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ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

遠隔ヒーリングからの瞑想での気づき、悩みからの課題設定、状況判断からの、おやすみなさい迄の道。

自分つれづれ

昨夜ふと思い立ち、ある方の遠隔ヒーリングを受けた、といっても期間中ならいつでも受け取っていいですよというものなので、直にというタイプじゃないんだけど。


ヒーリングを受け取りますと言い、瞑想している間に思ったことはいろいろあって、いつも私が夢や瞑想中に見る私しかいないお花畑、森、湖(ちょうちょはいる)で心静かに。でも、私はここにいる私も私だけど、外の刺激が気になって仕方ない私もいて。どっちが本当というよりも、どっちも本当なんだよなと改めて思ったり。
中にいる私は、でも寂しさを感じている。
そう、私は実生活でも寂しいんだよなってのは、わかっていたけど、ああやっぱりそうなんだと思う。この部分はまだ蓋をかぶって居そう。

瞑想中は、できるだけ深呼吸を深くする。
そもそもどうも呼吸が浅いらしい私。言われ始めたのはここ2年ほど。
いつからなのだろう?もしかして生まれつきなの?
で、このところどうもこの深呼吸が下手。下手ぶりが鼻についてたまらなくなってる。
自分にむかつくというやつです。
でもね、わかんないんだもん。仕方ないよね。
頑張ってるんだけど、それでいいのかわかんない。

ここで怒りが出てくる。なんでいつも私ってこうなんだよーって。
ほんとにね、何においても下手なのですよね。これがたまらなくて、ずーっと頑張ってるんだけど、上手にならずにこの年まで来てしまった。
人と比べるわけではないけど、生きづらいのです。
呼吸は、唯一人が臓器をコントロールできる機会。だからここでのアプローチがうまくできることが、身体とのコミュニケーションをとることに大きく作用すると思うんだけど、、、。
どなたか私のパーソナルコーチになっていただけないかしらー。近くの方。

寂しい部分をどうするかはまた問題で、ここはぶつかってみるかと思わないでもないが、以前いろいろ言われたしなぁ。状況で考えよう。とりあえず。

今日はてんびん座満月らしい。

tenkataihei.xxxblog.jp

「結論」を出すタイミングなのだそうだ。
なかなかいい時にきますな。

ここは心機一転、

「今までと違う関係」 

を目指しましょう。


別れる別れないというより、

関係性を変える。

今年の4月1日の書初めは「速決」。「即」じゃないところがミソ。
即決なんてできないからね。せめて「速」で。スピード感意識しましょって。

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悩んでても、動きはでてこないもんね。
まずはこけてもいいから動くですな。

と威勢のいいことを言えるのも、この時間(現在2:46)だから。
このところの私は、体調がやっぱり整わず、
夕方16時すぎくらいからどうにか体調がよくなってきて、仕事がはかどるようになります。でも夕方はもう食事の支度にも入んなきゃで、ご飯食べて落ち着いてからが、仕事の本タイム。うちこどもとの時間もありつつ、なんやかやしてたらすぐ12時すぎ。
だから12時過ぎからの時間がやっと自分の時間となって、この時間くらいになるとやっと体がほぐれていたくなくなってくる。ベストな体調がこの真夜中にやってくるわけで。
ここで仕事をまたしはじめようものなら、下手すると6時くらいになったりもして。
完璧に昼夜逆転
朝起きた時に起きていようかと思ったんだけど、全く機能せずだめでした。
朝から用事で出るくらいの日には気が張ってるからどうにか行けるんだけど、昼は眠い。
さて新学期は14日から。頑張って起きて今の楽な状態を昼間にもっていかねばー。
体内時計に詳しい方、どうか調整の仕方をお教えください~。
かなり頑張ってるんだけどなぁ。
ここ、ピンポイントで神様にお詣りするかなぁ。

それにしても、あまりにもすっきりして肩も軽い今、仕事したい~~~!
でも寝ないと明日がまた1日つぶれちゃう。

ねよっかぁ。おやすみなさいませ。

追加~:
なんで今日このブログを書こうと思ったかというと、
ああ、そう。私ってね、「こんな私だし」って思ってたんだなぁって。
言葉では絶対言わないし、普通は思ってないの。この言葉としては。
でも私の中には、あるの「こんな(できない)私だし」「私なんか」って。
バカだよね。
自分で自分の価値下げてどうすんだよね。
自分がどこまでできるかわからないけど、やるかやらないかなんだよ。
やるしかないのに、ついつい「こんな(できない)私だし」「私なんか」が出てきてしり込みしちゃう。
なので、満月の日に「こんな(できない)私だし」「私なんか」をぽいってしちゃいます。「こんな(できない)私だし」「私なんか」はいらないぞ!

紙に書いて、ホワイトセージと一緒に燃やした。全部粉になるまで。
すっきりした。肩もひときわ楽になるはず。満月万歳!

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巡禮記遠足 宮地嶽神社 筑紫の王に会いに行ってきたその②

信仰・祈り

miww55.hatenablog.com

その①はこちら↑

その②です。

奥之宮八社めぐりというスタンプラリーがやっていましたので、やってみることにしました。
メモラーな私は、メモも持ってるし手がふさがるのはなぁとちょっと躊躇したんだけど勢いでw
生来はこういうの大好きです笑
台紙は結構センスのあるデザイン。こんなシンプルなデザインする方とお仕事したいな。

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最初は、七福神社へ。
七福神って、日本で一番知られている神様じゃないかな。

途中にべんざいてん様。
いらっしゃるところがかわいい。
べんざいてん様は私が一番よりどころとしているお方。
「女性として、女性のままで仕事をさせてください」
願うだけでホッとする。

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たくさんの像がありますが、布袋様と大黒様が目立ちます。
そういえば、その昔うちにもお二人のセットでいらっしゃったなぁと思いだす。。。
布袋様はサンタクロースと同じ役割をされている方なのだそう。
そういわれれば、確かに似ている。
大黒様と言えば打ち出の小づち。
これは振れば出てくるものではなくて、破壊のための小づちなのです。
破壊の神というと怖い感じがするけれど、新しいものを作るためには壊すことが必要ですよね。そういう前向きな破壊です。ヒンドゥー教のシヴァと同じ役割。
大黒天様は、大国主命さま=国造りの神様なので、破壊しちゃ作りしていったのですね。スクラップ&ビルド。私がやってることと一緒だ。

熊野の青岸渡寺でも七福神様が祭ってあるところに行き、大黒天様にお目にかかったけれど、中々に憧れます。
そこでおっちゃんに、「みわこさまは、よくおねがいしておきなさい」と言われていたのでした。そういえば、お正月に引いた七福神みくじのひとつは大黒天様でしたわ。
ココでのお願いは2つ。「私の中のすぐヘタレてしまう、すぐ怖がってしまう思いを破壊しながら進ませてください」ってのと、もう一つはちょっと書けないw

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 次は、水神社(すいじんじゃ)。
みつはのめのかみさまがいらっしゃるところ。
女性の神様で、かつ全水脈をつかさどっていらっしゃるそうです。
うちの実家の裏に水が湧き出るところがあって、水神様をお祭りしていたのですが、こんな感じで祀られていたのを思い出しました。
宮地嶽においては水の要所が3つあるらしいのですが、こちらはその源のようです。

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続いて、三宝荒神さま。
横にでっかいかまどがでんっとおいてありました。
その昔、台所には必ず「荒神様」が祭ってあったなぁ。
家事のこと、おうちのことをお詣りします。

濡髪大明神淡島神社
女性の心をお守りするのが濡髪大明神で、身体をお守りするのが淡島さまだそう。
「いいまぐあいができますように」がここではお詣りの合言葉のようになっています。

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さてさて、次は不動神社です。
不動明王様が祭ってあるのに、神社なんです。不思議。
祓い清めの御幣もあり、祝詞があがっていました。
こちらは横穴式石室古墳(日本一らしい)の中に不動明王様がお祭りされています。

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こちらに、宮地嶽の王(みやちたけ)、筑紫の王がいらっしゃいます。
つまり、この国をつくられた王が不動明王様に権現されていらっしゃるということらしい。
ヤマト王朝からの圧力に耐えかね、朝鮮半島への進出を防ぎ、ヤマト王朝からの独立を目指したともいわれる「磐井の乱」で有名な「筑紫野君磐井」。この古墳の主で筑紫野王は、「筑紫野君磐井」の孫にあたる方のよう。
この古墳からは、国宝になった金の鐙や冠など20点が出土していて、地下の正倉院とも呼ばれているらしい。
ちなみにこの時代は、聖徳太子が生まれるより前の時代。

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そんな気の遠くなるような時代。磐井をはじめ北部九州の豪族たちは、弥生時代から海を制し、大陸の中国や朝鮮半島と交流をもっていました。磐井の乱で磐井は討たれ、子は朝廷に一部要所の地を差し出したため、許しを得生き延びたという記録が残っているようです。もともと弥生時代から朝鮮半島や中国と独自のつながりを持っていたとされる九州の豪族たちですから、引き続き豪族たち同志もつながり、豊かな国づくりを目指していたのでしょう。古の時代に思いをはせるといろんな思いが頭の中を駆け巡ります。大和朝廷との戦いに勝っていたら、今の世はまた変わっていたのかもしれませんね。

さて、そんな筑紫の王。北部九州に住む我々の祖先といっても過言ではないでしょう。
日はお彼岸。ここは墓。ということで、今日はご先祖様へのお墓参りです。
神社にお参りに来たのに変な気分ですがw
筑紫の王=みやちたけの王といっていいのかな。
その方とお不動様とにお詣りです。
お不動さんですから「どんな資本(体)を持って、この国をどうしていきたいのか」を祈ります。
思いはいくらでもあってよいと思います。
私は幸い、今の教育の仕事は自分の一生の仕事として、国を変える仕事として思っているので、そのことを祈ります。自分から出た思い、自分をも変える思いとして。
・・・ああ、もっとちゃんと祈ってくればよかったなぁ。こうしてレポ書いてるといつも思います。祈り方をもっと研究せねば。

そうそう、須佐さんがおっしゃっていました。「こちらの王は女性を大変大切に扱われた方。だから北部九州の女性はみやちたけの王に参ればよい」と。「不動明王としてではなく王として聞きたい」とおっしゃってるそうです。
王というかご先祖様という感でしょうか。ぐっと親しみがわいてしまい、安心してお詣りができました。


不動神社の前にある木。幹が時計回りにねじれています。お水の流れ、地場の磁力がこのねじれをつくるそう。水が先なのか磁力が先なのか。
ここは水が墓に帰っていくところ。水ポイント2つ目です。

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続いては、万地蔵尊(よろずじぞうそん)へ。
あれ?お顔がかわいすぎる。後付け?

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みんな一生懸命祈ります。神宮様には言えなかったことも思い出しながらこちらで祈ります。
私は母のことを祈ります。母本人じゃないので母の健康は祈れません。だけど、私の祈りとして、「母が自分の人生をちゃんと見つめ、自分で折り合いがつけられるよう、お地蔵様のお力をお貸しくださいと。そして母にいい言葉をかけてあげられるようになりますように」と。こんな祈り方でいいんでしょうか。(ちょっと不安になる)

薬師神社です。こちらも薬師如来さまなのに神社。
こちらでは、「人生は坂道じゃなくて階段だよ」と須佐さんに言われます。
ひとつひとつ踏みしめていくもの。焦ることはない。なにかあった時にすぐその階段を坂道のようにしてしまうことが私にはあって。前日の講話会の時にもそういう話が出たのですが、、ううむ。
それが結構きついんだよなぁ。
なので、「そういうところをどうすればいいのかわからないので、お導きください。教えてください」と祈りました。


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そうそう。こちらでお詣り後にみていたら、年配の男性が来て、薬師神社の説明を見て大声で「脳梗塞になりませんように」って言ってすぐ行ってしまったんです。その言い方がね、バカにしている感じで。この人絶対脳梗塞になるわ、、って思っちゃいました。。。
この手の方が九州の男性には結構いらっしゃるんですよね。
仕事上でも日常でも。
神仏を信じる信じないは個人の勝手だとして、そんなことここでいう必要もないのにね。何かをバカにしないと生きていけない、自分を上に持ち上げることができない男って最低だな。でもこういう気質が九州に根強くあって、これってまた風土として続いちゃうんですよね。。。女が何でもしてあげるからなのかなぁ。男子の母としては、心しなければと思いました。

最後は稲荷神社。

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お稲荷さんには、足りないものを祈ります。
「愛かなぁ」「愛だよねぇ」。。素直になるのは良いことな気がしますw結構真面目。

須佐さんに「なんでお稲荷さんは赤なんですか?」と聞いてみました。
稲荷は渡来人で京都の豪族だった「秦氏」がその家の氏神さまとして発願されたのがきっかけで日本に広まっています。(講話会テキストより)
なので、日本に入ってきた時点が赤で作られ、それを継承しているそうです。正しくは丹(たん)という色らしい。その意味付けはそれぞれされているみたいです。魔除けだとか、木が腐れにくいだとか。目を引くことだけは確かですね。

講話会でお勉強したことが、お参りに行くとリアルに理解できていきますwまあこれはトリビアですが。
普通にお詣りするにも、お詣りしているところのご本尊がどういう経路でここに座られているとか、どういう願いでいらっしゃるとかを聞き、なるほどと理解して、実際にお詣りをし自分の願いを立てていくと、自分の生活や日々の思いとすんなりリンクしていきます。それが楽しい。繋がっていなかったものがつながる感覚。

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八社めぐりを終えて、本殿の裏手に。屋根がぴかぴか。

裏の門にはハートが♡

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摂社。
摂社末社は、本殿の神様がカバーできなかった部分をカバーする大切なお役目があります。

ご神水です。
ちょっと水量が少ないみたいですが、美味しいお水でした。

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滴り落ちる水滴。丸い。

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顔に塗るのもいいそうで、みんな必死w
わーわーいってたら、皆さん集まってこられましたw
木々も良く伸びています。水の力なのでしょうね。
水ポイントその3でした。

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招霊の木(おがたまのき)別名トキワコブシ。小ぶりのコブシの花が咲いていました。
もっと開いてくると綺麗だろうな。

最後におみくじ。
身を慎んで敬いの心を忘れずに行けばよいのですね。

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同じおみくじだったのに「抱人」がある人たちが数名。かかえびとと読むそうです。雇う人、雇われる人、互いの関係となるのかな。

今日の最後のお写真。

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すごくいい写真!
三歳児も頑張りました(^^)
(この写真に異存のある方がいらっしゃいましたら、こっそりお申し出ください~。どうにかします)

そして参道で松ヶ枝餅をいただいて、帰途に。私は10個お土産に。
うちのみなさまは梅が枝餅や松ヶ枝餅が大好きなので。

お天気もよかったので、歩いて福間駅まで行ってみようということになり、2キロちょいかな歩きました。私は途中で山八の生ぎょうざを仕入れ(^^)お出かけした後のご飯作りは大変なので、、今日のおかずです。

最後に、卒業生に会いにKASAに。
私は卒業式をボイコットしたわけではなく、式後の会に出なかっただけで( ´艸`)。
全員ではないけど、会うべき人に直接お祝いを伝え、ワインを飲み歓談し帰宅。
すべてはうまく回っていました。ありがたいことです。

久々に気持ちのいい陽気に助けられたお詣り&お墓参りでした~。
先達の須佐さん、主催の綾さん、ご一緒してくださったみなさん、ありがとうございました。また次にご一緒できるのを楽しみにしています。












 

 

 

 

 

 

巡禮記遠足 宮地嶽神社 筑紫の王に会いに行ってきたその①

信仰・祈り

3月19日に宮地嶽神社に行ってまいりました。
世間は3連休ど真ん中。そしてお彼岸。そして私は大学の卒業式。

大学生の卒業を見守って早10年。
プロジェクトが本格化してからは、卒業時に会を持つことも恒例となり、今年も、、ともいつつも、潮目が変わったというか、、私の中ではそういう席で祝うのではない祝い方をしようと思い、こちらに参加。どっちかという選択肢以前に、きたかったんですよね。宮地嶽さんには。
宮地嶽神社は、宗像大社同様に、父との縁がある神社なので、いつかちゃんとお詣りしたいと思っていたのです。

博多駅から福間まで快速で26分、福間駅からバスで宮地嶽神社前まで5分。バス停からちょっと歩けばすぐ参道で10分もかからず現地に到着します。

福間駅のバス停で、大分からのなおこちゃんを発見。一緒にバスに乗って到着するも、まだ30分前なので、カフェで軽くご飯を。佐賀からまやこさん、福井から知世さんも合流して遠足前にわちゃわちゃ楽しい気分に^^
(ここのカフェ、不思議なグッズがいっぱいでした。神主さんが編まれたらしいかごや猫ちゃん用の籠り籠みたいなのがあったのですが、いくらか書いてないのが逆に気になる。。。)

で、宮地嶽さんです。宮地嶽といえば、この階段。最近特に人気なスポットになったらしい。JALのCMで嵐がここでロケをしたらしい(私は見たことがないんだけど)。
登ってる時も親子連れがその話をしてる。
お父さん「ここは嵐が来たんだよ。」
息子「知ってる!♪おーおお、さWaになっておどろ!」
お父さん「それはV6!」

内心大笑いしておりましたw

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実は私は階段から来たのは初めてでした。その昔は父の車で来ていたので、上の駐車場までつけてたんですよね、当時は。
ほんと海までまっすぐ。
先達の須佐さんによると、まっすぐ海まで思いが届くようにと、こういう立てられ方をしているそう。このような神社さんはいくつかあるそうです。筥崎宮もそうですね。ひめのかみ様を祭った八幡様の海versionらしい。

宮地嶽神社のご祭神は神功皇后さま(おきながたらしひめのみことさま)。でも神功皇后さまがお座りになられる以前からここは龍脈だったそうです。

今回のお詣りは、神功皇后さま、そしてその奥にいらっしゃる筑紫の王に謁見することがテーマです。私たち北部九州に生きる人々にとっては、筑紫の王は祖先にあたる方との説明に、なるほどと思います。北部九州の人たちって、みんな親戚みたいなもんなんでしょうね。
そういう目で神様を見たことがなかったので、新鮮です。

先達の須佐さんのレポはこちら↓

susagen.ciao.jp

 

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さて最初は元ご本殿後にお詣り。以前はこちらに本殿があったのですね。
こちらには今は龍神様がおられます。御神木の枝ぶりが、龍神様がいらっしゃる感じがとてもする。「脈」という字が浮かびます。
こちらでは、「何の目的で来たのか」をお伝えします。
「筑紫の王に謁見に参りました」と。

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1700年前のものではないだろうが、とても歴史を感じる鳥居。

そして本殿へ。

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ああ、この風景に泣ける。思い出す。35.6年前とちっとも変ってない。

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本殿です。おっちゃんと本殿とどっち撮ってるんだって感じの写真になってしまった。

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パノラマ。ブログにアップするとこんな感じになるのね。

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結婚式、お宮参りも。いいお天気で良かったですね。

樋からの水受けも、いちいち趣がある。f:id:miww55:20170321003408j:plain

本殿には、神功皇后さまだけがお祀りされています(勝村・勝頼大神も加えて三柱とはなっていますが)。息子の応神天皇さまはこちらにはいらっしゃらないのですが、いらっしゃらないわけも、もしかしたらちゃんとあるのかもしれません。


ですがともかくメインは神功皇后さまだけなので、母である神功皇后さまのご威徳を求めてくる方の願いをお聞きくださるみたい。
神功皇后さまといえば、身重ながら朝鮮遠征し、収めた後九州に戻り応仁天皇を産んだという方。子宝、安産を願うことはもちろん、産む前に必要な「いい男」を授かりたい・出会いたいという願いや、「産む」は子だけではないとすれば、自分のこれからの生業を子として、願いを立てることもできます。
「発信するものがよきものになりますように」
「生涯の仕事である○○が、もっと質の高いものとして世に出せますように」
いいものが生み出せるように願います。

次は須賀神社。こちらは「櫛田神社に祀られているスサノオノミコトさまの姿」をお祭りした神社だそう。
須佐さんの説明によると、「櫛田神社に祀られているスサノオノミコトさまの姿」とは、「山笠がクシナダヒメさまに奉納されて、クシナダヒメさまが”きゃ~、カッコい~”って喜んでいる姿を見て、『よきかな』と寛容に見ているお姿」なのだそう。
そもそもスサノオさまって荒い神さまで、それをクシナダヒメさまの存在があってここまで寛容なるお姿になられたことをみなさいということかな。
「女ってそうやって可愛いがられるのよ」とおっちゃん。
あれ?ここでどんな願いをしたのか、覚えてない。。。話がいちいち強烈だからかしら。

さてここからは、奥の宮を回ります。
スタンプラリーもしながら♪

ということで、これからはその②で。




巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その⑤3日目後半は、先祖供養の集大成とむすび。

セミナーに確定申告に振り返りワークとを終えて、やっと一息。
熊野レポの最終日後半をやっと書けると思い、久しぶりに写真をみていますが、記憶って本当にすぐなくなるのね。スポットスポットは覚えているのだけど、前後やどっちに先に行ったとかそういうのが薄れてて、思い出すのに時間がかかっています。
でも、人間忘れるから日々を過ごせるのだろうなぁ。。。リアルに覚えたままだったら、その後の色々を受け止められなかったかもしれない。

その①はこちら↓3日目の私の中でのトピックを書いてます。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その①衝撃の那智のお滝 - ほほーんと暮らしたい(再)

その②はこちら↓1日目の神倉神社前までです。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その②初日は魂の細分化がテーマ - ほほーんと暮らしたい(再)


その③はこちら↓1日目の後半、神倉神社についてです。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その③ロッククライミングな神倉神社 - ほほーんと暮らしたい(再)


その④はこちら↓2日目です。

miww55.hatenablog.com


さて、その⑤です。最終話。
3日目は、「むすび」の日。
開いて細分化して、流れを整えて、そして再結合。再生の日です。
午前中はその①に書いたように、どかんと私のあちこちが壊れ、
遅く来た反抗期みたいな状態からのスタートでした。

まあ、父ですね、父。
この後の青岸渡寺では、先祖供養でしたから、そういう流れだったのかもしれません。
で、青岸渡寺熊野那智大社との順番があやふやなので、ここいら箇条書きにします。
なんで覚えてないのかな~。やっぱりショックが強かったのかも。

青岸渡寺

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天台宗のお寺です。
明治期の神仏習合廃止で、熊野那智大社から分離しても残ったのは、余りにも大きな信仰の対象となっていたからだそう。
こちらのご本尊様は、如意輪観音さま。
如意輪さまは、意のままに意のあるごとく、当たり前のことを当たり前に在れと言われる仏様。
自分が自分として生まれてきたのは、父と母がいたからで、その父と母が生まれてきたのはその父と母がいたからで。当たり前のことだけど、それがなければここにこうしていないことを受け止めるということなのでしょう。

熊野ツアーに参加したいくつかの理由の中で、こちらで先祖供養をするというのがありました。自分が命をつないでここにいるということと、先祖を供養することがやっと自然に一つで考えられた時間でした。生まれてきたことに感謝をするって、正直なところあまり実感がなくて。実感がないことはしたくなくて、「感謝」という言葉を軽く使うことが苦手で、使えなかったその「感謝」を素直に口にできた。捕陀落山寺で千手観音さまの前に立った時もそうでした。やっと感謝という言葉が自分の感覚とぴったりした今回でした。
寺内には役小角・(行者)さまもいらっしゃったので、またよくよくご挨拶を。

別所に水子地蔵さまがいらっしゃって、ここでも護摩札が扱われていました。
想定していなかったので動揺。実は地元のお地蔵様には、私の3番目になるはずだった子のことをお尋ねしていたのです。「なぜあの子は私のところに来たのか」「どんなミッションがあったのか」「なぜいなくなってしまったのか」。まだ答えはいただけていませんでした。そのお地蔵様にも熊野行きはお伝えしていたので、お地蔵様ネットワークがつながっていたのだと解釈しました。
思い出せば胸が苦しくなるので、思い出さないようにしていたのですが、そのことに対してまた産んであげられなかったことに対して、あの子にはとても思いがあって。なぜ来たのかには理由がないのかもしれません。でもなんらかの意味があるような気がして。それを無視して生きているのはなにか、、。そんな思いを胸にお札を収めました。名前を付けてあげればよかった。今世ほんのちょっとだけの関係だったのが切ない。
でも、思い出していいんだよねって、ちょっと勇気は出ました。

熊野那智大社
さて、熊野三山の最後の大社。

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主祭神は熊野夫須美大神さま(イザナミさま)。
他の熊野権現と同じく12殿+のこちらは那智のお滝も神柱とされているので13殿かな。
これまでと同じ願いをお伝えします。
毎日何度も何度も神仏に向かっていると、思いがぎゅーっと凝縮するような感じになります。すべての中でオンリーである必要はなくて、私がそれを本当に願うかどうか、嘘偽りがないものであるかどうか自分の中で本当に腑に落ちるものであるかどうか。

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境内に大きなクスノキがあって、その中の空洞を護摩木を持ってくぐります。胎内くぐり。産まれ直しです。

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「こわいよ~」って言ってたら、須佐のおっちゃんに巡禮ガールズまやこさまが降臨!
「怖くないわよ!」「行くわよ」「私でも通れるわよ!」と一言一言に大笑いさせてもらいながら、くぐってきました。笑いは深呼吸と同じく横隔膜をひらくのでいいらしい。育子さんがお滝と水子地蔵のところとまたここでもサポートしてくださいます。

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手に持っていた護摩は、今回おっちゃんの案で護摩焚きに。

悲しみや怖さ、無念の思いはすべて護摩と一緒に焼き尽くしてしまえ。

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 さて、旅のラストは、阿弥陀寺へ。
(阿弥陀寺の駐車場から見た風景。標高高い。別世界という感じ。)

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ここで、日秀さま先達で極楽浄土下見ツアーに行ってた先祖の方々と合流する。
ツアーに送り出して以来、肩が軽ーくすっきりした状態だったので、お迎えするのがちょっと怖い気もする。おっちゃんからは大丈夫と言われていたけど、なんだか気分が重く、また石段だったので、足取りが鈍い。
(みんなさっさか上がってるという写真)

ため息をつきながら上がってると、そうこちゃんが「曹洞宗のおねえさま💕がんばれー」って手を握ってくれる。ありがとうありがとう。

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燃えてしまうと南無阿弥陀佛という文字と阿弥陀様が浮き出てくる線香。

こちらは真言宗のお寺。名の通りご本尊は阿弥陀如来さま。
南無阿弥陀仏を唱え、先祖の皆様のお戻りのお礼を言いました。

南無阿弥陀仏で、ちょっと思ったことがありました。
前日の一遍上人様のところでも思ったのだけど、
私は先ほど書いたように禅宗曹洞宗の家で育ったので、
”なむしゃかむにぶつ(「南無釈迦牟尼仏」)”なのです。
こちらのお寺さんは「阿弥陀寺」なので阿弥陀様にはもちろん南無阿弥陀仏なのでしょうが、他のところでもなんでも南無釈迦牟尼仏のところってあまりなくて、なんか釈然としないところがあったんです。南無釈迦牟尼仏の方が私にはデフォルトだったからだと思うんですが。

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そんなことを思いながら、亡者のひとつ鐘を撞きます。

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最近亡くなったあの方々が心を残さずあの世に行けますように、先祖の方々が安らかに成仏への道を進めますように。
そして、血脈というお守りを頂きました。
おっちゃんからは「みわこさまは、このお守りを身につけておくとよいよ」と言われました。なんでやろ。
こちらでは、自分のために一つまたお守りを買いました。
たいがいお守り買ったけど、自分のものって初めて!

後から、血脈を開いてみました。

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はい。阿弥陀如来と並列に釈迦牟尼仏とありましてね。
「心配しなくてもつながっとるのだよ」とぽんぽんと頭を撫でられたような気がしましたw
弘法大師様ともつながってるし。

いや~、仏様ってお見通しなのだわ。
すんなり私、結びを受け入れる事ができたように思います。
ここが旅の最後でよかった。

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駐車場に戻ったら、美子ちゃんがいて、もーいきなりハグしたくなってぎゅー。
美子ちゃんはいろいろ見ていてくれたようで、なんかちょっとほっとした。絶景の中のハグは気持ちよかった。

今回の旅で、思ったことのひとつは、願いは一つじゃなくてもよく、自分の中をいかに神仏の前でさらけ出せるかということ。
一緒に行ったメンバーの祈り方をみたことも大きな刺激だったし、自分と神仏との向き合いは誰にも遠慮することはいらないことがわかりました。
私の願いも徐々に変わっていったけど、最初の願いは叶ったものもあります。
それはきっと私自身が3日間の願い・祈りの中で、体感出来ていったから。
「あ、こういう答えなのね」とか「答えがないってことは、、」と自分でこたえを出してもいいものもあり、そういうのが自分でわかる、判断できるってわかったことも大きな収穫。

心の中の願いや思いは、私自身の思いようや考えが変わることで叶っていきます。
さて、物理的な祈りをこれから本格的にできるようになりたいなと。
熊野行きのタイミングは絶妙でした。これもうまくできてるのだろうな。
うまくできてるといえば、この後大阪から福岡へ戻る新幹線の中で、母の連絡がケアマネさんから入ったのも絶妙すぎました。私は重い荷物を持ったまま、母宅に行き、救急病院に行き、、、と動きが始まるのも早いけど、あのタイミングだったからうまくキャッチアップできました。この後は難関ですが、心を強く持っていきます。

一緒に行ったメンバーは、干渉せず、でもなにかあったらそっと手を差し伸べてくれる方もいて、またそれはせずともみまもっていてくれたりして、なんかもう本当にありがたくて。
素敵な3日間でした。

先達の須佐さん、育子さん、今回ご一緒させていただいたみなさま、ありがとうございました。これをご縁にまたどこかでご一緒できたら。幸せな時間をありがとう。

おまけ。新宮から新大阪まで4時間ちょっと。コンビニ弁当じゃないのが食べたくて、駅前に行ったらお寿司屋さんのテイクアウトでさんま姿寿司が!
ヤッホーさんの不思議なビールとともにいただきました。一人旅って(行くまでだけど)楽しい。自由はいい。また行きたいなー。

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あ~、やっと書き上げた。
このブログを長く読んでくださったみなさまにも、感謝申し上げます。
ありがとうございました。(あ、この感謝、本物ですw)

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その④二日目は「流れを整える」。魂チームは極楽浄土下見ツアーへ。

その①はこちら↓3日目の私の中でのトピックを書いてます。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その①衝撃の那智のお滝 - ほほーんと暮らしたい(再)

その②はこちら↓1日目の神倉神社前までです。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その②初日は魂の細分化がテーマ - ほほーんと暮らしたい(再)


その③はこちら↓1日目の後半、神倉神社についてです。

miww55.hatenablog.com

ということで、その④です。
その前の夜は寝付けず、寝たまんまヨガのエクササイズを2回半ほど回したところで、眠りに落ちた模様。寝付けなかった割には2時間半ほど深く眠ったようで、目覚めたのは3時45分。それから寝付けず( ´艸`)1時間ほど経ったところで、もう寝るのをあきらめて仕事したりしてましたw
朝がめっぽう弱い私がこの時間に起きるなんて、滅多にないことです。何が起こってるんだろうか?
でも、おかげで夜が明けていく様をじっくり眺めることができました。
とんびがすぐ近くまで来た~。

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さて、行程としては二日目!二日目は一言でいうと「流れを整える」。
導きにより細分化された魂が、輪廻転生に向かい一定方向への流れになっていくそうです。魂は生まれ変わりの修行(生きていた時に成したことや子孫に対して与えてきた智慧など)に入り、生まれ変わりの方向に向けた流れに導かれます(巡禮記講話会テキストより)。

さて、生きている私たちは、まずは花の窟神社から。
こちらはいざなみ(イザナミノミコト)さまが火の神であるカグツチノミコト様を産んだ時にその火に焼かれて亡くなってしまい、後に葬られたお墓です。
ご神体は岩。
対面にその亡くなる原因となったカグツチさまも祀られています。
ここでは親子・原因と結果・死と生等々、相反するものは実は対であることを示しているみたい。

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岩の形状が不思議。どうしてあんなに穴がボコボコ空くのでしょう?
こちらも神倉さんと同じく自然がご神体となっています。
靴を脱いで座ってお詣りしていると、美子ちゃんが横で大声を出します。
何事??と思って右上を見ると、彩雲が!

f:id:miww55:20170309190340j:plainそして青い光が。
これって里実さんのお葬式の時に写真に写っていたのと同じものかな。
今回は、里実さんのご供養も兼ねていました。本人がいてもたってもおられず来てたのかも(^^)

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カグツチさまの横の穴にすっぽりなあみちゃんw
吸い込まれるように収まってました。

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「神だって死ぬ」というインプリケーションは、私たちの人生においてどう影響するのだろうかなどと考える。

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そのまま、熊野灘を望む海岸に出る。
大きな流木がでーんと。その先の海岸線は長く、海は水平線を描いてる。
水平線が黒く見えるのは、黒潮だからなんだって。f:id:miww55:20170309212154j:plain

石同士がぶつかりあって、角を丸くし、磨かれていく。一人ではできない技。
そして拾わずにはいられない石。
こどもの頃、石を拾うのは禁止されていた。石には念が入りやすいと。
実際子どものころは私は怖くて触れなかったけれど、今回は触らずにはいられないほど、みんな丸くてすべすべで、たまらん!笑
これだけ波にもまれている石なら、入れもするが出しもするだろう。
そう思い、3つお持ち帰り。これ、私にしては画期的!
育子さんになんか描いてもらいたいなぁ。

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石を拾う人々。f:id:miww55:20170309212409j:plain

寝転んで見た空

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福岡とは違う海辺。貝がない。砂じゃなくて丸い石だらけ。だから波打ち際の音が違う。石がぶつかり合う音。私が知っていたつもりのことは、一部にしか過ぎない。価値観を揺さぶられる。

ここはとても居心地が良い。石の上に寝ていると岩盤浴をしているよう。
例年は夕方来るらしいが、今回昼前に来れてよかった。夕方は夕方できれいなのだろうけど、私は昼前のこの感じが好き。身体で感じ、特別研ぎ澄ませなくとも五感が自然と働く。f:id:miww55:20170309214331j:plain

 ↑みんなが岩盤浴で気持ちよくなってるところに撮影して回るフォトグラファーさんが登場( ´艸`) 先達やらフォトグラファーやら大変wおっちゃん、お写真くださいませ。

 

熊野の浜 波引き際の音が独特。 #角の丸い石続々 #岩盤浴万歳

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さて、相当気持ちよくなったところで、今日のメインイベントのある陀落山寺へ。
f:id:miww55:20170309224322j:plain補陀洛渡海とは、平安時代から江戸時代にかけて、小さな船に閉じこもり30日分の脂と食糧をたずさえて、生きながらにして南海の彼方にあると信じられていた観音浄土を目指す、最後の捨身行。補陀洛山寺は補陀洛渡海の出発点として知られる寺です。

捨身行ですから、海に出て間もなく難破して沈没して、その身は海の藻屑となる、、はずが、その昔、この熊野の浜から補陀洛渡海に出た日秀という僧は、黒潮に乗って琉球にたどり着いてしまったそうで。
まだすることがあったんでしょうね。
そんなこんな日秀さまは、今は入定認定され、お上人になられ、毎回熊野ツアーで皆様から連れられてきた方々をお連れになって、補陀落→琉球の極楽浄土下見ツアーの先達をしてくださっているとのこと。

私も父、祖父母、曽祖父母等々10名ほど連れていき(もしかしたらそれ以上?)、ツアーに参加してもらいました。f:id:miww55:20170309224545j:plain

 

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何百年もこちらにいらっしゃる菩薩行の方々。こちらの方々にご挨拶をし、日秀さまが後ろの方々を連れて行ってくださいました。
このお船で!

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 その後、お寺の中で、名物らしいご住職のお話を。お話好きな方のようで1時間ほど欲しいと言われていましたが、この後団体さんが来られるということで、ばたばたと。
それでも特別にということで、こちらの千手観音さまを見せていただくことに。

写真が撮れなかったので拾い物で。腕は44本あるそう。

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1,2分だったけど、この観音様を見たら、なぜか泣けてきて涙が止まらなくなった。体が先に反応してしまう。
「ありがたい」という言葉が頭に浮かぶ。
この多くの手で、何でも受け止めてくださる。くだらないことから大事なものまで。
初めて「感謝」という言葉が口をつく。
私はこれまで「感謝します」という言葉は嘘くさくて自分ではほとんど使わなかったのだけど、なぜかこちらの千手観音さまの前では、すっと出てきて、そのことに逆にうろたえる私。極楽浄土ツアーに行った先祖たちからの思いとリンクしたのだろうか。

その後、、あれ?体が軽い。肩が軽い。
聞いてはいたが、本当だ。
背負ってきた先祖の方々をツアーに出した途端に、こんなに体が軽くなるなんて。
不思議だけど本当だ。

和歌山ラーメンとチャーハンを食べて、腹ごしらえ。
意外なことに博多と同じような細麺だった。
脂はあるがあっさり中白濁で醤油味。美味しい。
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これから山に入り、三山の2つ目。熊野本宮大社に向かいます。本宮は明治期までは下の大斎原(おおゆのはら)という熊野川の中州にあったのですが、水害にあい、一宮~四の宮までは上に移転したのだそう。

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 御祭神は、熊野三山熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)に共通する「熊野十二所権現」と呼ばれる十二柱の神々。
そのうち、主祭神は家津美御子大神(すさのお)さま、本地仏阿弥陀如来さま。
基本的に、速玉さまと同じ神様がいらっしゃるので、同じことを祈ればいいのですが、
手を合わせるたびごとになにか言葉が変わってきます。
具体的になり、祈りはより深くなっていきました。
何度も口にすることで、自分の思いがブラッシュアップされているのでしょう。
また結構泣けても来ます。一番泣けるのは天照さまのところです。
やっぱり私は自分のギャップに思いのほかやられてるんだなぁ。
出来ない自分を突き付けられるのは本当につらいけれど、「辛いです」とまず口にしてみることは悪いことではないのだ。
だってこんなに内側の自分は苦しい思いをしているのだもん。表が光るほど違和感は生じる。正直な私だから、そこをうまく使い分けている人がうらやましいとは思えども、自分はそれをするのも違和感がある。
いい塩梅で表と裏のバランスを取らせてくださいと祈る。

昨日願っていた自分の中のヘタレた自分はずいぶんと減っている気がする。
ヘタレてもいいのだ。それよりもそれを憂う自分の方が問題なのかもしれない。
ここにきてから、随分と納得感が増えている。

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和泉式部のエピソードがある碑。長々と熊野の地を目指し、やってきたのに月のモノがやってきた。こんな体ではお詣りすることは許されないだろうと嘆き歌を詠んだが、熊野の神はそんなことは取るに足りないことだと返歌したという。
今でさえもまだ生理に対する偏見は多くあるのに、熊野の神様は相当の昔からこうしておおらかに座っていらっしゃる。この碑が境内にあることが何よりも素敵なこと。世の中の「生理痛?それって病気じゃないでしょ」なんていう男性は一度こちらに参ってみてほしいものだ。

車で少し降りて、元宮の大斎原へ。
第5殿から12殿までの神様は、まだこちらにいらっしゃり森羅万象のことをつかさどる神たちを中心に、魂の流れを流す番をしてくださっているらしい。

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なにかがピンとくるものではないが、自分が思いつくことにこたえがあるんじゃないかと感じた。
こたえは自分で作るというか、作る必要がなければつくらずともよく、作る必要があれば思った通りにしてみてよいのだと。
河原は広い。

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河原から見た日本一の大鳥居。ちょっと寂し気だけど、周りにはうじゃうじゃ魂の粒が流れているはず。

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熊野ブルー。

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自らいけにえに・・・www

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お水に手を入れてみました。ひんやり気持ちいい。
この川の水もまた魂を整えるのに大きなお役目を担っているのでしょう。
この地になら戻って来たい。

 

二日目はこれで終了。
お寿司やさんでマグロ丼を食べ❤ 育子さんにレイキを流してもらって、胸の重みや肝臓の鈍い感じがすっきりしました。
背中はそのまますっきりしています。あの重みはなんだったんだろう?

さて、最終日3日目に続く。その⑤へ!

 その⑤はこちら↓

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その⑤3日目後半は、先祖供養の集大成とむすび。 - ほほーんと暮らしたい(再)

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その③ロッククライミングな神倉神社

 

その①はこちら↓3日目の私の中でのトピックを書いてます。

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その①衝撃の那智のお滝 - ほほーんと暮らしたい(再)


その②はこちら↓1日目の神倉神社前までです。

miww55.hatenablog.com

その③です。
1日目の後半は、熊野速玉神社の摂社である神倉神社へ。メインイベントです。
というか、途中からそうなりました。
はやたまさまを歩いていると、過去のツアー経験者から「神倉さんは大変」「前回は死にそうだった」「普通には登れない」等々の言葉を聞き、ビビりな私は萎縮しまくってました。
ここまでくればいかないという手はないのですが。ここ数か月前のぎっくり腰が、最近またちょっと痛んだりして怖い。直前に整骨院にも行ってきましたし、コルセットもしてきたので、これを信じて!
摂社は小さいとは限りません。
車で移動して数分の場所ですが、山のふもとです。
写真では見ていたけど、想像以上だった。

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今回の旅は、ご先祖さまも連れてきています。
と書くと、「は?なくなってる人をどうして連れてこれるのよ」なんて言う方もいらっしゃるでしょうが、連れてきてるんですよw
この旅に来るにあたり、幾度か地元の神社やお地蔵さんに「熊野に行ってきますよぉ」とご報告をして、後ろの方々にも「一緒に行きましょね」と再三お伝えしてきました。
そういう見えないご先祖さまと見えない神やなにかとをあると信じ信頼してつなぎ合わせてみる。そういう作業がここでは行われます。
見えないからといって、ないとは限らない。
「見えないものを信じて、しゃべらず、振り返らず、ゆっくりと自分のペースで登る」。これがお約束でした。

この石段ですから、ギャーギャー言いながら登った方が気楽なのですが、
あえてそれをせず、一心に上を目指して登っていく中で、見えないものとの向き合う決心をつける感じもありました。

神倉神社にはこちらに詳しい情報があるので、ぜひご参考に。私が調べた中では一番わかりやすく、いろんな情報がありました。石段のことなんかも書いてあります。

http://www.mikumano.net/meguri/kamikura.html

この記事によると、石段は538段。鎌倉積みというらしいのですが、自然石を重ねた石段なので、上りにくい。途中手をつかないと登りにくい場所も数カ所あって、一度手をつくと、そこから態勢を立て直す時に腰に力が入る。それが腰に不安を持つ私には怖い。登ること自体は、嫌いじゃないのでいいんだけど、実際は降りる方が怖かった。

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登りきると、こんな感じで、巨石がごろっとしています。これらがご神体。(一番大きい岩はゴトビキ岩というらしい。ゴトビキとはカエルのこと。手前のお手水岩のところでもカエルの鳴き声のような音が聞こえます)
こちらに熊野のお神様が降臨されたとか。
その横にお社があります。
見晴らしも素晴らしい。お社では何を願ったのか忘れました(--;おそらくほっとして「登れましたぁ!」という報告で終わったような。なにしろ狭いので、後から来られる方もいらっしゃってゆっくり祈れない。

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横にスライドして、(といっても一度途中まで降りて岩をまた登って)

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この岩の部分は名前が明らかではないのですが、
女性器の形をしています。
神社には女性器男性器を形どりお祭りされているところも多いと聞きますが、私は初めて参りました。正直なところ、あまりこの手のモノを目の前にしてすんなり参る気持ちを持てなかった私でしたが、(で、ここに登るまでここに在ると知らなかったし、心の準備もなかったのですが)なぜかここで手を合わせると、違和感なくて、また先祖の方々に対し、ありがたいという思いが湧き出てきて、それが非常に不思議でした。

横にスライドすると、(ここも一度途中まで降りて岩をまた登って)、クリトリスを形どった部分も。
育子さんのナビも入ります。「自分が気持ちいいと思うことを大切に思っていい。」育子さんが言われた言葉通りかどうかわからないけど、私はそういう風に受け取り納得しました。自分を認めるということは、こういうことなのかもしれません。
ここは写真が撮れなかった~。場所的に身動き取れず。

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 随所随所に右回りにねじれている木が。

気の力?磁力かな?
確かにここ周辺でお参りしている時に、あわせた手に右周りのループの力を感じます。

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 火神社とお地蔵さま。

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よく見ると、変わった鳥居です。
>両部鳥居。
>両部とは密教の金胎両部(金剛・胎蔵)のことでを、両部鳥居は神仏混淆の神社に多く見られます。
と先ほど紹介したブログより。
綺麗な朱塗りで手入れされています。

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最後は猿田彦様に、ご挨拶。おかげさまで迷わずに下山できました。ありがとうございました。

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ふもとの小学校。ちょっと暗いのでわかりにくいけど、木造でいい味出してました。
子どもたちがあの石段をワーワー言いながら駆け上がっていて、微笑ましかった(^^)
こんなところで育ったこどもたちは神仏と自分たちをどう位置付けてるんだろう、なんて思ったり。


さて、初日はこれで終了。回転ずしのご飯→ホテルで大浴場のんびり。ホテルの部屋も広々。
リラックス❤
ベッドはダブルサイズ。のびのびでした~。

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 その④はこちら↓

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その④二日目は「流れを整える」。魂チームは極楽浄土下見ツアーへ。 - ほほーんと暮らしたい(再)




 

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その②初日は魂の細分化がテーマ

その①はこちら。3日目の私の中でのトピックを書いてます。

miww55.hatenablog.com

さて、その②は1日目に戻って書きます。

今回の熊野ツアーは3つのステージに分かれています。これは魂が輪廻転生に向けて細分化清流→収束するという流れとあわせてあるようです。
1日目は魂の細分化。
2日目は細分化された魂が輪廻転生に向けて流れを整える。
3日目は整えられた魂の粒が、また新しい魂に収束される。むすび。

ということで、1日目の魂の細分化ステージは阿須賀神社から。f:id:miww55:20170309121947j:plain
熊野は「黄泉の国」。対して伊勢は「現世」という対比がされるようです。
日の当たる昼のこの世からすると真逆の夜の黄泉の国。この世とあの世。
(正確に言えば熊野は黄泉の国の入り口)

なんで私がこのツアーに行ったかというと、この世を生きる上で、この世だけでは立ち行かないものがあると思うから。「イマココ」は重要だけど、その「イマココ」を生きるために「イマココに居る私はどこからきてどこに行くのか」を知ることが大切だと思ったのです。
私たちがどうやって生を受けて生きてきたかというと、その前にご先祖様という人たちがいたから、その人たちが連綿に命をつないできたから、私たちは今ここにいるという事実があるわけで。
そのことに対して背中を向けたい時期もあったけれど、自分がいかに生きるかを考えた時に、冷静に「自分のルーツに目を向ける事」と、「自分がいかに今を生きるか」と、「自分の肉体がなくなった時にどうなっていくのか」に目を向けていくことが、セットで考えられれば、私の「こう在りたい」や「いかに生きるか」に納得感が出てくるのではないか、そう考えたのでした。

巡禮記講話会で熊野の話を聞いた時、実は熊野がどこにあるのかも何があるのかも全く知らなかったのですが、「ここにいけばさがしていたことがわかる。3点セットだ!」と思った衝撃が残り、参加を決めたのでした。
性格上、理論的に仕組みが分かった方が納得がいくというのが多く働きました。

さて、阿須賀神社です。
ここでは「なぜ熊野に来たのか」を問われます。

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祭神:
事解男命(ことさかおのみこと)
熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)、熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)、家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)
配神:
事角見命(事角見神、たけつねのかみ)
黄泉津道守命(黄泉津道守神、よもつみちぬのかみ)

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事解男命さまとは、ひるこがみさまのこと。いざなぎ様いざなみ様の間に生まれた最初の子ですが、不具を理由に川に流されてしまいます。葬られた子=水子と考えれば、黄泉の入り口ならではの祭神と言えるのでしょう。
熊野速玉さまは、いざなぎさまの権現。本地仏薬師如来さま。
熊野夫須美さまは、いざなみさまの権現。本地仏は千手観音さま。
家津美御子さまは、すさのおさまの権現。本地仏阿弥陀如来さま。

で、なぜ熊野に来たのか。
まだうまく言葉でまとまらないながらも、ご挨拶。
今回は、「自分が今明らかにしているミッションや思い、これから体験する祈りを体感し、腑に落としたい、納得したい」ことをお願いしました。

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須賀神社の境内には、お稲荷様や龍神様もいらっしゃいます。お稲荷様には足りないものを、龍神様にはこの旅がいい流れに乗り得たいものを得、その後にも流れをつくっていけますよう祈ります。

さて次は、、ごはんです笑
名物のめはり寿司をいただきます。
確か、大きいので目みひらいて(目をはって)食べることから、この名がついたのじゃなかったっけ。いただいたのは初めてでした。九州では高菜はからし高菜にするからなぁ。

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なかなかボリューミー。
このお店で何やかやくつろいでいたのですが、うむ、この状況みたことあるぞ~と思ったのでした。もちろんこちらには初めて寄せていただいたので、リアルではないのはまちがいありません。でも、美子ちゃん夫婦とさいこちゃんがいた図は確実に見たことがあるのです。この並びで。これって予知夢なのかな?厳島に行った後だったかと思う。
夢にしてもその時は熊野にいくなんて決めても居なかったし、このお店も知らなかったし。
このデジャブみたいなやつ、何か関係があるのかなぁ。よくわからない。

さて、次は熊野三山のひとつ、熊野速玉神社です。
神社では摂社や末社も大切なモチーフのひとつ。
摂社・末社は主となる本社・本宮が手に負えないところを手助けする役割だそう。
こちらでは、八咫烏(やたがらす)神社と手力男(たちからお)神社が並んでいました。
八咫烏は、神武天皇の道案内をした3本足のカラスのこと。
なのでこちらでは、道中・また人生を怪我なくさわりなく行けますようにとお詣り。
手力男さまとは、あの高千穂の天岩戸を開けた方だそうです。その戸は遠く長野の戸隠にまで飛んで行ったらしい(だから戸隠という名前になったとか)。だから力の強さがfeatureされがちだけど、実はそれよりもその扉がちょっと開いたタイミングで手を入れ、引き開けたというもののタイミングを持っている神様でもあります。
「自分の心に嘘をつかず心をひらけるか」と問われます。
私の中には大きなふたがあると思っていましたが、お詣りした瞬間、大きな石の扉である感触がありました。これを外すのは容易ではなく力からもいるけれど、ともかくはそこに手をかけるタイミングと飛ばすコツがいるようです。この石の扉は外してもまた生成されそうなので、ここは後で出てこられる大国主の尊様の打ち出の小づちで、ガンガン地ならしをしてできないようにする必要がありそうw
で、天岩戸のメタファーで行くなら、自力では開ききれないので、誰かにてつだってもらうということなのかな。

さてさて、やっと熊野速玉神社の本殿です。
こちらは、魂が細分化されるところ。結んでいたものがほぐれる場所。流れに乗るために、魂はもちろん現世の自分自身が、自分だと思っているものをバラバラにして行く作業が必要です。
人が死ぬと体がなくなるだけで、魂は残ります。これがよくいう火の玉の状態らしいのですが、そこには体が合った時代に対する未練や思念、雑念、執着が存在します。これがあるままでは成仏は出来ない。成仏して輪廻転生するためには、これらの雑念等を廃止、一旦固まっている魂をバラバラにして分解していく作業が必要なんだそう。要素分解と一緒なのかな。私を形作っているものは、固まってこそ私だけど、細分化されたって私の一部だと信じることができれば、バラバラにしても違和感がないのでしょう。そこにしがみつくことこそが執着。
本地仏である薬師如来さまのお力を借り、普遍的な森羅万象の悟りがここに参った私たちの魂から執着を脱がせ、細分化の手助けをしてくださるようです。

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こちらは12殿もあります。


第一殿は、祭神:熊野夫須美大神(いざなみ)さま、本地仏:千手観音さま
祈りは、「自分の力でできるように。自分のありたい姿、やりたいこと、思い、悩みを並べて自己紹介。しんどいならしんどいですでいい。」
第二殿は、祭神:熊野速玉大神(いざなぎ)さま、 本地仏薬師如来さま
祈りは、第一殿と同じ。
第三殿は、祭神:家津美御子大神(すさのお)さま、本地仏阿弥陀如来さま。
祈りは、「自分が強力に祓い清めたいこと」。私の場合はヘタレ、抱える、弱さ、緊張。
ここまでは陰の世界。


第四殿は、祭神:若宮 天照大神さま、 本地仏:十一面観音さま。
天照さまは日の当たるところを見る神様。表の顔を早い清め、仕事や人気についてのお願いを聞いてくださるそう。第三殿までが陰だったのにくらべ第四殿は陽。これらを両立することってしんどいけど、必要だと言われます。
ここは非常に納得できました。
そしてこれが私のテーマのひとつでもありました。
陰での自分がなかなか落ち着かないのに、表では表として仕事をしていかねばならない。そのギャップが一番堪えているのが私自身。でもそれはそれでいいんですね。しんどいですって神様に知ってもらえていれば。それがダメなことだと思い、頑張っているけれどもなかなかあるべき自分の姿にはなれない。それに対して大変呵責がありました。だから、それをそこで「しんどいです」って言えたことで、結構ほっとしたりして。
ちょっと感情がでちゃいました。胸が痛い。悲しい。
第四殿のもうひとつは、神倉さま。
こちらは後で登るので「あとでいきまーす」とご挨拶。

第五~八殿は一緒になっています。
第五殿祭神:禅児宮 天忍穂耳尊さま、本地仏地蔵菩薩さま
第六殿祭神: 聖宮 瓊々杵尊さま、本地仏龍樹菩薩さま
第七殿祭神: 児宮 彦火火出見尊さま、 本地仏如意輪観音さま
第八殿 祭神:子守宮 鵜葺草葺不合命さま、本地仏聖観音さま
こちらでは、神様が人になる、神が死ぬことを目の当たりにするということを認識する意味があるようです。神と人の間の方々がここにはいらっしゃるよう。
だから祈りとしては「私が生きている間、わからないものやことがあるでしょう。神様の生きざまを教えてください。」
神も輪廻転生する、神も死ぬ、だから連帯感を持って(信じて)生きていこうねと言われている気がしました。
最後、九~十二殿も一緒になっています。
第九殿 祭神:一万宮 国狭槌尊さま、本地仏文殊菩薩さま
       十万宮 豊斟渟尊さま、 本地仏普賢菩薩さま
第十殿祭神: 勧請宮 泥土煮尊さま、 本地仏釈迦如来さま
第十一殿祭神: 飛行宮 大戸道尊さま、 本地仏不動明王さま
第十二殿祭神: 米持宮 面足尊さま、 本地仏多聞天さま
水、土、流れ、気力、モノの形、表情などをあらわす神様で、
祈りは、「モノを成し遂げる執着、やり遂げる持続、地に足をつける本気力など、道筋と着いてくる道の両方を成就する力をお与えください」。
ここでは自分のやりたいことを人前で言える自分、自分では見えない、人から見た自分を見る力を持てるような自分になるようにと、祈ります。
お詣りはすればするほど、今自分がやっている書くPと同じだと納得します。
生きるために必要なことは自分の中にあって、でも自分じゃなかなか出せない部分もあるから、こうして神や仏に祈ることを通じて、自分の中にあるものを出し、自分の中にあるものと何かが呼応して出されることで気づいていく。そういうものかと。もちろんもっと神や仏には私たちが想像しない幅や奥行きがあるのでしょうから、その力をお借りしてもっと知らないことを知りに行きたいと思います。

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お隣には金毘羅様が。瓦に金の文字があります。
金毘羅様にお詣りするのは初めてです。

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「道中つつがなく、故障なきようお願いいたします。」

長くなったので、1日目だけどその③に。

その③はこちら↓

巡禮記 熊野三山ツアーにいってきた その③ロッククライミングな神倉神社 - ほほーんと暮らしたい(再)