ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

後はリハビリ 2020.8.8

とりあえず今日、家人のカテーテルでの処置手術が終わりました。

終わってすぐくらいのタイミングで主治医の先生から電話があり
「無事に終わりました。生検もとりました」の報告だったので、
平常時なら立ち会いが必要なやつだったのかもしれません。

本人からは「麻酔で寝てるうちに終わるらしい」と軽い感じで聞いていたのですが、後日談としては「紐パン履いた」とか「長い長い長い夢だった。バックトゥザフューチャー3連作続けて観たような感じだった」そうで。

楽しげだけどきつそうw

気になっていた箇所は、この処置で落ち着いていくだろうということで、ほっと一息。

先生からは「外心房にもひとつありましてそれもとりました」なんて言葉をサラリと言われるので、「は、ありがとうございます」と言いつつ聞こえた言葉をメモる。

 

夕方、経過を見た先生からまた電話。

経過は悪くなく落ち着いているが、リハビリがさっとはいかない模様。

入院する前もかなりきつく身体の筋肉も衰えていて、
5キロ体重が落ちたことも関係している可能性もあるだろうとか。

HCUに5、6日入っていたし、ほぼ歩いてもいないらしいので、
歩行器で50m歩けるかどうかというところらしい。
この感じじゃ帰宅はまだまだ無理だし

脈の方と筋肉の方とをみながらリハビリしていくしかないそうだ。

透析とリハビリをしてくれる病院があるか、空きはあるかをソーシャルワーカーさんが探してくれるそう。

まだまだ情報がちょこちょことしかなくて、
どう準備すればいいのかわかんないんだけど、

書類の申請で取りに行かねばならないのがあるから、
明日明後日のどこかで病院行きかな。

本人には退院時しか会えないから、どうも意思疎通ができにくい。

彼はスマホ使い慣れてないからか、たまに解読不明な文字が送ってくる。
心配するのよね。えっ、頭までとか、指が?とか。

まあみ守るしか。見えないけど見えないからいいのかもしれない。

 

ジミにするしかないんですよね。リハビリって。

本人は仕事があるから帰りたいと思うのでしょうが、
そこにたどり着くまでの体力を戻さないとね。

 

今夜は半年に一度恒例、息子幼馴染のお泊まり。

彼は関東で働いてて、帰省の度に1日はうちで息子と2人でイチャイチャしてる。
今夜は2リットルのコーラに炭酸水、お菓子買って帰ってきた💜

今から夜を徹して楽しむのだろう。

保育園の時からちっとも遊び方が変わらん気がする。2人でいてもそれぞれ別のことしてる方が多いのよね。

でもだから続くのかもね。

 

母は寝ますよっ。

父の夢 2022.8.3

最近夢をよくみます。
現世では出会ったことがない人たちが出てきて、
わりとサイケチックというか、リアリティのない夢ばかりを見ていたのですが、
昨夜の夢は違ったので、ちょっと書いておきます。
その前に、少し昔話を。

私は昔からセンシティブな子だったので、
「なんかここは気持ち悪い場だな」と感じたり、
そういう場に出くわすと具合が悪くなったりすることがありました。
それが霊感というのかどうかはわかりませんが、
自分の体調に悪い変化が出てしまうので、そのことは恐れでもありました。

そのことを気にして、亡くなった父が生前に、「わかる人」に聞きに行ったり、あれこれ動いてくれていたこともありました。

今はというと、あまり気にしなくなりました。
当時は「霊障じゃないか」とも言われていましたが、
神様ごとだとか仏様のことを学んだり、
また自分の体と向き合ったりする中で、
私の体がセンシティブなのは、生まれ持った体の気質であることに納得し始めました。
それは仕方のないことで、あまり恐れとして感じ不安に思っているばかりでは、
人生の限られた時間を無駄にする、ということがやっと腹落ちするようになったということでしょうか。

とはいえ、父や母と共に神様ごと、先祖供養など「見えないもの」への信仰や対峙をしたことは、私のルーツを考えることでもありました。
その先端に立っていたのが父です。
彼は私よりもたぶんおそらく本当に霊感のあった人なんだと思います。
そしてセンシティブな人だった。
今私が持っているのは、父から受け継いだ気質なのかもしれません。

夢には、久しぶりに父、母が出てきました。
そして今よりも小さい私が、実家近くのお宅にお邪魔した時のこと、
陰気なものを感じて不安になりました。
その陰気なものは、まだらでいい空気のところも澱んだところもあるのです。
生き物のように、それらは動きます。
絡め取られてしまうと病気や狂気、死に至っていく。

今思えば、そういうところには行かなければいいし、逃げることもできたと思うのですが、私は生真面目なのかお人好しなのか、そういう誰かの困っていることを見ないふりすることができません。人一倍弱いくせに。

はっと気づくと、私は父からたくさんの数珠を握らされていました。
そういうシーンに出会うごとに、数珠は増えていきます。
一筋縄じゃいかないということでしょうか。
父は、私の前を数珠を持ちながら歩き、「難」を取り除いていきます。
私も見よう見まねでやってみるのですが、父のようにうまくいきません。
数珠はたくさん持っているのに、どれをどの時に使うのかを父は知っていて私は知らない。
ただなんとなく、こういう時にはこういう感じなのかなと思いながら、父の後をついてお掃除してる感じでいました。見習い小坊主的な感じかな。

夢の中で、サンダルを互い違いに履いている女の人たちに出会いました。
私は父に「これか!これがおかしい。問題だってことよね」というと、
父は「これはこれでいい。互い違いであっても、お互いが了解して履いているなら、これは揃っているからいいんだ。それよりも問題は、紺のスニーカーの方だ。これは一つしかない。もう一つがないことに目を向ける。」
と言います。

感覚的に問題はこれと決めつけず、原因を複合的に考えて探す必要があるのだなぁと、夢の中でなるほどと思ってる私がいました。

父の背中を見ながら、「ああ、こうして私を守ってくれていたんだな」ということを久しぶりに思い出しました。
そして夢から覚めた後、思いました。
今でももしかしたら、こうして守ってくれているのかも、と。

元来不器用な方の父が、数珠の捌きを完璧にこなし、堂々と立ち向かっている姿は、
もしかしたら亡くなってからの修行の世界で、結構頑張って身につけた技なのかもしれないと思いました。

これを読んでくれている方は、意味がわからないと思いますが、
亡くなる前に父は山伏系の修行をしたりしていたのです。山伏になる訳ではなかったのですが。
結果的には、心臓が悪いのにそんなことをしたことも引き金になって、亡くなってしまったのですが。。

父が夢に出てくることはあまりなかったので、
魂になった今はどうしているのかなと思っていたのですが、
彼は彼で成長しながら、見えないけど私のことをちゃんと守ってくれているんだなと
思わせてくれる夢でした。
本当のところは、どうなのかはわかりませんが、
気持ち的に、ちょっと救われるような、久しぶりに父の温かさを感じるような、
そんな最後は心地よい夢でした。
もやもやした黒いものたちとの戦いは、気持ちのいいものではなかったんですけどね。
私もいい数珠使いになりたいものです。
いや、その実、あんなにいっぱいの数珠をいつも持って歩くのは重くて嫌だなーと思ったのも事実でしたが。

その関連で気づいたことがあります。
父は私が19歳の時に亡くなりました。
だから私は、子どもには父よりももっと長生きしてそばにいてやりたいと常々思っています。
19歳というとまだまだ子どもでした。
大人になって、大人として父と話がしたかった。そう思うから。

ふと気づくと、息子は今19歳。
ほんのちょっとだけど、私は父よりも長く子と生きていれるんだなと。

そういうことを気づかせに、夢に出てきてくれたのかもなあと思うことにした次第です。

お盆を前に、せっかちな父は早めにきてくれているのかも知れません。

夢の話でした。

またも同時多発✖️✖️ 2022.7.29

まだ7月なのに、毎日「今年一番の暑さです」という言葉を聞いているような。
毎日、いかに暑さと立ち向かうか、いや逃れて過ごすかを考える日々ですね。
それが自分の健康を保つためだもの、仕方ない。
コロナも心配ではあるけれど、同じくらいに気温の変化気圧の変化は私の体に影響するので、日々調整しながら過ごしているところです。

今日は久しぶりに、一日予定がなく家に一人で居れています。
ああ、久しぶりの休みだ!!って感じ。
基本、ローラーで体をコロコロしつつ、あれこれ気づいたことを気づいたタイミングで。
今日まで日があるようなので、シーツを洗って布団を干して。

先日から「うつに落ち込んでる、お家入院のつもりで過ごすように」と
主治医F先生から言われ、自分の体調の変化を調整することに頑張っていたのですが、
そんな中、またも夫の調子が悪くなりました。

いつもとは違い、ワンアクションするごと、例えば椅子から立ち上がるとか、一歩歩くとか、そういうことをずるたびに息が荒くなり、苦しい苦しいと連発するようになっていきます。
まあいつものことといえばいつものことなので、家族は見守りつつでしたが、
どんどんその頻度や状況が悪くなってきて、今度は過呼吸の発作が出るように。
精神的なこともあるのかなと、苦しがりだしたら背中ぽんぽんして「大丈夫大丈夫」と対応してきたのですが、それが夜中も2時間ごとに起きて同じことがある感じになってきて。
「うああああああ、苦しい〜」って唸り出すたびに起きて対応するので、私も息子も憔悴気味。本人が一番きつかったと思うのですが、数分でいったん落ち着きはするので救急車を呼ぶまでには至りません。
このところのコロナの急増で、救急車も対応する病院もなかなか決まらないという話も聞いていたので、
透析を受けている病院に診ていただき、大病院に紹介状を書いてもらったのが金曜。


でも、金土日は連日大変で、上記の通り。
やっと月曜が来て、タクシーに乗せて本人病院に。
付き添うことも考えたのですが、病院で発作が起これば専門家ばかりだし、私は家にいた方がその後の対応はできるだろうとステイ。
実際私の体調も、彼に付き添うことがデフォルトなら、やっと持ち直してきたのが落ちることは目に見えていたからです。

昼過ぎに、病院の先生から電話があり、「病院で倒れてそのまま入院」という事態になりました。
一瞬失神して意識がなくなったようですが、そこはさすが専門家。
対応が早く助かりました。
不整脈心不全という見立て。

もともと彼の持病からいくと、心不全になっていく可能性はあったので、
「ついにきたか」という感じです。
不整脈は心房細動が起こっているので、
状況見ながら電気ショックで心臓を一旦止めて、自然な鼓動の再動を促すことに。
昨日その試みがあったそうですが、その後それが効いているのかはまだ未確認。

今は酸素吸入しながらHCUにいます。
家にいるより本人も家族も安心。連絡のないことは治療が進んでいる印だと思っています。

さて、夫が入院した翌朝、私宛に義母から電話がありました。
実はこの日は夫の誕生日。
義母は県外に一人暮らしだし心臓もあまり良くないので、心配かけないように連絡を控えていました。
でも義母からの一言。
「私ね、入院することになったから」。

「えええええ?」と声が出ちゃった💦
「家族に電話しなさいって病院から言われたから、T(夫)に電話かけたけど、かからんから、あなたにかけたの」。
そりゃあ彼はHCUやし酸素吸入してるし、出れんのは当然。
「どんなあるんですか?」と聞くも
「なんか変って思ってタクシーで病院に来たら、そのまま入院って言われたの。脳梗塞って言われた」
「えー!?」

とはいえ、電話口では言葉もしっかりしているし、呂律が回らないようなことはない。
「実はTさんは入院してるんですよ。昨日入院したばかりで」。ともう仕方なく伝える。

昨冬から義弟が転勤でこちらに移り住んでいるので、
そちらに連絡をしてもらうことになった。
義弟は今後そういうこともあるだろうということもあって、転勤してくれたので、
すぐ休みをとって対応してくれた。
ありがたいありがたい。

重なる時ってどうしてこう重なるのだろう。
同時多発××、というと言葉は悪いが、対応する方から言えばそんな感じだ。
数年前にも夫と実母の入院手術が重なって、一人で疲労困憊した私だったが、
その時に比べれば、対応してくれる人がいるのは本当にありがたい。

で対応してくれた義弟によると、義母の脳梗塞は、手足の麻痺に強く出ているようで左患部が機能できていないらしい。つまりは車椅子で介助が必要という状態。
本人が一番心配していた痴呆の心配はないそうで、ホッとしたが、
一人暮らしで家に帰るのは、リハビリをしても無理そうだ。

こちらもいつかはと思っていたが、そういう事態になってしまった。
うちの実母をそうやって施設に入れたのは3年前だった。
いろんなことが起こってくるけれど、これは生きている限り、仕方のないこと。
今のうちに、私は骨休めをさせてもらって、必要とされる時に動ける体を保とうと思う。
こんな時こそ、自分をちゃんと労わることが大事だ。

ということで、昨日は桃の丸ごとケーキを買ってきた💕
昨日は昨日で、息子の新しい学校の担任の先生との父母懇談会だったので、
頑張りましたということでもある。日中暑い中の行き帰りが一番大変です。

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明日からはまたあれこれありますが、フルタイムでの仕事があるわけではなし、

逆にゆっくりできる時間はありそう。

 

そうそう、最近本が読めるようになりました。うつの時は本読めない、考えまとまらないというのが典型症状みたいなのですが、最近ふと自分の思想に影響を与えた本を読み直すことを始めています。

だからなのか、いろいろあっても少し俯瞰してみれる自分がいます。

心の中は静かで居れる。

これすごくありがたい。

 

これについては、またいつか書きます。

この夏はがっつり読書の夏になりそう。

古い本ばっかりですけどね。

 

近況 2022.7.18

今年は早々と梅雨が終わったかと思ったら、この夏はまた大きめの低気圧がきたり、線状降水帯がきたり。極端な気候が続きます。
今のうちの状態はというと、外から風が吹き込んできてスイッチをつけてない扇風機の羽が回ってる。涼しいけど、風が止むと蒸し蒸しして首にはタオルを巻いていないと汗が滴る。
天気予報では最高気温が30度を下回ると言っていたけど、そうかな?
あ、なんか台風並みに吹いてきていろんなものが倒れてきたので、窓閉めなきゃ。

さて食欲の夏笑
1、2ヶ月前の私はそんな感じで、ひたすらお腹が空いて、バリバリ食べていました。
体調が悪くなると体がやばいと思うのか食べ始めるのが私の体の性格なのですが、それに加えて薬の作用が大きかったみたい。
食欲を高める薬は元気のない体には確かに効いているのだけど、その分体重が素直に増加。
それでもなぜか筋肉量が増えたようで、データがずーっと「運動不足タイプ」だったのが「標準」に変化しました。いいこともある😀

体の声に素直に動こうとすると、机の前に1日座っているようなことはできず、
私のデフォルトは布団の上が多くなりました。
それでも眠りこけていたような日々は一ヶ月で終わり、夜11時には寝て朝は下手すると4時5時に起き、ベランダを眺めてしばらくしてまた眠り、8時に起きる。そんな生活。
そんな生活を一ヶ月続けていたら、体調も徐々に落ち着いてきたようです。
やっぱり睡眠が一番大事。
そしてあまり考えすぎないこと。
丸一日はきついけど、在宅勤務もちょこちょこできるようになってるこの頃。
先生からは「おうち入院」と思って過ごしなさいって言われてるので、
できるだけ無理せず体の状況に合わせているこの頃です。



夏が来た 2022.7.2

 お久しぶりです。

段々間が空いてきてますね。

書かない日が今やデフォルトになっています。書いても書かなくてもどっちでもいいというのを選び中です。

 

日々の生活や向き合い方も、ほんのちょっと変わってきた気もしていますが、それを今言語化すると、その言葉にとらわれてしまう気もして、今のところはそんな自分のモヤモヤを観るようにしています。

それができるようになったのは、私の中では面白い変化です。

もう少ししたら、言葉にしてもいいのかもですが、新しいこの感じをもう少し味わってみたいと思ってます。

 

あーそれにしてもあっついですね。

暑さには結構耐えれる方だと思ってましたが、今年の暑さには身体が過敏になってます💦

こういう時には睡眠をとるしかない。

最近頑張って11時までにはとこに付き電気を消してころころ。

2時間くらい眠れないことも、すぐねちゃうこともありますが、まあ頑張って寝る。後は出来るだけポールを使ってストレッチ。

身体が気持ち良いことをできるだけ。

 

さてあさがおも咲き始めました。

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さすがの暑さにあさがおも耐えれるかしらと思いつつ、できるだけお世話をしようと思ってます。

あさがおの開花が早いので、それに合わせて私も4時5時に起きるようになっちゃいましたw

今年一番の変化です。

大事なことはLove myself 2022.5.13

あっという間にGWもすぎ、蒸し蒸しする時期になってきました。

その実この一ヶ月があっという間であったかと言うと、そうでもなかったのですが、
こうして久しぶりに自分のブログを覗くと「あ、前回更新したのは4月頭だったんだ」と、そしてその当時のブログから自分の当時の状況を改めて認識すると、
ちょっと時間感覚が変な感じがするんですよね。

振り返ると「もう一ヶ月過ぎたのか」と思うし、
そのころの日々を思うと毎日毎日が結構ヘビーに積み重なっていたなと思うし。
渦中では、一日一日は同じような気がしていましたが、
ふと気づくと少し楽になっていることに、数日前に気づきました。
日々半分寝たような暮らしをしていたのにね。


私はそもそも自律神経の揺らぎが人よりも敏感に反応するので、
その対処をしてきたのですが、今回の落ち込みはそれではなく鬱に近いもののようです。
F先生が言うには、自律神経の方では体はきついが頭は動く。
うつは頭が動かない。文章書いたり資料作ったりはできないとのこと。

言われてみればその通りで、このブログが書けなくなった(書くのが億劫になった)のもその傾向があったようにも思います。

全く仕事をする気にならない。
でも目の前にしないといけないものがあると思うと非常に重荷です。
そんなに難しいものでもないのに、できない。
やっていても時間がかかりすぎるんです。

以前属していた会社で、ある時から「日報の文章」が書けなくなったことがありました。
記録は書けるのですが、感想や一言が書けないのです。
誰かにどう思われるかと思う気持ちもあった気はしますが、とにかく気の利いた言葉が出てこない。気はきいていなくてもいいのにとにかく言葉が出てこなかったんです。まとまらない。
ああ、あれは鬱だったんだなと、今になって思いました。

で、先生からは仕事は極力減らして休むことと言われ、
今の仕事も、これまでの蓄積の中から使い回ししてどうにか回しています。
それができるくらいには、蓄積があることがありがたいですね。

自分の現状は自分の想念が創っている。
それは理解しているつもり。
なので新しい資料が作れないジレンマはありつつ、
きっとしばらくすればまた元気になれる、その時にやればいいと思っています。
じゃないとやれないし。

料理を作るのが好きだった私が、メニューを考えることも嫌になって作れなくなったりもしました。
作り始めればできるのですが、作るまでの頭が回らない💦
料理ってやっぱり頭フル回転させてますしね。あーしてこうしてと段取りを考えてってのが作り始める前と作りながらにある。
クックパッド見ながら一品だけその通りに作る、なんてことをしてました。

今興味のある料理を作って食べることに興味のある息子19歳wが、
あれこれ勝手に食料仕入れて、一品二品作ってくれるのがとてもありがたい今です。

 


さて、そんな息子氏が、先日私の布団にダイブして気持ちよさそうにしていました(
注:現在私の布団はリビングにあり、日中はソファーのように活用されていますw)

そして「鬱ってさぁ」と話し出しました。
私は、彼には自分のうつ状態の話はしていません。
学校で聞いたか、You tubeで見たかだと思うけど、
私が前半に書いたような、うつは頭が真っ白になるとか考えられなくなるとかそんな話をひとしきり披露してくれて、そしてぽつり。
「僕も、去年寮でそんな感じだった。夜寝れなくて昼夜逆転して、課題が進まなくて。」
その辺りのことはよく電話で話はしていたし、状況は把握していました。
でも声だけでは、彼の状態に私は気づいてやれなかったんだなぁ。ちょっと反省。

「あのままいたらやばかった」 彼は言いました。

彼自身もそう思ったから、環境を変えようと必死になったのかもしれません。
そういえばお腹痛いとかも言ってたことがあったなぁ。
もうあの時体に少しきていたのかも。

健康を損ねてまでしないといけないことなんて世の中には存在しないと、
私は思っています。頑張りすぎるのは、自分の身を粗雑に扱うことに他ならない。

メンタルが強くなるということも必要なことかもしれないけど、
人それぞれのバックボーンや経てきた環境は違います。
今の自分の状況に向かい合うには、体力やタイミングも必要。
だって人間って、メンタルだけでは生きられないもの。体あっての人生だし。

うまく気づきのタイミングが自分にいい時期にやってくる。
そう念じておきましょう。
今は、なんとなくそんなこともおおらかに思えるくらいの体調になってきました。

Love Myselfが大事ですね。本当に。
病院に行くことも寝ることもLove Myselfなのだと思います。

www.youtube.com

春の嵐 2022.4.7

やっとちょっと文章を書いてみようと言う気になりました。
春は荒れます。

2月いっぱいで息子が大学を自主退学。
新たに行きたいところを見つけ、今日はその学校の入学式でした。
ご時世的に親の参加はできず、私も行こうとも思わずw
彼はスーツ着てチャリで出かけて行きました。
新たな仕切り直しを、自分一人でやるのはいいんじゃないかと思ってます。
私はご飯を作るくらいで。今日はお赤飯💕美味しくできて満足です。

2月から3人の生活が再開しましたが、心地よいものはスッと馴染むものですね。
関係性って2よりも3の方がいい気がします。

息子は帰ってきてのびのびとし、続けていたバイトもオンラインがメインなので引き続きやれているし。嬉々として絵を描いている彼をみていると幸せそうなので、まあいいんじゃないかなと思うしかない。
いつまででも親が場を作ってやれるわけじゃないと思いつつ、今は彼なりの人生のスピード感で学んでいけるといいかな。
人にはそれぞれの性格やスピード感がありますから。私もロースピード派なので人のことは言えない😅

冬から春への移行期は、私自身、体がその変化についていくのが大変でした。
毎年のことではあるのですが、今年はちょっときつかった。
それなりにチャレンジもして精神力を使ったせいか、その後ドーンと不調の波に揉まれています。
最初は単なる季節ものだと思っていたのですが、なんだかどうも4年前の同じ時期と似た感じの不調さ。
それに気がついたのが、F先生の診察を待っている待合室での時間でした。

いつもの問診票を書く自分の感覚が怒りと悲しみに満ちているんです。
なんだこれ?と思いながら、まあ正直に書いてみましたが、
そこから診察に入り、先生と話をしていると、泣きそうになってしまい。

私にしては珍しいことで、自分でもドギマギしながら自分の状況を話します。

やっぱり久しぶりにドーンと落ちてしまっていたようで。
自分でも気づいていなかったのですが、
2月に少し自分の奥底の蓋を開けてしまったところも関係しているのかもしれません。

「今日くらいご飯作らなくても出来合いのものでいいから、ゆっくりしなさいね」と言われ、お買い物をして家に帰ると鍵がない!

この日に限って二人とも留守😭

近くのスーパーで小一時間ほど佇んでw
夫に迎えにきてもらいました。
そしてそれから寝込みw

三寒四温じゃないけど、三日寝込んで四日起きるってな感じの日々を過ごしています。
おかげでしっかりは眠れている。
が、机に向かえない。寒い。だるい。ので布団にもぐり、本を読んでいます。
ちょうど桜の花が窓の外に見えて、メジロが花を突いて遊んでるのが可愛らしい。

こういう体を呪っても仕方ない。
こういう状態でできることをするしかない。
いろいろ予定入れつつあるので、頑張ってそれをしようと思います。
辛い体を引き起こして動かすには相当な精神力が必要で、
今までの私はもう絶望感にさいなまれながら生きてきたけど、
それでも生きていかなきゃいけないのなら、頑張って精神力を強く持つしかないと
今日思った次第です。

半日くらい寝てるけど。
週末からまた頑張ります。