ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その④二日目は「流れを整える」。魂チームは極楽浄土下見ツアーへ。

その①はこちら↓3日目の私の中でのトピックを書いてます。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その①衝撃の那智のお滝 - ほほーんと暮らしたい(再)

その②はこちら↓1日目の神倉神社前までです。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その②初日は魂の細分化がテーマ - ほほーんと暮らしたい(再)


その③はこちら↓1日目の後半、神倉神社についてです。

miww55.hatenablog.com

ということで、その④です。
その前の夜は寝付けず、寝たまんまヨガのエクササイズを2回半ほど回したところで、眠りに落ちた模様。寝付けなかった割には2時間半ほど深く眠ったようで、目覚めたのは3時45分。それから寝付けず( ´艸`)1時間ほど経ったところで、もう寝るのをあきらめて仕事したりしてましたw
朝がめっぽう弱い私がこの時間に起きるなんて、滅多にないことです。何が起こってるんだろうか?
でも、おかげで夜が明けていく様をじっくり眺めることができました。
とんびがすぐ近くまで来た~。

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さて、行程としては二日目!二日目は一言でいうと「流れを整える」。
導きにより細分化された魂が、輪廻転生に向かい一定方向への流れになっていくそうです。魂は生まれ変わりの修行(生きていた時に成したことや子孫に対して与えてきた智慧など)に入り、生まれ変わりの方向に向けた流れに導かれます(巡禮記講話会テキストより)。

さて、生きている私たちは、まずは花の窟神社から。
こちらはいざなみ(イザナミノミコト)さまが火の神であるカグツチノミコト様を産んだ時にその火に焼かれて亡くなってしまい、後に葬られたお墓です。
ご神体は岩。
対面にその亡くなる原因となったカグツチさまも祀られています。
ここでは親子・原因と結果・死と生等々、相反するものは実は対であることを示しているみたい。

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岩の形状が不思議。どうしてあんなに穴がボコボコ空くのでしょう?
こちらも神倉さんと同じく自然がご神体となっています。
靴を脱いで座ってお詣りしていると、美子ちゃんが横で大声を出します。
何事??と思って右上を見ると、彩雲が!

f:id:miww55:20170309190340j:plainそして青い光が。
これって里実さんのお葬式の時に写真に写っていたのと同じものかな。
今回は、里実さんのご供養も兼ねていました。本人がいてもたってもおられず来てたのかも(^^)

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カグツチさまの横の穴にすっぽりなあみちゃんw
吸い込まれるように収まってました。

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「神だって死ぬ」というインプリケーションは、私たちの人生においてどう影響するのだろうかなどと考える。

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そのまま、熊野灘を望む海岸に出る。
大きな流木がでーんと。その先の海岸線は長く、海は水平線を描いてる。
水平線が黒く見えるのは、黒潮だからなんだって。f:id:miww55:20170309212154j:plain

石同士がぶつかりあって、角を丸くし、磨かれていく。一人ではできない技。
そして拾わずにはいられない石。
こどもの頃、石を拾うのは禁止されていた。石には念が入りやすいと。
実際子どものころは私は怖くて触れなかったけれど、今回は触らずにはいられないほど、みんな丸くてすべすべで、たまらん!笑
これだけ波にもまれている石なら、入れもするが出しもするだろう。
そう思い、3つお持ち帰り。これ、私にしては画期的!
育子さんになんか描いてもらいたいなぁ。

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石を拾う人々。f:id:miww55:20170309212409j:plain

寝転んで見た空

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福岡とは違う海辺。貝がない。砂じゃなくて丸い石だらけ。だから波打ち際の音が違う。石がぶつかり合う音。私が知っていたつもりのことは、一部にしか過ぎない。価値観を揺さぶられる。

ここはとても居心地が良い。石の上に寝ていると岩盤浴をしているよう。
例年は夕方来るらしいが、今回昼前に来れてよかった。夕方は夕方できれいなのだろうけど、私は昼前のこの感じが好き。身体で感じ、特別研ぎ澄ませなくとも五感が自然と働く。f:id:miww55:20170309214331j:plain

 ↑みんなが岩盤浴で気持ちよくなってるところに撮影して回るフォトグラファーさんが登場( ´艸`) 先達やらフォトグラファーやら大変wおっちゃん、お写真くださいませ。

 

熊野の浜 波引き際の音が独特。 #角の丸い石続々 #岩盤浴万歳

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さて、相当気持ちよくなったところで、今日のメインイベントのある陀落山寺へ。
f:id:miww55:20170309224322j:plain補陀洛渡海とは、平安時代から江戸時代にかけて、小さな船に閉じこもり30日分の脂と食糧をたずさえて、生きながらにして南海の彼方にあると信じられていた観音浄土を目指す、最後の捨身行。補陀洛山寺は補陀洛渡海の出発点として知られる寺です。

捨身行ですから、海に出て間もなく難破して沈没して、その身は海の藻屑となる、、はずが、その昔、この熊野の浜から補陀洛渡海に出た日秀という僧は、黒潮に乗って琉球にたどり着いてしまったそうで。
まだすることがあったんでしょうね。
そんなこんな日秀さまは、今は入定認定され、お上人になられ、毎回熊野ツアーで皆様から連れられてきた方々をお連れになって、補陀落→琉球の極楽浄土下見ツアーの先達をしてくださっているとのこと。

私も父、祖父母、曽祖父母等々10名ほど連れていき(もしかしたらそれ以上?)、ツアーに参加してもらいました。f:id:miww55:20170309224545j:plain

 

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何百年もこちらにいらっしゃる菩薩行の方々。こちらの方々にご挨拶をし、日秀さまが後ろの方々を連れて行ってくださいました。
このお船で!

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 その後、お寺の中で、名物らしいご住職のお話を。お話好きな方のようで1時間ほど欲しいと言われていましたが、この後団体さんが来られるということで、ばたばたと。
それでも特別にということで、こちらの千手観音さまを見せていただくことに。

写真が撮れなかったので拾い物で。腕は44本あるそう。

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1,2分だったけど、この観音様を見たら、なぜか泣けてきて涙が止まらなくなった。体が先に反応してしまう。
「ありがたい」という言葉が頭に浮かぶ。
この多くの手で、何でも受け止めてくださる。くだらないことから大事なものまで。
初めて「感謝」という言葉が口をつく。
私はこれまで「感謝します」という言葉は嘘くさくて自分ではほとんど使わなかったのだけど、なぜかこちらの千手観音さまの前では、すっと出てきて、そのことに逆にうろたえる私。極楽浄土ツアーに行った先祖たちからの思いとリンクしたのだろうか。

その後、、あれ?体が軽い。肩が軽い。
聞いてはいたが、本当だ。
背負ってきた先祖の方々をツアーに出した途端に、こんなに体が軽くなるなんて。
不思議だけど本当だ。

和歌山ラーメンとチャーハンを食べて、腹ごしらえ。
意外なことに博多と同じような細麺だった。
脂はあるがあっさり中白濁で醤油味。美味しい。
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これから山に入り、三山の2つ目。熊野本宮大社に向かいます。本宮は明治期までは下の大斎原(おおゆのはら)という熊野川の中州にあったのですが、水害にあい、一宮~四の宮までは上に移転したのだそう。

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 御祭神は、熊野三山熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)に共通する「熊野十二所権現」と呼ばれる十二柱の神々。
そのうち、主祭神は家津美御子大神(すさのお)さま、本地仏阿弥陀如来さま。
基本的に、速玉さまと同じ神様がいらっしゃるので、同じことを祈ればいいのですが、
手を合わせるたびごとになにか言葉が変わってきます。
具体的になり、祈りはより深くなっていきました。
何度も口にすることで、自分の思いがブラッシュアップされているのでしょう。
また結構泣けても来ます。一番泣けるのは天照さまのところです。
やっぱり私は自分のギャップに思いのほかやられてるんだなぁ。
出来ない自分を突き付けられるのは本当につらいけれど、「辛いです」とまず口にしてみることは悪いことではないのだ。
だってこんなに内側の自分は苦しい思いをしているのだもん。表が光るほど違和感は生じる。正直な私だから、そこをうまく使い分けている人がうらやましいとは思えども、自分はそれをするのも違和感がある。
いい塩梅で表と裏のバランスを取らせてくださいと祈る。

昨日願っていた自分の中のヘタレた自分はずいぶんと減っている気がする。
ヘタレてもいいのだ。それよりもそれを憂う自分の方が問題なのかもしれない。
ここにきてから、随分と納得感が増えている。

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和泉式部のエピソードがある碑。長々と熊野の地を目指し、やってきたのに月のモノがやってきた。こんな体ではお詣りすることは許されないだろうと嘆き歌を詠んだが、熊野の神はそんなことは取るに足りないことだと返歌したという。
今でさえもまだ生理に対する偏見は多くあるのに、熊野の神様は相当の昔からこうしておおらかに座っていらっしゃる。この碑が境内にあることが何よりも素敵なこと。世の中の「生理痛?それって病気じゃないでしょ」なんていう男性は一度こちらに参ってみてほしいものだ。

車で少し降りて、元宮の大斎原へ。
第5殿から12殿までの神様は、まだこちらにいらっしゃり森羅万象のことをつかさどる神たちを中心に、魂の流れを流す番をしてくださっているらしい。

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なにかがピンとくるものではないが、自分が思いつくことにこたえがあるんじゃないかと感じた。
こたえは自分で作るというか、作る必要がなければつくらずともよく、作る必要があれば思った通りにしてみてよいのだと。
河原は広い。

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河原から見た日本一の大鳥居。ちょっと寂し気だけど、周りにはうじゃうじゃ魂の粒が流れているはず。

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熊野ブルー。

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自らいけにえに・・・www

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お水に手を入れてみました。ひんやり気持ちいい。
この川の水もまた魂を整えるのに大きなお役目を担っているのでしょう。
この地になら戻って来たい。

 

二日目はこれで終了。
お寿司やさんでマグロ丼を食べ❤ 育子さんにレイキを流してもらって、胸の重みや肝臓の鈍い感じがすっきりしました。
背中はそのまますっきりしています。あの重みはなんだったんだろう?

さて、最終日3日目に続く。その⑤へ!

 その⑤はこちら↓

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その⑤3日目後半は、先祖供養の集大成とむすび。 - ほほーんと暮らしたい(再)