ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

しまい方 2020.10.4

昨日の投稿で、10月は生きる死ぬを考える月だと書いたけれど、
あの投稿をした直後に、
仕事関係の方の訃報に接した。

昨日は近隣で2件事件があった。
夫と息子が午前中に、別々に、ある通りにパトカーがいっぱい並んでいるところをみたらしく、
二人が昼に帰宅して、あれは何だったんだろうと言いあっているのを聞いていた。

そして、私自身も午後出かけている途中で、
消防車やパトカーがいっぱい出動しているところに出くわした。
校区内だったので、何事かと検索したりした。
その中で、
朝の夫と息子が見たというものだろう、事件のことも乗っていたので「ああ、これか」と確認した。ぱっと見交通事故だろうとは思ったが、詳しくはみなかった。

そして今日、その交通事故で、自動車にはねられた自転車に乗っていたのが、
仕事先のYさんだと知る。搬送先の病院で死亡が確認されたそう。

通勤途中に事故にあったらしく、15m飛ばされたと書いてある記事もあった。
フロントガラスがバキバキに割れた車とぐちゃっとなった自転車の写真が切ない。


新聞には、運転手さんの名前はさん付けで記載されていたが、
Yさんの名前は書かれていなかった。
横断歩道を渡っていたそうだけど、信号無視しちゃったのだろうか。
もしそうだとしても、車の過失だよね。15mもなんて。
かなりスピードが出ていたのではないかと思ってしまう。
痛かったよね。
やすらかに、、どうかやすらかに。

偶然と奇跡の重なりで毎日がある。
そこには、こんなどうしても不幸だと思えることもある。
それが、身近で起こってしまうと、こころは平常ではいられない。

そんな話を家族でして、

すると夫が「今日、階段で死にかけた」という。
なにごと??

階段を上り損ねて、後ろに落ちかけたらしい。
はっと手すりに手をかけて、くるっと回転したくらいで収まったようだ。
その落ち方は、頭をもろに打つパターンで、非常に危険だ。
脚が弱っているから、いつかはと思っていたけど、結構早く来たか。
息子も私も、彼の階段の危なっかしい状態には何度か遭遇していて、ひやひやしてはいたのだ。

「もうそろそろ、住み替えを考えなくちゃってことね」と言うと、
「階段くらい上がって運動しないと、足が衰える」
なんていう。
「それは本末転倒じゃない?頭打って運ばれるくらいなら、引っ越した方がいい」と私が言うのに、へらへら笑っている。

とはいえ、そう簡単に引っ越しができるわけでもないので、
来春位を目指して、まずは物を捨てる、かな。

「しまい方」って、結構大事なのかもしれない。
今まで割と強制終了ばかりを経験してきたので、
自分の意志で、かたづけるということをしたことがないかも。