれが限界みたいで、
前回は、後半不調期に入り、今回もそうだった。

どこが痛いというのはないけれど、ふわっとそしてスーッと心が冷たくなるような感覚がくることがある。
その感覚のギャップ感が「なんかごまかしてないですか?あなた」と言われてるみたいで身がすくむ。

先日の診察時にF先生に相談した。
毎回やるPONS(非言語的感受性テスト)では、かなりよい。
それはそうだ。この1週間は基本的に調子はよい。
が、スポット的なこの不安さはこのテストには反映していない。

私の場合、こうして体の不調で自分の心のひずみがでてくる。
それはうすうす気づいてはいたものの、4年前に決定的な症状が出て、
心も体もダウンしたことで、自分の中でやっと認知されたものだった。
基本的に環境の変化には敏感なくせに、自分のことになるとかなり鈍感だ。
その時以来、必死に自分の声を聞こうとするのだけれど、なかなか聞けないでいる。
だから体を通して聞く。
なんらか体に不調が出るのは明らかにサインだ。
特におなかに不調が出ることからはじまる。
早めにケアしないと、薬コントロールもできなくなるので、
「あ、ごめんね、ごめんね」といいながら、
ご自愛モードに入る。
頭を使うこと、無理にしていると思うことは一切やめる。
自分の感覚を満たすことに専念する。

F先生の見立てとしては、ここのところの気圧の変化が原因だろうとのこと。
いつものことだが、季節の変わり目に変調を起こすことは私の場合デフォルトだ。
これはもう私の体質でもある。
四季のある日本に生まれついているので、余計に症状として出てしまうのだけど、
ある意味体が日本的なのだろう。

沖縄に住むといいような気はしている。

さて、F先生の受診日から、そこまで状況は変わらずにいた。
先生は、これまでのBOOCSをすることしかないという。
つまりは禁止抑制をできるだけせず、自分にとって心地よいこと(快)をはじめること、
自分の感覚が求めることに素直に従うということ(だと私は認識している)。

昨日からなぜか肩と首が痛くなり、今日は頭痛に発展した。
今日はいろいろやってみたが、落ち着かず、頭痛薬も効かない。
あーあと思いながら、クナイプを入れてお風呂にゆっくりつかってみた。
クナイプは効く。(自分比)

ちょっと考えていた仕事のことの気づきがぴぴっと来て、
ああ、なるほど、こういうことか!ととても納得することがあった。
そんな中でも、
頭痛はまだまだ進行中。

お風呂から上がって、作りかけのハンバーグをこねながら考える。
今日買ってきたミンチはふわふわでさすが高いだけある笑と思いながら、手の触感を楽しみながらこね、整形する。楽しい笑

ふと、からだに猛烈に悪いことしているなという思いが湧いてきた。
頭よりも体感が上回ると、メッセージを受け取れるのかもしれない。
お風呂の時もそうだ。お湯の感覚を肌で感じている時だった。

それで、ハンバーグを作りながら、からだと心に謝った。
「気づいてあげられなかったね。ごめんね。」と。すると痛みがすーっとなくなった。
やっぱりこれか。
みごとだ。

わたしはあやまってほしかったのかもしれない。
みとめてほしかったのかもしれない。
わたしのからだやこころが、何か訴えていることに対して、
耳をむけてるよ。わかってるよっていってあげてなかった。
私は私を認知しているよって、いつも大事に思ってるよって、
わかってほしいって思ってる。きっと。
そしてきっと私自身は、そこに怒っているんだ。

茨城のりこさんの「自分の感受性ぐらい」という詩そのものである。


「自分の感受性ぐらい」

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

 

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

 

苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし

 

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

 

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

 

自分の感受性ぐらい
自分で守れ
ばかものよ

 

茨木のり子
詩集「自分の感受性ぐらい」(1977刊)所収

 

これに気づけたのは、今日の収穫。

肩も首も頭も痛くなくなっている。



町内一斉清掃に出た後に考えた 2020.11.19

日曜は、町内一斉清掃の日。
久しぶりに出ることが出来た。
棟横の大きな階段を4人くらいで掃除していく。
枯葉がとにかく多く、他の人たちが終わって帰っていくのに
なかなか終わらず、わりと最後までやっていた。

一人だけ知っている方がいて、その方とご近所さんの近況なんかをお話ししたりする。
直接的には知らない他の方とも、「枯葉多いですよね」とか「暑いですよね」とか会話をしながら、草むしったり、枯葉を集めたり。

顔は知らない方でも同じ地域の人だという認識があるから、自然と会話が生まれる。

掃除の最後は集会所に行き、ごみを出し、掃除のお礼がわりにごみ袋を2枚いただく。
この日は「年末餅つきもできないから」と紅白の小さなお餅もいただいた。

今回は、自治会企画で朝倉の新米やお野菜の販売が企画されていた。
これも前回はイベントとかぶっていけなかったので、
今回は行こうと決めていた。
お米は1キロ300円を3キロ、きゅうり3本100円。
子ども会のころからの付き合いのTさんやYさんとも久しぶりに顔をあわせて、
近況報告。
近くに住んでいるのに、会うのはSNSばかりだったので、久しぶりだ。

うちの団地は10棟ほどあって、200戸くらいだが、
こういうのに出てくる人たちの顔ぶれは大体決まっている。
(私も出てこない人の中に最近は入っている)
いろんな理由があるので、一概に出てこないのが悪いとは思わない。
階段を掃除している間にも、
「すみません。お疲れ様です」と足早に降りていく方々を数名見送った。
仕事なり予定なり、また体調なりがあって、出られない。
そういう思いが「出られる時に出よう」と続けばいいのだが、
罪悪感だけ残して申し訳ないから出れなくなるというのもあるかもしれない。
そういえば、あの顔もあの顔もみてないなと思う。

近年の自治会は、会長さんが「自分がやる」と言い出してやってくださる
男気のある方で、この方が活性化の糸口を開かれた。
そういうわけでこの企画も、今年から試みられている。

子ども会は子どもが少なくなり、廃品回収ができなくなった。
廃品回収を辞めますという知らせが入ったが、
高齢者が多くなったこの地域ではそうなると困る方も多く、苦情が多かったのだろう。
結果、おやじの会が設立されて廃品回収を担うことになった。
この日も、うちのところの階段掃除を請け負ってくれていたようで、
若いお父さんが子どもを連れて階段のところの電灯掃除をしてくれていた。
Tさんは、「お父さんが出てくると子どもも出てくる。いいことなのよ」という。
確かに。

お野菜販売のところでは、2,3歳くらいの子が大きなかぶを持って
よろよろする姿がかわいくて、Tさんと「こどもとかぶって似合うよね」
なんて話をしていた。

私たちよりも年上の方々も、お久しぶりの方も多いのだろう。
あちこちで話の花が咲いていた。

コロナ禍だから、マスクもしているが、べたっとくっつくわけでもなく、
軍手もしているし、そこそこなるコミュニケーション。

今までは普通にあったコミュニケーションが、普通ではなくなったこの数か月。
人は思う以上に一人では生きていきにくいのだと思う。
誰かとコミュニケーションを少しずつでもとって生きていくことが健全だなと感じる。

====
長々と、町内掃除報告をしたわけだけど、
これを書くには理由があった。

今回の町内一斉掃除に、私はなぜ出たのか?
その理由をじっくり考えていたからだ。
取りあえず、この日の出来事を書いてみて、
改めて思った。
私は、こういう出ごとが嫌いではないということを。

趣味のように、自分から企画したり
どんどん出ていくことを望んだりはしないが、
定期的に掃除に出ることは、
そもそもその地域に住んでいるものが行う義務だと自然に考えている。
が、日常では「ああ、掃除でもしてこようかな」
と思う程には暇でもなくて、設定できないから、
自治会で日を決めてもらって動く分には、
ありがたいし楽させてもらってるなと思う。
運営する側の自治会や子ども会もやったな、そういえば。

おそらく、私がこういう思考なのは、
自分が幼い頃からの経験があるからだと思う。


私が育った町でも、同じように町内掃除や隣保班の掃除は良く行われていた。
掃除の時には一家総出で掃除に出ていた。
掃除に子どもは足手まといになるだけなのだが、
家の中で見る人がいないので、当然こどもも外に出る。
近くのおばちゃんたちが「あら~、み。ちゃん、大きくなったわね」
とか「み。ちゃん、おいで。飴あげよう」とかかまってくれるものだから、
嬉しくてたまらなかった。
そして、自分も見様見真似でやってみたかった。
気の利いたおばちゃんが、私たち用にできる仕事を振ってくれると、
張り切ってお手伝いをした。
私にとって、町内での掃除はイベントだったんだなと思う。
やることも面白かったし、いろんな人達との会話も楽しかった。

今思うと、そこのところは今でも全く変わってないのだと思う。
大人になって、もちろん義務だと思うからやる部分もある。
だが、楽しかった記憶があるから、自然にできるのだ。
大人になった今では、楽しいことばかりでもないと知っている。
でも、掃除自体はあまり苦にもならないし、逆に綺麗になって気持ちよい。
今回もみんなで「あ~、きれいになりましたね~」ってニコニコしながら終わったし。
結論、楽しいのだ。

先日、講義の中で学生に「社会に関わる、ってどういうことを言うんですか?」と聞かれた。
商学部生だし、彼らが学んでいるゼミやほかの講義でもさんざん聞いて要るはずのネタなのだが、彼ら自身は多くが社会に関わっている自覚がない。
「社会」というと、「社会人になってから関わるもの」という風に思っている子も多そうだ。

この子たちは、私のような経験をしていないのだろうか?
でも、そうとも限らないようだ。
田舎から出てきている子も結構いるし、
小さい頃の子ども会やら地域掃除やらの経験がある子は一定いるようなのに。

ちょっと前の講義で、ある学生が言っていた。
「社会問題があることはわかる。でも関心はない。自分ごとに感じられない。」
別の学生は、
「楽したいんすよ。あんまり人とも関わりたくないし。正直どうでもいいんですよね」とブレイクアウトの時に言っていたのを聞いたが、正直だなとおもった。
多分私がいないと思って言ってたんだろうな。

実際我が家の18歳もその典型で、
「なに、掃除とかいってなんかくれるの?」って感じだ。
ちなみに、生まれた頃からここで掃除や廃品回収を経験している。
私と同じような経験をしているはずなのに、やらされ感、受け身の経験しか持っていない。いや、思い返すと、彼らはそれなりに楽しんでやっていたこともある。
廃品回収に行って荷物をもってあげたら、おじいちゃんにお菓子をもらったと喜んで帰ってきたり。

でも、その時の記憶はきっと今はどこか奥底に沈んでいるのだろう。
知識的に自分の労働が対価を産むことを知っている年頃の子だからか、
お金にならないことは無駄だと言い切ってしまう。

それだけ余裕がない世代なのかもしれない。

また自分のことに戻る。

うちは、私が小2の頃に父の転勤で福岡にやってきた。
私が住んだ大型団地には、同じような核家族がいっぱいだった。
そこでも、同じように掃除は行われ私も出ていたが、
田舎でおじちゃんおばちゃんに囲まれていたような安心感や楽しさはなかったようには思う。

掃除だけで社会を語るのもなんだなと思いながら、
ふと思い出したのは、母親がやっていた生協のことだ。

当時の生協は、市民活動から立ち上がったものだったので、
組合員が自分たちで何でもやることが、ごく当たり前でもあった。
(昔は生協でなくとも、今のように消費者が神様のようではなかった)

母はお当番を自分で買って出て、豆腐や卵をはかりで測って分けたり、
注文を集めて集計したりしていたことを思い出す。
そこまでして、なぜスーパーでの食材ではなく生協にこだわったのか。
家族に安心安全な食材で健康な食卓を提供したい。
こういう活動が根付くことが、生産者と消費者をつなぐ活動になり、
安定して安心安全な食材を供給できるようにする。
月並みではあるが、そういうことなのだと思う。

そして、その志向は私にも受け継がれている。
家族も含め環境の影響は、その人の思考・志向に大きく影響する。

今私の中では、生協を選ぶことは自然なことだ。

掃除と同じ感覚が、そこにはある。

自分で選んでいるようで、そこには親や環境からの自動的な選択意向が働いているのは否めない。
だが、それを改めて考えてみることはとても大事なことのような気がする。

自分はなぜそれを選ぶのか。
掃除については、結局のところ心地よさや楽しさ、嬉しさだった。
個人のその思いと誰かのために・社会的に、
すべきこと・いいことが重なるのはベストなことだ。

生協については、安心安全を買うだけではなく、そこに自らが関わることがありたい社会を作る一歩になることを自覚しているから、それを選んだ自分の充足感も大きい気がする。
これも個人の充足感・喜びと消費活動が、社会に寄与することと重なれば、2ついいとこどりできるわけで。

あれ?なんの話をしていたのだっけ?
掃除からはじまって、
なぜ自分には社会への関心があるのか、ということが言いたかったのだ。
そして、今の子どもたちの、社会への関心のなさに、いや、なさというよりも社会に志向がいかない状況に、危惧を感じずにはいられないのだ。

環境の力が大きいということは、時代性も大きく関わってくるということ。
今の子どもたちは、社会貢献に興味がある層とまったくない層が二極化している感がある。←エビデンスはとっていない。
興味があるといってもこちらは少数。
興味が無い層が圧倒的に多そうなのは、一層核家族化は進み、いなかにいても多様な人々の中で育まれるような体験をしていないこと、
消費者優先の志向が高まり、
こどもたちが自らをサービスの受け手としか認識していないこと(サービスの受け手である経験しかしていないこと)に大きな問題があるように思う。

掃除や生協などの関わりは、受け手が主体者になる経験ができるものだ。
得にはならないが、そこで受けられるものがあった。
がそれらは有形ではなく、お金にもならないので、なきものとして扱われることも多い。

サービスの受け手はラクだ。
考えなくてもいい。サービスを提供する側が考えることを迫られる。
提供側は、それが差別化や収益の原資となるから、求められるサービスを次々に考える。
こうして、提供側と消費側はどんどん乖離していく。
消費型で小さい頃から育ってきた子どもたちが、提供する喜びや楽しみ、自らが提供はしなくともそんなコミュニティで何かを担う喜びや安心感を感じることなく、大人になっていく環境がどんどん増えてしまっている。
結果、経験をしたことがなければ、それらを想像することもできない状態になるのは当然だ。

ただ、彼らは忘れているだけなのではないかという気もするのだ。
想像力が破壊される受け身の姿勢から、いつ彼らが当事者として動き出すのか。
その動きの原動力にどう気づかせるべきなのか。

問題はすでに起きつつあるが、当事者が当事者にならないと問題であることも認識できないから、それを待つのも一つだろうが、社会が崩壊する可能性と、彼ら若者のメンタルが持たない可能性も感じていて、非常に危惧している。
危惧はするが、もはや感覚が薄くなっている受け手の彼らに、どんなしかけをしたらいいのかというのは、正直アイデアがない。
ヘレンケラーに言葉を与えたアン・サリバンのように、
感覚を呼び覚ますようなことを地味に粘り強くやる方法しか思いつかない。

長々書いたけど、まったく解決にならないものになってしまった。
文もこなれていないけど、
これ以上この文に手を入れるのも時間の無駄のような気がするので、
とりあえずここで終わることにする。

幸せ感 2020.11.9

昨日のことを記録しておこうと思う。

土曜日は久しぶりの講義で5時間、
その後卒業生との飲み会でさすがに疲れ、がっつり寝て、
意外とさくっと起きた。

思いのたけを盛り込んだ企画で、
かつ自分の中で作っていく中でとても納得感のあるものが作れたので、
それだけで結構幸福感があった。
実際回すなかでも、自分の中でほぼよどみがなくて、
気持ちよく流れていったのが、心地よかった。

自分を信じるはやっぱり大きなキーワードで。
創る中では批判的な目や思考を持ちながら作ることも大事なのだが、
これでいこうと決めたら、すっと自分の頭からそれらを外しておいて置き、
自分の中を空っぽにする。

それが不安でもなんでもなく、すっきりと気持ちがよかった。
準備もできている。流れも自分は知っている。
後は私自身の中からちゃんとベストが出てくるはず。
そう信じて早く寝て、体を整えた。

結果とてもスムーズにいき、伝えたいことも伝わり、効果もあった。
もちろん課題もみつかったが、
及第点以上だと、自分では思う。

日曜日は、終わった解放感と伝えるべきことがしっかり伝わり、
体感的に理解してもらえたことがことのほかうれしく、
なんてしあわせなんだろうと、
思う一日だった。
===
午後は、叔母と、1年ぶりくらいに電話で話をした。

数日前にいきなりショートメッセージで「荷物送るから」と連絡してきた叔母。
小さい頃から、私は彼女のお下がりをもらうことが当たり前な環境で育ってきた。
離れても、不定期に、叔母は私にたくさんのお下がりグッズを送ってくれる。

おかげで、自分では選ばないようなものも、たくさんもらうので、
「いつも違う感じだね」なんて言われることも多かった。昔はね。
今は、自分で買うようになったから、なんだけども。
叔母からの、自分とは違うカラーのお下がりグッズは、
お下がりだけど、私にとっては新鮮さをもたらしてくれるものだったなと思い返す。

お礼を兼ねての電話では、親戚たちの近況をきかせてもらった。
「〇〇ちゃんに電話したっちゃけど、かからんっちゃんね。
やけん、もうおばちゃんの施設の方に直接でんわしてからさ~・・・」
佐世保弁でしゃべる叔母に釣られ、私も佐世保弁が出る出るw
(ここにはかかない)

そして「〇〇ちゃんはもう60ってよ」
「え~~~!〇〇ねーちゃんが。そうかぁ。」
「そうよ。〇〇ちゃんは60で、△△ちゃんは61。
み。は51やった?」
「私、もう54よ」
「わ~!もうそんな?でもそうよねー、私と17違うっちゃもんね。
私も71よ~。すごかよね。」
「ね~」
年はとっても、相変わらずのこんな感じの女子トーク
あまり意味はなくても、楽しいのだ。

法事もされなくなって、親戚にも会う機会も少なくなって。
だから、今回のような突発的な叔母からの連絡はとてもうれしい。
「私ね、あんまり考えずに荷物送ったけん、後悔しとると。
もうちょっと選んで送ればよかった。ごめんね」
なんて言ってたMねーちゃん。
でもそれもMねーちゃんらしいところだから、全然問題ない。
また変わった服を着させていただきます( ´艸`)

==
夕方は、知人のYさんからチャットが入った。
娘さんが受験生で、息子の学校に興味があるのだとか。
学校のことについて、息子に直接聞いてみたいことがあるのだそう。
ということで、息子につなぎ、
夕方、Yさんと娘さんと息子が電話で話をした。
息子は私が横に居たほうがよさそうだったが、
それもなんだなと思って、その間は家事をしに別の部屋にいったりしていた。
息子は真面目にいろいろ答えているよう。

30分くらい話をしていたようだった。
Yさんはコンサルなので「Yくん(息子)にとってこの学校がおススメだと思う理由を3つ挙げてください」なんていう問いも投げてくるw
たまたまそれが聞こえたので、後ろで声を出さないようにしながらこっそりウケていた私。
それで何を聞こうというんだ、Yさんwww
終わってから息子が「面接みたいだったね」と言っていた( ´艸`)
だよね。

後から息子と話をしていると、
事前にネタを準備していたようで、「あれもいえなかったこれもいえなかった」という。
それで、「じゃあ、そのことをチャットでおくってあげたらいいんじゃない?」と提案すると、かなり真剣に書いていた。
「これでいいかな?」と持ってきたものを、
一緒にみながらニュアンスを確認しつつ言葉を少し足したりして、完成させた。
そのあとも色々追加情報がないか、考えていたよう。

そしてこんなことも言っていた。
「あの子が1年生になった時、僕はもうおらんっちゃんね。
僕が居れるんやったら、最初に僕が友達になって、他の子とつないであげることができるんやけどな」
卒業しちゃいますからね。
そもそも無理な話なんだけど、
そういう思いがあの子に伝わるといいよね。気持ちの後押しができるといいよね。

彼の学校は公立の学校としては少し特殊なので、
それを選ぶ人もまた限られている。
それを彼もわかっているので、できるだけ伝えたいと思うようだ。
優しい子だなと、自分の子ながらに思う。
こういう時間が持てていることって素敵だなぁ。
自分の子をこんな風に思えるって、ありがたいなぁ。

幸せ感に包まれた日曜でした。
幸せと思うことってあまりない。
でも思うのは、幸せとは何気ないことなのだ。

いつもは「幸せ」といえばものすごくスペシャルな時のように思いがちだけど、
おだやかで、あたたかで、うれしく、笑みが自然とこぼれるような、
そんなのがしあわせと思えるものかなって。

昨日はそんな幸せだなと思うことがいろいろとあったので、
書いてみました。
何気なさすぎて、後で見返したらなーんだと思うかもしれないけれど。



ゾロ目 2020.11.4

このところ、ゾロ目が妙に目につく。

10/28の日記にも書いてましたね。

miww55.hatenablog.com
これ以降も、毎日ある。

8888が一昨日。
昨日は1111。
今日は777に222。そして再び2222。

もうここまでくると
「きづけ~~~~!」と言われているに違いないとは思うんだけど、
サインの主は誰?

ちなみにいつも参考にさせてもらってるリリーさんのエンジェルナンバーでは、
私が見てるゾロ目は、特にゴールドで表記されてるので、
スペシャルっぽい。
なかなか書いてある内容もパワフルだ。

タイトルだけあげてみる。

【8888】のエンジェルナンバーの意味・恋愛・ツインレイ・金運『経済的成功はあなたのものです。迷わず進み続けてください』

【1111】のエンジェルナンバーの意味・恋愛・復縁・予兆・ツインソウル『あなたの望みはすぐそこにあります』

【222】のエンジェルナンバーの意味・恋愛・復縁『心配を手放し、信じる心を持ちましょう』

【777】のエンジェルナンバーの意味・恋愛・前兆・奇跡『あなたの願いは必ず叶います』

【2222】のエンジェルナンバーの意味・恋愛・片思い・復縁・ツインレイ『信じる心と信じる勇気が道を切り開きます』



ちなみにエンジェルナンバーはゾロ目とは限らないようで、
10~19は全部エンジェルナンバーみたいだし、
ミラーナンバー(101とか1001とか)もある。

詳細はこちら↓

angel-number.fun

 

ちなみに、違うエンジェルナンバーのサイトもみてみたけど、
似たようなもの。

誰からであろうと、エンジェルナンバーというからにはきっと天使からかな?
とでも思って、信じることにしようと思う。
が、こんなに何度も来るというのは、
私が信じ切れてないということなのだろうか?

一時のもやもやサイドからは、コーンと抜けた気はするのだ。

今日は思い立って、ヨガの前に平尾八幡宮におまいりに行った。
朔日参りをすればいいのだろうけれど、
人が多いと集中できないので、
ついつい自分のタイミングでしかお参りに行かない私。

朔日参りをしている人たちのSNS
「朔日参りをしてから変わりました!」とかあると、
やっぱりいわれのある時に行くべきかとも思うのだけど、
今の私には朝早起きしてとかは無理だし、
あまり自分にプレッシャーをかけてまで、、と思うのです。
気が変わるかもしれんけど。

願いはしっかり立ててきました。

お参り後に、久しぶりにおみくじでもひこうかなと思ったのだけど、
財布をみたら100円がなく断念。

エンジェルナンバーで十分ってことでしょうか。

 

祖母の命日 2020.10.30

今日は、祖母の命日。
10月は私にとって生と死がまみれる月間で、
その最後が今日。祖母の命日。

 


昨日、仏壇に手を合わせながら、
ふと、私が事故にあい、入院した時のことを思い出していた。

 


大学1年生の冬だった。
祖父母と一緒に暮らしていた私は、
早朝から家を出てスクーターで街に向かっていた。
その途中で事故にあった。

 


あの事故の知らせを受けた祖父母は、
どんな気持ちだっただろうと、はじめて考えた。

 


そういえば、どっちが電話を取ったとか
何も聞いていなかった気がする。

 


毎日遠くの病院まで通ってくれた祖母に、
ちゃんとありがとうって言っただろうか?

 


わかっているつもりで
全然わかっていなかったなと思い知る。


今更だけど、ありがとう。
ごめんね。心配ばかりかけて。
そう、祖母に呼び掛けた。


今日は、形見の指輪をはめてみた。
仕事をするにはごついので、
タイピングをする指には重くて、
あまり長くははめていられないけれど、
ちょっとだけ祖母を感じることができる。


いつかまた会いたいな。
ちゃんと、ありがとうと
面と向かって言いたい。
イメージの世界でもいいから。

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信じ切る勇気 2020.10.28

昨日の母の通院付き添いから、
今日は自分の検診。
1年ぶりの乳がん検診でした。

マンモが痛い!痛すぎる!
しかも4回もプレスされて、
瞬間瞬間気が遠くなりそうでした。。。

エコーと先生の触診とトリプルチェックして、
今回異常なしでほっとしたところです。

病気になる前提があるなら検診は必要だし、
安心にもなるからやっぱり受けとこうと思う。

日常的に気にする胃や腸とは違う部分だからこそ、
女性系の乳がんや子宮がんは検診が必要だなと、私は思う。
去年から妙にまじめに受けるように心がけているが、
毎年必要かは悩むところ。

納得のいくラインがどこかは、自分次第だろうな。

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今日、ふと降りてきたイメージがあるので書いておくことにする。

先祖の方と話してるイメージ。
先祖「いやだからあれだけメッセージ送ってたじゃない」
私「え?マジに?でも全くよくわかってなかったけど?」
先祖「いやいや、あんなにわかりやすく伝えてたよ~。」
私「え~~~。そうだったの?なんと~!」

ってな感じ。

私がメッセージをちゃんと受け取れてない可能性はあるんだけど、
それをイメージ化するとこんな感じなのだろう。

私が死んだら先祖の方とこんなやり取りをするんだろうか。

メッセージつながりでもうひとつ。

このところ、ゾロ目とよく出会う。
特に今は2のつながりが多い。
今日は22:22の時計をガン見してしまった。
ちょっと前は、アサガオの開花数222にやたらと気持ちが行った。

こんな時にちょこちょこみるのはエンジェルナンバーのサイト。
リリーさんのサイトをよく見る。
2222はこちら。

angel-number.fun


いっぱい書いてあって、なぜか妙に恋愛ものが多い?
気持ちの整理とか自立とか運命を感じる出会いとか。

収入アップと仕事運アップの記述は嬉しい。

まとめ的には
“あなたの信じる心と信じる勇気が、すべての道を切り開きます。勇気を出して、信じる心を持ち続けてください”
とある。

単純に、信ぜよ、さらば救われんということか。

先祖の方からの言葉ともリンクする気もする。

答えは自分の中にある。信じよう。

やる勇気の前に信じる勇気。これが必要なんだな、やはり。
信じ切る勇気かな。