母の病院から電話があった。
お正月の外泊の件でって。
母は昨年4回の手術を経て、現在養生用の病院にいて、年明けにまた前の病院に戻り手術をする。
これで一旦手術は終了の予定だ。
現在の状況はというと、前の手術により流れていなかった血が流れるようになったのはいいのだけど、すでに壊死している血管も多いため、リハビリしすぎたりすると、痛んだり痺れたりが強くなるのだという。
頑張りどころがわからないってきついよね。
でも、今の状況がわかっているのは悪くないことだと私は思う。
さて、電話の看護士さんが言うには、「お母様が、お正月はみんな家に集まるから、帰りたいと言われています」とのこと。
この件は私も脳内で考えたことがある。
でも、現実的には難しい。
母は一人暮らしで、部屋はバリアフリーではない。当時は杖でトイレにも行っていたが、今入院中でさえ、看護士さんを呼び車椅子かコロコロ歩行器で介助してもらって行くくらいだ。
絶対的人数が居るならば、それも可能かもしれないが、弟は31日遅くまで仕事、私も現在感冒性胃腸炎のぶり返しで、正月治っている自信がない。
そもそも母宅に泊まる準備が出来ない。
病院と約束しても保証がないのだ。
おそらくだけど、お正月に多くの方がおうちに帰られる中で、看護士さんから軽く「帰れるなら帰ってもいいですよ」と言う話があったのではなかろうか。
言われれば、帰りたくなるよね。
こどもたちが小さい時には泊まりもしていたから、そういうことも思い出すよね。
看護士さん、先にこちらに相談して欲しかったなぁ。
期待させて、落とすのは好きじゃない。
私が一番しないようにしていること。
今日は私が行けなくて、夫と息子に母の病院に行ってもらい、洗濯物を持ち帰ってもらった。
そういう事情は病院はわからないと思うけど。
怒りは、看護士さんを通り抜けて私に向かう。
母の気持ちが救われるかもしれない企画だ。
母の願いを叶える機会がここにある。
私がもっと頑張りさえすれば。
でも、出来ないのだ。
当日になれば、できるかも?
考えようによっては、いろんな人の手を借りることができれば?
可能かもしれない。
でも肝心の私の体がどうなるかわからない。
お母さんごめんね。
こんなに悲しくなること、久しぶりだ。
お母さんの喜ぶ顔が見たくて、悲しい顔させたくなくて、頑張ってきたのに。
悲しい。
でもお母さんが悲しむのは、私のせいじゃない。
お母さんの悲しみを私が勝手に想像して作っちゃダメだ。
正月こちらに居る息子と弟と案を考えよう。
まずは、この件私が一人で抱えないこと。
弟には話をした。
後で家族にも聞いてもらおう。