ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

ヒーローズジャーニープロットで振り返る巡禮記 沖縄 1-5.第一関門突破

1-5.第一関門突破


そんなこんなやっていても、日は確実に過ぎていく。
前日は、講義でLSPをやった。
過去の講義では90分で収まらないので、昼休みを少し前倒しにしたりもしたが、今回は90分でシェアいくつかできるまでのチャレンジをしてみた。

やればできるものだ。というか、これまでの経験が活かされるシーンがいくどもあった。私の中では経験がしっかり身になっている。それを実感できただけでもありがたい。自己肯定感を少し増やしたところで、沖縄にGO!

朝、夫が空港まで送って行こうかと言ってくれる。ラッキー。

先日納車になったばかりの、うちの新車には、なぜか私の誕生日の№がついている。
なんだろうなぁ。夫もいろいろ気遣ってくれてるんだろうなぁ。

初めてのpeach。久しぶりの飛行機。
飛行機はそこまで心配でもなかった。天気もよかったし。
途中から雲に入りかなり揺れて、実はかなりビビってしまった。

けど、musicFMを聞くことを思い立った。
音楽を聴きながらだと、とても気持ちがいい。
ふわりと揺れてガクンと落ちるあの感じも、音楽を聴きながらだとアトラクションに思えるのが不思議。
しかもお気に入りしかいれてないから、いい感じのテンポで曲が進む。

行きは昼間だから、窓際の席を取っていたのだけど、
ほぼ雲しかみえない(><)
それでも沖縄に近づくと海が見えてきた。
あれ?海の色はそう変わらないなー。そう思いながら見ていると、沖縄の本島が見えてきて、いきなり海の色がエメラルドグリーンに!
それも何色もの!
これが見たかったんだよな、沖縄。
飛行機で来てよかったよ。↼船という選択肢は私にはないw

到着し、飛行機を降りるとものすごい強風に、荷物ごとふきとばされそうになる。
風は生暖かい。ああ、きたぞ、沖縄。ワクワクする。

第一ターミナルにバスで移動。
ご一緒するAさんからメッセが入ってる。「ついた?」
そうそう。飛行機が1時間遅れで出発したので、遅く着いたのだ。
といっても、集合時間には全く問題なく到着した。

はじめましてのご挨拶をして、私は沖縄そばのランチを食べにお店に入る。
小さなお肉の入っていない沖縄そばとランチョンミートの入ったおにぎりを。
とりあえず沖縄らしいご飯を食べてみた。f:id:miww55:20181222224514j:imagef:id:miww55:20181222224537j:image

今回のメンバーは、先達の須佐さん、育子さんに、AさんTくん親子、KEさん、KYさん、Aさんカップル、T夫妻、Oさんに私。
知っているのは先達のお二人とAさんカップルだけ。
車は、Aさんカップル、T夫妻、Oさんとご一緒になった。
なぜか「なかよし号」というネーミングになっていた。(もうひとつのは「カオス号」だった。カオスという名前を聞いた時、そっちかなと思ったら違った)

早速向かったのは、那覇市のナンミンと波之上宮。
ツアーの写真で一番目に留まったのがここの写真だった。
サンゴでできた岩の上にお宮があり、岩の下には砂浜。
f:id:miww55:20181222224801j:image
f:id:miww55:20181222224804j:image
ここは、巡禮記沖縄の最初の玄関口になる。
土人が沖縄(琉球)に入る時の礼儀として、

「侵略しませんよ。交易に来たんです」と宣言し、誓う必要がある。
こちらは、平清盛さまが、宗との貿易の中継点として琉球を使わせてくださいとお願いし、熊野権現琉球の神々が習合されている。
琉球は、その代り琉球も富ませてくださいねと交易が始まったのだという。

歴史的には平清盛さまのように、礼を尽くす人もいればだまして自分だけ益を得ようとした人もいる。
私たちは、荒らすものではなく、交易をと願っているのですよ。

この3日間よろしくお願いしますと、ご挨拶に来たのでした。

砂浜のところに降りてみました。
祈るところがあり、潮が引いている間は行けそうと大急ぎで靴を脱いでいきます。

f:id:miww55:20181222224718j:image
f:id:miww55:20181222224721j:image


f:id:miww55:20181222224713j:image
f:id:miww55:20181222224710j:image

祈念所で祈ります。この旅になぜ来たのか、どんな思いでいるのか。
その間に潮はどんどん満ちてきます。でも水は冷たくない。
そして透き通っている。
きゃーきゃーいいながら、海に入っていました。
寒波の中、来てよかった(笑)

足を拭いて、次は沖宮へ。

こちらは、琉球と大和の交易の後です。
平清盛さまが波之上宮を開いた後の時代、鎌倉時代に源氏が祀った熊野権現です。
こちらは、本土ではほぼ見ることのできない神仏が習合された形が残っています。
神と仏が一緒に存在している不思議な感じの場所ですが、とても気持ちがいい。

f:id:miww55:20181222224907j:image
f:id:miww55:20181222224859j:image
f:id:miww55:20181222224911j:imagef:id:miww55:20181222224928j:image
外は神社形式と森と水が一緒になったような不思議な形態です。
大和と琉球の共通の祈りの聖地だそう。f:id:miww55:20181222225007j:image
f:id:miww55:20181222225014j:image


f:id:miww55:20181222225003j:image
f:id:miww55:20181222225010j:image



こちらでも3日間お邪魔することのご挨拶をしました。

どうにか、沖縄1日目がスタートしています。
沖縄はいきなり始まるからって育子さんが言ってたけど、こういうことなのかなぁ。

さて、最後に首里城
もう薄暗くなってきています。
首里城は改築工事が進んでいますが、見学は自由にできます。

首里城の、園比屋武御嶽石門おまいりし、どんどん上に上がっていきます。f:id:miww55:20181222225112j:image
f:id:miww55:20181222225117j:image
f:id:miww55:20181222225101j:image
f:id:miww55:20181222225120j:image
f:id:miww55:20181222225105j:image
f:id:miww55:20181222225109j:image
途中に下に降りていく階段があって、ふと見ると水が龍の口から湧き出ていました。

龍樋というところらしい。
f:id:miww55:20181222225159j:image
f:id:miww55:20181222225155j:image
あれ?なんか変。ぞわぞわする。
みんな「あったかくてまあるい感じ」とか言ってるのに、一人で寒気がしてる。
なにこれ。

育子さんが気づいて来てくれる。
「今日は水辺に、何度かいったからね」
え~、私、全くそんなこと気にもしてなかったのに。
私の中で何かが反応してるってこと?

さて、首里城の城壁前の首里森御嶽前(すいむいうたき)まで来た時、須佐さんからじっと見られ、何かを言われました。
「お父さんが半分来ている」と言われたのかな。
その前に何か言葉があったかもしれないけど、
いきなりぶわっと来てしまいました。

f:id:miww55:20181222225305j:image
f:id:miww55:20181222225302j:image

私はよっぽどじゃないと泣かない人です。
ドラマ見ても泣かないし、ボヘミアンラプソディは3回見たけど泣いてない。
でも、この時は瞬時でした。

父のことは、熊野に行った時に、散々先達さんにはお世話になりました。

miww55.hatenablog.com
父は文覚様に連れられて、那智のお滝で修行しているはずですよね。
半分、、、来てるのか。やっぱり。
彼の性格からすれば、それもあり得る。

そういえば、父から首里城の話を聞いたことがあります。
おそらく本人自体は来たことがないはずで、でも何かしらこちらにはご縁が有るようなことを言っていました。霊的な感じで。母とのかかわりもここのようなことを言っていたような。。。
全くのうろ覚えだけど、そういうことをふと思い出したのでした。

私は父の子で、性質も受け継いでいる自覚があるので、
若干、家系的な、神様事?先祖供養?をするような流れを、自分の中に感じて生きてきました。元々感受性が高いので、何でも体で感じてしまうのです。
父が亡くなってからは、それまで以上を体に受けてきました。
でも、それをどうすることもできず、できるだけ私は感じないようにと努力してきたのです。それは自分が生きるための防衛でもあったんです。
ですが、その体感だけ残ったそれは、私を自己否定に強く持って行くものでした。
自分が感じることは確かだけれど、それが私の生活をよりよくすることはありませんでした。病気になる、ダウンすることが多く、やりたいことがあっても体が動かないことでたくさんあきらめることばかりで、それが嫌で。
だから、この感じる自分がほとほと嫌になった。
父が居た頃は、この感じることを伝えることで、父が動き、なんらか動いていたのです。それがいいことだったのかそうじゃなかったのかはわかりませんが、私はその役割だけでよかったので、受けても流れていたのでしょう。
父の死後、それを受け止め動いてくれる人がいなくなり、私は自分の身体で受け止めるしかありませんでした。
誰もこのことをわかってくれる人はいなかったし、どうすればいいかもわからなかったし、今もわかりません。途方に暮れている状態です。

先達さんからは、「お父さんの流れを受けて自分が居ることを受け止めて、それを生きると覚悟を」みたいなことを言われました。(ここら辺言葉的なものがしっかり覚えられていません。ニュアンスで受け取っています)

御嶽の扉に両手を付けて、この扉を介して父とそして神様と会話するような感じになりました。もう号泣です。ハンカチぐしゅぐしゅ。いつもの私はどこに行った?
何十年分もの涙をここで流してる感じ。

熊野の時よりは動揺していませんが、胸が苦しい。
父の気質を受け継いでいるので、私はそういう生き方をする運命であることは受け入れます。
それをしたくないとは思いませんし、やるようになっている気がします。
でも、一人では嫌。
一人でずっと孤軍奮闘してきたから、もうこんな思いはしたくない。
誰かパートナーになる人がほしい。
父と一緒にやっていけないのだろうか。
そんなことを散々いいました。

父が居なくなっての孤独感や辛さ、置いていかれた寂しさを、熊野同様に感じました。ここはなかなかなくならない感情。
だから、先ほど言った言葉につながるんでしょう。
私が「誰かと一緒に幸せになりたい」という願いが強いのは、
ここに起因している気がします。
一人で幸せになるよりも、誰かと分かち合いたいという気持ちが人一倍強い私。

しばらくして、「やってみたら」と言われた気がしました。
えええ~、何に対して??と聞いてみたけど、わからず。

ここで聞いた、祈女と政治をつかさどった男の関係の話は、
私の中でも父と私、私と関わりの在った男性の関係性を考えるにもものすごく響いてきます。
お互いの特徴をうまくいかし、パートナーシップを結べれば、うまくいく。
それが学びなのに、男性性で突っ走ってしまい滅びてしまった国、関係。
それらは私の中で怒りとなって表れています。
男性ばかりが悪いのではないでしょうが、
その話し合いの土壌にもあげてもらえなかった哀しみと怒りはやっぱり強いのかな。
それはどこに向ければよかったのだろう?
一つ問題を超えると、また疑問がわいてきます。

最初の問いについては、うけとめなきゃだろうなとうすうす思っていたことだったから、
それに対しては、泣きもしたし、すっきりした感はありました。
嘘ではない言葉を吐くきっかけをここでは作ってもらえました。

門もくぐったし、第一関門は突破したのかもしれません。

f:id:miww55:20181222225439j:image
f:id:miww55:20181222225428j:image
f:id:miww55:20181222225432j:image晩御飯は現地の居酒屋レストランみたいなところで

とりあえずいろんなものを味わいたいと思ったら、でかいのがどーんとやってきました。

せっかくなので、ちっこいオリオンビールも飲んでみた。飲める!ばんざーい。


f:id:miww55:20181222225435j:image1日目はこんな感じ。