ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。最近は私の体調(うつ病)や難病(ファブリ―病、大腿骨骨頭壊死)の夫との近況についてがほとんどです。

孤独感はこうやって消えて行った

私が不眠を自覚し始めたのは、12、3年前だろうか。
転職したNPOでいろんなことを任せてもらい、私もやる気満々でいたころ、
母を福岡に呼び寄せたり、夫の病気・手術があって、、、
あら、今と同じメンツのことに向き合ってるわけね。書き出すとこういうこともわかってくるので、やっぱり書くということは大事だなぁ。。私の思考の流れをさらしているだけの今文章ですが、まあそういうことが12.3年前にあって、その頃から「眠れない」というより「深夜までPCの前に居て目がさえている」という状態が出てきていました。
当時娘が8.9歳、息子4.5歳。まだまだ手がかかるし、母にも気を使い、夫は入院しているためこどものことも全部自分で背負っていて。
夜は夜で家事して寝かしつけてからのゆっくりした時間が取れるのが10時以降で、PC前に座れば仕事しちゃう。「仕事としてのやることが多い」というのが一番ではあったのですが、そもそも仕事は嫌いじゃなく、私のやりたいの一部であったので、余計にやってしまう。酒を飲みながらwたまに友だちとチャットをしながら。
気づけば2時3時で、眠気が来たところで布団に入る。翌朝は7時に起きて、だとまあ不調にもなるよね、と今だから思うけど、睡眠時間を削るしか私の生活を回すことができなかった当時。
頼れるかなと思っていた母にも、気を遣ってしまったのが問題だったかなぁ。

身体の不調は割とすぐにきて、持たせることができなくなった。
知り合いのご紹介で講演を聞いた先生のところに直談判し、診ていただくようになって11年くらいか。導入剤でどうにか眠りに入ることはできるようになった。
月1で受診できるので、自分の体調を診てもらえる安心感は持てた。だが、生活を見直すことはなかなかできなかった。
前述のように、私を取り巻く外部環境は、私を自由にしなかったし、私自身もそれらをどうすることもできず、結局私は私の身体を犠牲に日々の生活をこなしていくしかないという選択をしていた。

なので、いい時はいいが悪い時はどうしようもない。
気力で行けるなら行くが、気力ではどうしようもないくらい身体が悪化していった。
1年ほどで気力も使い果たした私は、仕事をやめる決断をした。
母は当時その事務所の一室を借りて住んでいたが、転居をしてもらった。
それが終わった後、私は口から喉に大量のヘルペスができ、しゃべることも水を飲むこともできない状態に陥った。入院したが、3日で収まるという薬が効かない。結局10日もかかってしまった。

身体を痛めつけているのは自分だ。
外的要因が直接原因ではあるけれど、外的要因の解決を自分が負う選択をしてしまって、結果自分の身を壊した、その負いは私にある。
でも今考えても、じゃあどんな解決方法があったのか、正直わからない。誰にどんな風に助けを求めればよかったのだろう。
逃げればよかったのか?
逃げれば今度は罪悪感が産まれることはわかっている。

そんなこんなみたいなことを、何度か繰り返し、
今回もまた体に来た。
今度は、人に頼った。
その人は私のメンタルを支えてくれた。
私はとても苦しかったが、何度も繰り返しているこの体の不調の原因をどうにか突き止めたくて、どうにか解消したくて、私の魂は何をしたいと思っているのかを教えてほしいとすがった。
彼女は、身体のために今やるべきことを教えてくれ、「あなたは悪くない」「大丈夫」と言い続けてくれ、話の中で、私の中のインナーチャイルドの存在を浮かび上がらせてくれた。
私は自分の中にいる小さな自分のことには薄々感じていたが、それがどんな存在で自分とどう分離しているのかがわかってなく、「今居る自分」は何もできない、、ととても孤独感を感じていた。
彼女からその小さな子のことを聞き、「ああ、私は知っていた。」と思い出し、彼女に「黄色ちゃん」という名前を付けた。すると「黄色ちゃん」は初めて意思表示をしてくれた。私の中にそこはかとない喜びがじわーっと湧いてきたのだ。
孤独感は一気に消えた。

私は仕事で、学生に志をみつけることを強く推奨している。生きていくうえで自分がこんな生き方をしたい、こんな社会にしたいと望むこと、自分の中にある自分らしい価値観を大切にしながら、自分のよりどころになる思いを持って生きることは、自分を孤独にしない、自分の中から生きていくエネルギーを出していく大切なポイントだ。
私にも未来のビジョンがあり、志がある。
私は頑張る人が無碍に扱われない、頑張りが認められる世の中が希望だ。そんな世の中に自分がしていきたいし、そうなるべきだと信じている。そうなれば今行きづらいと感じている子がどれだけ救われるかと思っている。
そのために私は、今の仕事をやっている。
私が望む世の中にするためには、みんなに(特にこどもたちに)自己肯定感を持たせることが一番のベースだ。
自分を知り、自分を愛で、自分は大丈夫だと信じるものが自分の中にあれば、安心して人は何かにチャレンジしたり、踏み出すことができるものだ。
根拠はなくてもいい。自分で信じることができればいいのだ。ただそれを言語化して自分の中に出して整理することで、他者とそれらを語ることで、自分では知りえなかった未知の自分が発見されることがあるので、まずは自分を知る、そして自分を開示する、人からのフィードバックをもらう、自分もフィードバックするという他者とのやり取りを繰り返す中で、未知の自分がひょっこり顔を出すのだ。

私の黄色ちゃんとの出会いや知らなかった自分を知り、一歩踏み出しつつある未知の自分との出会いがはじまってきた感がある。
私がやっている仕事を、自分の心身で再度確認している感。これはこの上ない喜びだ。

志を幾度か考えていた18歳の頃、32歳の頃、41歳の頃、そして51歳の今。志は変わっていないけど、「自分を大切にしたうえで」と、「自分自身を大切にすること」が私の優先順位の1つめになったのが大きな変化だ。
他者のためは自分を奮い立たせるにはいいが、自分がおざなりになりがちだ。自分の身を後回しにしたら、その段階で自分軸が他人軸に変化する。
私はつい先日までこれに気づかなかった。
他人のことを捨てても自分を取る。これをしなければ私は生きていけない。
生きちゃいけないのだ。他者を優先する生き方は、自分を殺す。自分を守れるのは自分しかいないのだ。やっとこの決心がついた。
それまで私を支えていたのは正義感と責任感だったが、このふたつが実は自分を守る上では障害になっていたことに気づいた。U理論的^^

話がちょっとそれてしまったけど、志を立てると自分の中からパワーが出てくる。
孤独感を感じる暇がないくらい、自分は大丈夫と思える。
が、人はいろんな外部要因の中で生きているので、他者評価をとても気にしてしまうことが多い。他者評価で自分を測るようになってしまうと私のように外部要因につぶされる。共感力の高い人は要注意だ。人の気持ちがわかるがゆえに、外部要因を尊重したくなる。で、自分がおざなりになりがち。。。

今私は黄色ちゃんを認識することで、孤独感が消えた。
不思議なことだが、自分は一人じゃないと思えると安心感を感じるものだ。
そういえば、娘を産んだ瞬間もそう感じたなぁ。


※不眠からの罪悪感が消えた話に着地する予定が、こっちの話になってしまった。
罪悪感が消えた話はまた次回書きます。