ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。最近は私の体調(うつ病)や難病(ファブリ―病、大腿骨骨頭壊死)の夫との近況についてがほとんどです。

五感・感覚・直感を信じる 2019.2.8

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何をどうすればいいのかわからない状態だった私が、
もうこれしかないと思ってひたすらやっているのが、
「自分の五感・感覚をひたすら見て感じること」と「直感を信じて行動すること」。

頭の中から出てくる「そんなことしたってさ」とか
「それできるの?」なんていうネガティブな声を気にせずスルーして生きていくには、それを超越する何かが必要なのだ。


で、それは自分の外ではなく、自分の中から湧き出てくるものが一番わかりやすい。
だって、それはリアルだから。
自分の体感を持って知れることだから。


人間、体感したことしか信じることはできない。
あ、そうじゃない人もいるかもしれない。
もしかしたら私だけかもしれないけど、それならそれでもいい。持論だから。

ともかく、私は、私の体感をもって、
「ああ、これは私にとって正しい」と思う。

この正しい正しくないっていうのは、ジャッジではない。
自分の中で「在る」ということを認めたものが、
「正しい」という言葉になっていると言えばいいのかな。

それを1年間、ひたすらやってきてて、
最近やっと自信をもってそうだと思えるようになってきた。

見えるものの視界が明るくなってきた気がするのだ。
ネガティブな声も心なしか少なくなってきたし。
先日おなかが痛い日々があって、おなかを下したりもして、
それこそ「1年前に逆戻りなのか?」という時もあったけれど、
そこまで悲観的にならずに済んだ。

それまでの私なら、「なんで?」と、原因となるものを探すことに精を出し、
それをなくす方法をまた探すことに精を出して、
その過程でまた消耗してということを繰り返していたと思う。

でも、それをやることが無駄なことを私は学習した。
そして、それよりも自分を愛でることや体の声を聞きながら、必要以上に感情的にならず、できるだけ淡々とからだにいいことをやっていた。
お腹を下している時には、無理に食べずに、流動食的なものを少し食べるくらいにしておくとか。
意識的に腹式呼吸するとか。

時間はかかったが治った。
この成功体験も、私には大きいものとなった。
自分で自分の調子を整えることができるという自信になった。

普通に、これらができている人にとっては、何言ってんの?って話かもしれない。
でも、私にとっては、着実で大きな進歩なのだ。

1年前に、いろんなところで書かれている「自分を大切にすること」「自分の感覚に耳を傾けること」「自分の五感・感覚をひたすら見て感じること」は、文章を読んだ時には理解はできるが、体感的に何をどうすればいいのかのイメージはつかめていなかった。だから愚直にやった。

窓を開けて風を感じること、日の光を感じること、土を触ること、裸足で土や草の上に立ちアーシングすることなんかをずっと続けていくと、そのうち見えてくるものが増えて行った。草花はもともと好きだったが、もっとよくみるようになった。
そのうちみえてくるものは自然だけではなくなり、ちょっとした情報までみえてくるようになった。
「ふと」気づくことが多くなった。
そして、それらの情報にしたがって、行動していくとものごとがすんなりいったり、おもいがけなく楽しい気分になったりした。

今日も、母のところに行き、帰りのバスはほぼ待たずに来てくれた。
1時間に3本ほどしかないバスで、途中薬局で買い物もしたので、
時間は全く自分でみていないけど、もう「いいタイミングでバスが来る」と信じ切っている私が居る。
そして、それは今日もそうだった。
その日は歩こうと思っている日はこないしね。
面白い。

これはいい。これは楽しい。
楽しいことをするって、こういうことなんだって、やっとわかってきた。

やりすぎることは、いっぱいあるけど、
面白がって生きれるって、とても愉快だと思う。

今日は、先日みた5回目のボヘミアンラプソディの感想を書こうかと思ったのだけど、
書きだしたらこういうのになってしまった。
おそらく、ミユさんの今日の記事に触発された気がしてる。

note.mu
こういう記事が目に入るというのも、
私の潜在意識がぐっといろんな情報をつかみに行ってるからだろうと思う。

さて、ご飯作ろう。

今日は、巻かないロールキャベツの予定。

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