ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

あの日から、34年経ちました。

・父の命日でした。34年経ちました。
丁度あの日と曜日が同じ。
34年前も土曜日でした。

今日、母のところに行って、その話をしてきました。
昨日、ある記事を夢中になって読みました。

gendai.ismedia.jp
いきなり逝ってしまったことと、朝逝ってしまったことは同じだったので、
つい、父に寄せて考えてしまいました。

私は当時、佐世保の大学に通うため祖父母の家に居候していたので、
父の死に目には会っていません。
父が重病だということも聞いたことがなかったので、
なくなったという知らせは青天の霹靂でした。

今日母に、父の前日の様子についてきいてみました。
もしかしたら、聞いたことがあるのかもしれませんが、
私の記憶にはなかったので。

父は前日、通っていた父の友人のクリニックにいっていたそうです。
そこで、心臓が怪しいので大きな病院に見てもらった方がいいと言われたよう。
母も呼び出され、一緒にその話を聞いたのが、金曜日の夕方。
翌日土曜は病院も検査できないかもしれないから、
月曜日に行こうかという話になっていたそう。
でも、土曜日の朝に発作になってしまったのでした。

心臓が悪いと最初に入院したのが私が中1だったから、6年。
なくなる手前まで診断がつかなかったんです。
なくなってから、心臓弁膜症だったと聞かされました。
心臓の膜が一枚破れちゃったんだと。

今日の母からの話を聞いて、もしも早期に大きな病院で手術をしていたら?
なんて、今更考えてしまいました。
あれが寿命だったのだと、すっきりしていたのになぁ。

母は母で、久しぶりに父の夢を見たのだとか。
それこそ34年も経ったのに、相変わらず夢の中の父はこどもっぽく、
お金をぱっぱと使ってしまう感じだったようで、
母は文句を言っていましたw こんなに時間も経ったのだから、いい夢みせてくれればいいのに、こんなのばっかりと( ´艸`)
夢の中で母は当時に戻り、私は高校生だったのだとか。
その頃から、父がアップデートされていないのだから、そうなるのは仕方ないよね。

亡くなった人は時間という概念がないのだとか。
苦しんでいないよね?
もう34年も経ったよ。
どうぞお楽に成仏してください。
もしくは、修行頑張ってください。

息子に、父の命日であることと母の夢を話しました。
母の夢がかなりリアルだったので、息子は大笑い。
息子は父に接していないので彼の人となりはわかってなかったのですが、
今日の母の夢は、父を語るにはわかりやすいエピソードだったので、
「そんな人だったんだ」というイメージになったみたい。あまりいいイメージじゃないんですが。
こうして、父の生きた記憶が孫に受け継がれます。
父がいたから彼も生まれたわけだしね。
そういうご縁があって自分が生まれてきた不思議を考えてくれるといいなぁと思っています。

今日は、甘栗のおこわを炊きました。
父はこういうご飯が好きでしたから、(私も好き^^)
お仏壇に、シュークリームとお酒とともにあげました。
甘いのもお酒も好きだったしね。

秋は、やっぱり寂しい季節です。

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