・新学期だ。
・桜が綺麗。
二号公園の桜が満開。入学式までは持たないだろうが、息子と今日その下を歩きながら、この桜の見事さについて共有できたので、良しとする。
・寒気と闘った昼間。
昼過ぎに腹式呼吸をしながら昼寝してみるもいまいちだったので、降伏してお薬を飲み、カイロを仙骨に貼る。
こんなに気温が上がっているのに、
「体が弱い私はだめだ」についなりそうになるが、「あっためよう」と思い直す。
実際体は冷たくはないのだけど、冷えをものすごく感じてしまう。更年期かなぁ。汗もかいたりする。
症状と心の問題は、関係していたりしていなかったりがよくわからないけど、
今日はモヤモヤ事態があることは自分にわかっていたので、
とも子先生のメルマガ返信を利用させてもらって、自分の中にある「5歳児的望み」と「不安」をかきだしたら、少しすっきりした。
言語化は大切だとしみじみ。
不安というのは、理由や原因がわからない、あるいは
それによって将来の不確定要素が増すから
不安になる、のだと思います。理由や原因がわかっていたら
それに対して「自分なりの対策」を練り
「自分ができること」をやり
あとは天に任せるしかありません。
って、ほんとその通りだと思う。とも子先生は言語化が素晴らしく上手。
難に対して自分が不安に思っているかは、言語化した方がよい。
そこをみないようにしていることと、見る時にかっこつけてるのかもしれないなぁ。
優等生的な考えをしているのかもしれない。
そうできたらスマートでいいもんなぁということを書いているなぁと、
後で読み返して思う時がある。
でも実は5歳児的観点からみると、「でもそれって」と自分の欲望的なものとは合致していない可能性があるなぁと、なんとなく思う。
もう少し自分観察を、肝据えてやるしかないか。
結局のところ、ダメな自分を見たくないんだな、私は。
プライドを捨てきれてない。ぶざまな自分を見るのが怖いんだ。きっと。
なんだか、今やっと、そういう自分をみるしかないやと思える自分が居る。
・過敏な私は、症状とともに大いなる孤独感も感じる。
他人には大げさかとおもわれるかもしれないが、よく生きているな的なところもあります。
気力体力が症状の対処に回るので、余力がなくてはーはー言ってる感じ。
散歩なんていききらん、、、というありさまになる。
今の自分の状況は書くとこういう感じ。
症状に振り回されている状態だとこう。
これじゃ、疲れ切ってしまうのは当たり前だよなぁと、書いて改めて自覚した。
これじゃいかん。こんなのは嫌だ。私は私を救わなきゃと思う。
・今日は息子の保育園同窓会。楽しかった~♪
卒園から9年。みんな大きくなりました。親たちもそれだけ年を取り。
集まった全員は全部違う学校に行く。不思議な感じがする。
娘の時にはそう感じなかったのに。
娘の同級生親コミュニティと息子の同級生コミュニティのカラーが違うからなのかもしれないが、そもそもおそらく私のコミットの仕方が違った気はする。
私は今の状態になって、やっとこのコミュニティにぶっちゃげられるようになったのかも。今日はやたらと楽しかった。嬉しかった。
このところ、あんまり飲み会が好きではなかったのだけど、
今日は時間が過ぎるのが早く感じた。
いっぱいしゃべって、いっぱい食べれた。まあ食べるのは控えめだったけど、程よい量でよかった。
ホットウーロン茶で、飲み会全然いけるようになったw
話題は、子どもたちの進路の話から、老いの話までバリエーションは様々だったけど、気楽な会話はいいね。
こんなに気楽で楽しくていいんだと思えると、人生も捨てたもんじゃないと思える。
症状に振り回される日々の疲弊した私には、今日の夜のひと時はキラキラ輝くひと時だった。こんな時間を作るのは自分なんだよね。
・今日は最終年を受け持ってくださったK先生も途中で尋ねてきてくれて、懐かしかった。
こどもたちにお手紙と本、お菓子をそれぞれにわたしてくれて。
本当にありがたいなぁ。
そして先生が変わらないことに驚愕した。
お子さんもうしっかり大きいのに。改めてあの園でよかったなぁと感謝する。
・帰りはSくん親子と一緒にしゃべりながら帰った。
S君とは同じクラスになってもそんなに遊ぶ方でもなかったのに、今日ぐっと近くなったようで、それもまた面白いなと思いながら見てた。
幼馴染っていいね。親もそこに関われるから、この存在は本当にありがたい。
今日は興奮状態が続いてるが、そろそろ寝よう。
気づきの多い一日でした。
楽しい時間を過ごせたことに感謝したい。
明日は今日よりももっといい日。
おやすみなさい。