ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

アウトプット 2019.4.2

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このところはそこそこ早い時間に起きれていて、
朝寝も昼寝もしなくていいくらいの体調だったのに、
今日は、朝は起きたけど日中眠くて、身体もだるい。
何かしたかなぁと思い返したら、昨日は歯科矯正の調整日だったのでした。

寝ても起きても体に力が入ってるんだろうと思う。
酸素不足な気もする。
こうなることがわかるようになってきたので、
この時期はもうあきらめて、お薬飲んでしっかり寝よう。そうしよう。

今日、整骨院でからだをみてもらったら、
先生から、いつもよりもお腹が固いと言われた。
「下半身がむくんだ感じがするんです」と伝えると
腰も首もそこまでひどくはずれていないのに、
お腹が固いのは、腸が悪いから。
腸が悪いから下半身のめぐりがお腹でとまって上に行かずに、浮腫みが出る、そうだ。

こんな話から「アウトプットは大事」って話になった。

私が、「下半身がむくんだ感じがするんです」という情報を先生に伝える。
それは私と先生の間で私の身体の問題解決に役に立つ。というのは当たり前の話。
でも、実はそのアウトプットは、他の人にも役立つことがあると先生は言われる。
先生は他の方もたくさん診られているので、私のアウトプットから、「そういえば別の方がむくみでおなかが固かった」というのを思い出される。
「この時期はおなかが固い方が多いな」という情報もあわさって、私の身体を診てくれる。
自分がアウトプットをすることで、自分にはもとより他の人の役にも立ち、ひいては自分に返っても来る、ということ。

私も講義で学生に度々いうことだ。
なかなか伝わらない感あるけど。

そんな話を、今日はしていた。


アウトプットの利点はほかにもいくつかある。
今一番必要だなと思うのは、「余白づくりのため」。
例えば自分の脳。
いろいろ考えてまとまらない、いろんなインプットもしてるといっぱいいっぱいなんてことがある。
そういう時は、もう余白がない状態だ。
余白がないと、中にあるものを整理する隙間がなくて、「在る」状態から「使える」状態に変化させることができなくなってしまう。
頑張って考えているのに、エネルギーつかっているのに、考えが浮かばないなんていうのは、こういう状態になっているのかも。


身体にとっても、こういうのはとても非効率だ。
ここまでくると休むというのがいいのだけど、
日頃からできるだけ定期的にアウトプットすることをやると、
頭の中を整理できるし、整理できたものは外に出しやすく、一旦そうやって納得するとそのことは頭からなくせるので、頭に空きスペースが生まれて、快適な状態になる。


外に出したものはできれば言葉(文字)として残しておけば、必要な時に取り出せる。
レゴブロックで作品として作り、意味づけをするというアウトプットをしておいてもいい。
写真で残しておけば、後から見た時にまた思い出せる。しばらくたって見てみればまた違う意味あいでみれるかもしれない。


まあ、こう書くとアウトプットってとても簡単に思えるが、
実はそう簡単でもない。
心配事や不安、恐れで頭がいっぱいになる時は、
少し考えただけでも余白がなくなる場合もある。
そういう場合のアウトプットって難しい。
感情のアウトプットは、泣くとか叫ぶとかいう原始的な人間の感情をそのまま出すアウトプットのやり方がひとつ。
もうひとつはリラックスして感情を流すやり方。五感にひびくものを取り入れた癒しや、ここちよい快を身体のセンサーで感じ満足感や安心感を体感的に持つ方法。

そういうことを、試し試し、自分の状況や対応の仕方を学び直しているのが私の現状だ。

自分の内的な取説が書けるくらいまで、ちょこちょこしたアウトプットを重ねていけるといいかな。
アウトプットって結局のところ、自分の中のなんらかに言葉を与えることなのかなと思う。

アウトプットについて書いたつもりだったけど、なんかちょっとダブルミーニングになってしまったかな?

まあここでは、論理性とかをあまり考えずに書いているから、仕方ない。
そこまで考えると出したいこと出すべきことも出せなくなることもあるので、とにかく駄々洩れ的にでもよいので書き連ねることを優先。


余白ないのでw、今日はこの辺で。

今日は寒かった。
陽の光に騙されたよねってみんなで言ってたけど、その通りで、風が冷たくて。
からだも敏感に感じちゃうよね。こんな気候だと。
あったかくしてほぐれたい。

明日は今日よりもっといい日。
おやすみなさい。