ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。最近は難病(ファブリ―病、大腿骨骨頭壊死)の夫との近況についてがほとんどです。

宮島の旅回顧~旅に出る前 2019.8.25

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やっと、体と心の疲れが癒えてきました。
今日は、ぐっと冷え込んで、寒さを感じるほど。8月なのに。
季節の在り方がほんとに変わってきましたね。
当たり前なんて、ほんとに存在しないんじゃないかと思います。

さて、もう約1ヶ月近く前になりますが、
宮島~広島旅行記を書こうと思います。
憶えてるかなぁ。
写真を見ながら、思い出してみます。

===
宮島に行くことが決まったのは、ひょんなことから。
義母が「旅行に行きたい」といい、息子に「海と山はどっちがいい?」と聞いたら、息子が「山」と言った。義母の頭に浮かんだのは宮島の弥山(みせん)。お友だちと一緒に行ったことがあったらしい。
義母の頭の中には、山形の娘のことがあり、福岡と山形の間なら来やすいかも、と。

宮島なら、私は大賛成。
夫も厳島神社には行きたかったらしく、とんとんと話は進み、しかも夫の誕生日祝いも兼ねて夫本人があれこれ企画を立ててくれたので、お任せモード。
いつのまにか、娘の彼も一緒にという話になり、6人旅が決まり。
娘も彼も日程調整がうまくいき、(実は思う以上に広島―山形は遠かったのですが)みんなで宮島を目指す旅に。

さて、私は、それまでがいろいろと忙しく、
ゆっくりと祈りの旅の準備をすることができていなかった。

宿の手配ができたのが5月中だったのに、
なんだか、自分が何を厳島さんに祈るのかがはっきり決まらず、
また今回行こうとする弥山についても、あまり調べる気が起こらず、
結構出たとこ勝負な感じでいた。

自分一人で行く旅ではないので、私がガチっと決めすぎてもと思っていたところもあり、いや。
この大所帯との移動の中で、私はどう自分の祈りの時間を作れるのかが、わからなかったから、というのが大きかった、気がする。

で、さすがに焦ってきた10日くらい前w
宮島に行く前には、氏神様にもお地蔵様にもちゃんと言ってきますを言いたいのに、
「〇〇という祈りを持って、行ってきます」の〇〇が言葉になりにくい。
しかも、ちょっと体調的にがくんときたりしてて、氏神様の夏祭日は、夫も私も不調で寝込む始末。
夫の不調はずっと続き、行けるのか?と毎日思いつつ、背中をさする。

やっとの思いで時間を作り、ノートにあれこれ書き、言葉としてまとめ、
氏神様、お地蔵様にお話に行き、何度か口にしてどうにか形にした。

まず仕事。
私は教育を仕事としている。
「こどもたちや自己肯定感を子どもの頃に育めなかった人たちに対し、
自分の中には豊かさが備わっていることに気づき、
自分は自分でいいんだ、という安心感を持てる、
自己肯定感を高められるプログラムをつくっていきたい」

これはずっと思っていて、何度も祈ってきたことだ。
それから、最近切実に思うこととして、

「お互いを尊重し合える人と仕事をしたい。」
「自分が思っていることをビジネスにつなげることができる人と出会いたい。」

こんな思いも持っていて、お参りの時には何度か口に出していた。
実際、それがあるから今の私はこういう仕事ができているわけだけど、
また違う視点で、自分の能力を活かすことがしてみたくなっている。

厳島神社は、平清盛さまが作り、ご祭神は宗像三女神
この三女神のうちの市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)さまは、
神仏習合がされていた時代(明治以前)には、仏教の弁財天さまと習合されていた。
なので、お隣の大願寺にいらっしゃる弁財天さまとも、一体化してみることができるという。神としてみるか仏としてみるかだと思う。

数年前から、市杵島姫命様にはよくお参りさせていただいている。
といっても、私の住む場所の近くにはいらっしゃらないので、
今までは一番近いところで太宰府天満宮の中にある浮島のところにいらっしゃる方におまいりしていた。
最近では6月の頭に宗像大社に行き、ご挨拶をした。

私が行きて仕事をしていく中で、女性としてどう生きるかは大きなテーマだ。
特に仕事をする時には、仕事上で認められるには男並みがまだまだ強いられがちだが、女性でありながら、女性らしく(これは甘くという意味ではなく)女性という特徴を生かして仕事をしたいという思いが、私には強くある。

まあつまりは、自然体で仕事がしたいわけだ。究極のところ、男も女も関係ないところまで行くのがベスト。
それでも私たちは、男か女かという性別を持って生まれ生きているのだから、
その性も特徴として活かしたいし、+個別の特徴を持って、その人の特徴と言えると思っていて、それらを活かしながら生き、仕事をしていきたいのだ。


なので、「女性として」という思いをいちきしま姫様・弁天様をはじめとする三女神の皆様には聞いていただきたいという思いがあった。

そして、何度か氏神様お地蔵様に参るうちに、自分の中にある怒りにも気が付いていた。

春に出会ったいとうさんから教えてもらったTMS理論。

痛みは構造異常ではなく、TMSのせいでおこる。
TMSは抑圧された感情が引き起こす無害な状態である。
主犯たる感情は抑圧された怒りである。(痛みの直接原因は軽い酸素欠乏である)

自分を管理するのは、無意識ではなく、自分自身である。
常に身体ではなく心に着目して考えねばならない。

 



このことがわかったので、身体の痛みとの向き合い方が随分と変わった。

自分の体の痛みは、自分が作っているのだということが理解でき、
自分の体に振り回されずに、自分が手綱を引くんだという意志が大切だということがやっと納得できたところだった。
この納得は、私には大きくて、やっとここまできた、
やっと自分の思考をここまでもってこれたということで、
自己肯定も少しずつできている。

と同時に自分の中にある怒りに気づき始めた。
わたしの中の怒りは、自分が頑張っていることがなかなか実を結ばないこと。

一緒にやってきた人との関係が変わってきたこともあり、
やりたいことのラインは可能性を期待してもっておき、
新しい機軸を作りたいと思っているところだった。
自分の中にはイメージはあるけれど、全く未知の世界だから、
自分一人ではできそうにもない。
何を手掛かりにすればいいのかもわからない状態だが、キーワードだけ存在している。


このことを言語化しはじめたのが、一週間前くらいだったろうか。

不調がおちつき、ポンっと時間があいた。
ふと、ある人のことを思い出した。
彼とは数か月前に会い、話が途中になっていた。
そうか、彼に私の話を聞いてもらえばいいんだと思い、
メッセージを送ってみた。
そういえば数か月前も話をしてみようかなと思っていたんだけど、
あまりにも忙しそうで、私が遠慮してしまっていたのだった。

それが宮島に行く1日前のことだった。


私が思う新しい機軸の一つのキーワードが「自然」だ。
自然というとあまりにも大きすぎるのだけど。

私が病中に、助けられたのが自然だった。
ベランダで土を触ること、公園で見る花や草や樹。
肌を触っていく風やお日様の光、裸足で感じる土や濡れた草の感覚。
虫や蝶や、水辺の鳥、魚の動き。
池の波紋。

自分の五感を取り戻せるのが、自然のある場だと感じた。

これは、自分の人生から切り離しちゃいけないものだと思った。

街にはなかなか自然がない。
あっても、疲れた人間が、自分自身を自然の中で感じることができるようなところは
少ないと思っていた。

私はペーパードライバーだから、徒歩か公共交通機関で行ける範囲でしか動けない。
動けないと限定してしまうのは良くないのかもしれないけれど、
客観的にみても街にいる限りは、自然があるところまで行くには、
車がないとすぐすぐ触れることはできにくい。

なので、私の中ではキーワードは自然と出ているのに、
自分はそれをどう料理すればいいのか、みえてこなかった。

今回思い出した人は、もう3年ほど同じ法人の役員を一緒にしていて、
「ああ、灯台下暗しだな」と思った人だ。
実は事務所もうちに近いが、行ったことがなかった。

とりあえず思いのたけをメッセージで送り、
宮島の旅から帰ってきたらあう話になった。

自分がこんな行動をとるとは思いもしなかったけれど、
宮島に行くことが決まり、自分なりの整理ができ、
準備ができつつあったのだろう。

自分の中から、外から、ひらめきは突然に降りてくる。
ひらめきに気づくこと。
そしてそれをちゃんとつかめるようになってきた。

病気をして以来、特に、私は私の感覚に気づくこと、
研ぎ澄ますことを必死でやってきた。
最初は全くといっていいほど、自分の感覚が自分で感じられなかった。
痛いことは感じる。でも心地いいを取り戻すのにはかなり時間がかかった。
それが随分と戻ってきたのだろう。
と同時に「ふと」や「ぴん」が自分の中に戻ってきた感がある。
そして、それを即行動に起こせるようにもなった。

ある種、自分の感覚に自信が持てていて、
それに沿って行けば間違いないと自分の感覚に全幅の信頼を置けているからだろうか。

思いを願い、そして思いついた行動をし、
さて、いざ宮島。

いつものことだが、始まるまでが長い。

でも、そんなストーリーなのだから仕方ない。
冒険への誘いは、いくつも伏線があるものだ。


伏線かどうかはまだわかっていないものも多いんだけど。