ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。最近は難病(ファブリ―病、大腿骨骨頭壊死)の夫との近況についてがほとんどです。

嫌われる勇気 2021.5.24

朝から雨。アレルギーの私は雨だと目がかゆくてたまらない。
抗アレルギーの目薬挿して、アレルギーのお薬口にほおりこんで、
雨の中をお散歩にGO!
ちょっと冷たい雨の日なので、パーカー着た上にレインコート、雨の日用のパンツ、
野鳥の会長靴でフル装備。

今日はデカいイヌビワの木を発見。
サクランボみたいにわさわさ実がなってるイヌビワを始めて見た。いつも見るのは比較的低木なので。
マンション敷地内の公園のところにあり、そろそろ実が落ちる頃。
うちのマンションは、先日伐ってほしい木があれば連絡するようにとお達しが出ていたけど、ここまで大きくそびえてるってことは、近隣住民からは苦情がなかったということね。あまり人が通らない場所だからというのもあるのでしょうか。
個人的には悪くない。

===
一ケ月ほど前のことになる。
大学に入りたての息子からメッセが入った。
「この本読んだことある?」

f:id:miww55:20210524133526j:plain

表紙に見覚えはあるが、読んだかというと頭に残っていないので読んでいない気がする。
心理学に関心のある息子は、今度これを読んでみようと思っているという。
以前にベストセラーになった本だ。アドラー心理学の「嫌われる勇気」。

私は当時はこのタイトルがあまり自分に響かず、読まなかった気がする。
でも、妙に生々しく表紙イメージが自分の中にある。
なんでだろうと思っていたら、私の背中の方にある本棚にちゃっかりあった。

f:id:miww55:20210524133555j:plain

そうだ思い出した。
1年前の自粛騒動の時に流行ったBOOKBATON.
その人がどんな本を読んでいるかって結構気になるもので、
大学の後輩とメッセでやり取りしていた時に聞いたのがこの本だった。
正しくは、もう一冊精神世界の本があって、「その本を読んだときはあまり意味がわからなかったことがこの「嫌われる勇気」を読んだら理解できた」と彼は言っていた。
なので2冊セットを買ってみておいたのだ。
まずもう一冊目を読みかけていたが、まだ途中までしか読めていない💦ということで、二冊目のこちらも読めていなかった。

「いい機会だから読んでみるか」と頁を繰り始めた。
青年と哲人の会話で話は進む。読みやすい。

感想としては、この本を当時読んでいたら反発していたかもしれないと思う。
書きよう(哲人の言い方)もあるのだろうが、「なんでそう言い切るの?決めつけるの?そうじゃないこともあるんじゃないの?」と当時の私なら思っていたかもしれない。
でもここに書いてあることは、お医者さんが書いた生きづらさについての本や、1,000人ほどの内的世界をひも解いてメンタルモデルを類型し、「これはテクノロジだ」と言う方の本やらを読んで納得してきた今の私には、「なるほど」と思える。

一番のポイントは「目的論」。
フロイトまでの心理学は原因が結果を作る、「原因論」。
でもそれでは解決できない問題もいっぱいある。
そこでアドラー心理学では、「今の目的が今の状況を作っている」と考える。
ここで言う「今の目的」というのは顕在的な目的とは限らない。どっちかというと心の奥底にあるあまり見えていない思いから発生している目的のことだ。
この本では友人の例として、青年の引きこもっている友人のことがかかれている。

青年の友人は、もう何年も自室に引きこもっている。彼は外に出たいと願っているし、できるなら仕事を持ちたいとも思っている。今の自分を変えたいと思っている。
が、彼は部屋の外に出るのが恐ろしい。一歩でも外に出ると動悸が始まり手足が震える。変わりたくても変われない。
青年曰く、詳しくはわからないが、過去に原因があってその結果出られなくなったのだろうという。

私たちの身近にもそういう例はよく聞くことがあるが、その理由を「なにかあったのだろうな」と思うのは至極当たり前だろう。

アドラー心理学では、そこをスパッと切る。
哲人は言う「ご友人は「不安だから出られない」のではありません。順番は逆で「外に出たくないから、不安という感情を作り出している」と考えるのです」と。

アドラー心理学では、トラウマを明確に否定する。

「いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。我々は自分の経験によるショック(トラウマ)に苦しむのではなく、経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである」

過去の経験により、全員が同じトラウマを持つとは限らない。
過去の経験にどんな意味付けをするかによって自らの生を決定しているということだ。

 
ただこれは自分の無意識化で行われていることが多く、
気づくのは相当意識しないと難しい点でもある。

書の中に出てくる哲人は、
「仮にご友人が「自分は両親に虐待を受けたから社会に適合できないのだ」と考えているのだとすれば、それは彼の中にそう考えたい「目的」があるのです。」という。

「直近のものとしては「外に出ない」という目的があるでしょう。外に出ないために不安や恐怖を作り出している」
「外に出ることなく、引きこもっていれば、親が心配する。親の注目を一身に集めることが出来る。まるではれ物に触るように、丁重に扱ってくれる。他方、家から一歩でも外に出てしまうと、誰からも注目されない「その他大勢」になってしまいます。見知らぬ人々に囲まれ、凡庸な私、あるいは他社より見劣りした私になってしまう。そして誰も私を大切に扱ってくれなくなる・・・」

 感情の問題は、人間が最も扱いにくいものだという認識が誰にも多くあると思うので、ここを理解するのは難しい。
この後、哲人は「感情(怒り)は出し入れ可能な道具」という言葉を使って、我々は感情に支配されない」さらには「過去にも支配されない」と説いていく。


息子の反応はというと、当時の私以上に
「理にかなってるところはもちろんあるんだけど決めつけ過ぎかなって思う」
「僕は別にあの人の考えが嫌いな訳じゃないんよ。
でもあの人はあまりにも極端すぎる。考え方なんて沢山あっていいのになんでアドラーの目的論しか信じようとしないんだろうって、
少し宗教じみたものを感じちゃって嫌だった」
という感想。
「まあ、いろんなものを読んでみたら」と言っておいた。

理解できないことを理解しろというのは難しいことだ。
そのタイミングがきたら理解するのだろう。


心理学の先生にどう思うか聞いてみたらとも言ってみた←私が聞いてみたいだけなのだけど。