ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

経験は人を強くする? 2021.1.24

昨日の夜中に書いたやつです。
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今は夜中の2:20
レーズンパンを焼いているのですが、
途中羽をつけ忘れていたことに気づき、やり直してからのこの時間💦
2:46に焼きあがるらしいので、
どうせなら、そこでホームベーカリーから出して冷ましてから寝ようかと。

食べられるものができるといいんですが。

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FBの「思い出」。
過去のその日の投稿を見ることが出来るやつです。
FBって過去検索が非常にしにくくなっているので、
1年に1回みることができると、面白いんですよね。
10年日記を読んでるみたいな、そんな感覚かな。

昨日の4年前は、息子が中学の修学旅行前にインフルエンザにかかり、
ギリでいけるようになってほっとしている様子が書いてありました。

あれ?
彼の修学旅行の時、私送り出せなかったよね。


思い出しました。
前日の夜中、いやもう当日、夫を救急搬送して、病院に行ったんです。
救急車に乗せて。
どんな状況だったかは覚えていません。
もう何度も搬送しているので。
夜が白むのをみながら、息子が家を出るまでに帰れればと思っていました。
本当は、そのまま入院できるなら、それにこしたことはなかったんですが、
多分一旦断られたんです。その病院には長く入院していたんですが、
多分新しく透析病院が決まったからじゃないかな。
とはいえ、透析病院は救急は扱っていないので、対応はしてくれたけど、
状況からみるに、今は何もできないと言われてしまい、
でも、じゃあこの症状はどうすればいいんですか??と長くごねごねしていた気がします。
念のための検査と何かの点滴をしたような。

4時過ぎに病院に到着だったから、
息子を起こして帰ってこれないかもしれないから弁当を自力で作って持って行くようにいい、救急車に乗っていったんだろうなと思う。覚えていないもんだなぁ。
息子の体調も朝起きれるかも、弁当も心配だったし、
夫ももちろん心配だし、
時間は早朝なので、なんだか私はハイだし。
待合室でうつらうつらしながら、待ってたんですよね。

結局帰宅は7時過ぎになり、夫とタクシーで帰ってきたような。
息子にはまだメッセンジャーとかの利用はさせていなかった気がするので、
起きてるかなというタイミングに電話をしたんですよね。多分。
そしたら、「もう起きて弁当作りよる」とたくましい返事が。
やればできるんやな~と感心しきり。
帰宅した時にはもう学校に出た後でした。

彼も飛んでもない目にあってるな。
今更ながらに思い出した。

あれからずっと親の体調に振り回されながらも、よく頑張っているよ。
親が酷い時には覗きに来るけど、その後は大声で歌ったり動画配信見たりと楽しそう。
彼なりに、自分を守っているんだろうと思う。
このところも夫の調子が酷く悪く、唸ったりおえおえしたりするので、
普通なら気が参りそうになる←わたしだ。
が、息子はそれなりに距離感をとっている。
処世術ですね。

こんだけいろいろ経験があれば、まあ4月からも大丈夫でしょう。

なんて、夜中に書いて安心している私。
娘のことは、ほおっておいても大丈夫だと思っているのに
息子のことは、こと手をかけてしまうところがあったのですが、
意外と大丈夫なのかもねと、過去を思い出しながら思ったのでした。
そう言えば、小さい頃から自分の思うとおりにしか生きたくない男だったわ、やつは。

さて4月、彼はどんな選択肢を選ぶことになるのでしょう。