ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。最近は難病(ファブリ―病、大腿骨骨頭壊死)の夫との近況についてがほとんどです。

近況 長く感じた10月 2022.11.11

ほぼ月刊ブログになっています。
ネタがないわけではないのですが、どう言葉に記そうかと思っているうちに、1日1日がすぎて行きます(という言い訳)。

10月は、前回も書いたようにあれこれと忙しく、
そして例の謎な異物の手術入院のために、これまたあれこれ忙しくて。
フルタイムの仕事ではないのですが、退院翌日に講義だったので、その準備までやったりと前倒しで作業してたら日々寝る時間もどんどん遅くなってしまい。
久々のプロジェクトもこの時期に入っていたので、
思う以上に時間の余裕がないこの頃でした。


そして7月に倒れた義母のお見舞いに、
家族で長崎に1泊2日で行くというイベントも入ったので、
自分の体を気遣うよりもどうしてもその予定をクリアするのに必死な感じ。
決して嫌でもなく、むしろ楽しんでいたのはいたのですが、
まあ体は疲れますよね。

わかってるんだけど、どうしようもない。
じゃあイベントや行事をやめた方がいいのかというと、
そうすると、それこそ生きる屍になってしまう。
私は私なりに、多分今の状況を選んでいるのだと思います。
でも体が自分が望む方向に行けるような入れ物ではないので、
すぐガス欠しちゃう。
まあそういう体であることは承知で生きているので、
逆に、できるうちにしなきゃ!みたいな強迫観念があることも事実です。

他の人に比べれば、全然動いてないと思うのですが、
動くばかりがストレスであるわけでもないみたい。
まあそんな感じで、10月から11月はなんかすごく長い1ヶ月でした。

そして、今私は寝込んでいるという(笑)
正しくは、寝ても寝ても眠い状態で、
予定がない時はひたすらに寝ていることを示します。
またもや喉に口内炎ができていて、それが体調を著しく低下させてる気がする。
これも体にとってはストレスだろうし、ストレスがあるから口内炎ができたのか、
鶏が先か卵が先かよくわからないけど、
どっちにしてもあんまりいい感じではないですねぇ。

そんな自分を直視したくないところもあって、
またひたすらに本を読んでいます。
長崎で、欲しかった山本文緒さんの遺作となった闘病記「無人島のふたり」をやっとゲットできたので、帰りの電車の中でずっと読んでいました。

福岡のお店では品切れだったので、買えて嬉しかった〜。
以前も、長崎の書店では佐藤正午さんのサイン本がゲットできたりして、
長崎の駅前に行く時には、意識してその書店に行くのでした。


そこからまた私の中で山本文緒祭りが続いています。
この辺は長くなるので、また別の機会に。
彼女の生き様、特にうつからの快復、突然のガン告知から亡くなるまでを日記に書くという選択のあり方には、とても気持ちが惹きつけられる。
しばらくは祭りが続きそう。
このタイミングで彼女の未読作品を読もうとしているので。

自転公転、また読みたいな。母のところから奪還してこなければ。

 

 






身を削って生を確認する私 2022.10.7

10月ですね。と言いつつもう7日も経ってしまいました。

毎年書いていますが、10月は私にとって生死を一番感じる月です。

去年の投稿↓

miww55.hatenablog.com

そっか。去年は母の術後の半年後との診療にまだ行っていたのね。
もう経過観察5年を過ぎました。今のところ無事に過ごせていて何より。

私は家族や親戚との関係が深いところに生まれ育ちました。
時代もあったのかもしれませんが、他のところよりも家族間の関係性がぎゅっと濃いみたいです。
それが当たり前で暮らしてきたので、家族には色々あるんだと知ったのは、結婚してからでした。
結婚って私にとっては異文化を受け入れることだったなぁ。

さて、10月はいろいろあります。
4日、母方の祖父命日、
7日(今日)、父方の曽祖父命日、
8日、娘誕生日、
13日、父命日、JIMINさん誕生日💜
21日、息子誕生日、
28日、母方の叔父命日
30日、父方の祖母命日。

人生半世紀以上生きていれば、毎日誰かが生まれ誰かが死んでいくのは常ではあります。ただそれが自分に関わる誰かであると、その影響は多分に受けます。

特に父が亡くなった時は私が大学1年の頃でした。
まだまだ子どもだった私は、切り離された感がずっと残っていました。
大人同士として話してみたかった。今からそれだできると思っていたのに、
という頃だったこと、
またひときわ濃い関係性だったからというのも大きくて(いわゆるパパっ子だった)、
喪失感をずっと引きずっていました。

今でも10月になると、秋っぽい空気を感じては人生の虚無を感じ、
金木犀の香りを嗅げば、葬式当日の映像が頭に浮かびます。38年も経ったのに。
これは今でも毎年恒例。
でも娘が産まれ、息子が産まれ、
その生を祝うようになってからは、私の10月には色が戻ってきました。
ある種、色褪せていたものに生の彩りを加えてくれたのが、うちの子どもたちでした。
「生」ってこんなもんだよって、わかりやすく教えてもらった感じです。

死は生の終わりなのでしょうか。

私は頭では死は肉体の終わりなだけで、魂の終わりだとは思っていません。ただやはりその人生としての終わりだと、私の体や心は捉えているようです。
生まれてくる喜びを知っても、死はこんなに悲しい。

終わりの前には始まりがあり、経過があります。
私は父よりも随分と歳を取り、私だっていつくちるかもわからない。
でも終わったり朽ちることを憂いているばかりの人生は、またもったいない気もします。

さてさて、私の性格というか魂の向きは、
そんな生を体で激しく感じて、生きてる感覚を味わいたいようです。

いわゆる「原因がわからない」という痛みや不具合を何度となく味わってきました。
もしかすると、小さい私が親や周りを引き止めようとする生存戦略故のものだったかもしれませんが、当時は全くの無意識。

父を亡くして三ヶ月も経たない位には、交通事故で左足に大怪我を負いました。
頭も体も打っていましたが、ヘルメットと父の形見の革ジャンに守られ無事。
左足が被害に遭いましたが、その「やっちまった瞬間」は、静かで星が綺麗だ、、と思った記憶と、そしてなぜだかわからないワクワク感。

私は経験したことがない体験をするとワクワクしちゃうんです。M的?
痛いのは苦手です。痛い経験はいっぱいしてきてるので、本当に嫌なのですが、
あの時、左足が折れてふくらはぎが逆を向いているのをみた瞬間、「ああ、これは折れてるな」の次に、「これからどんなことがあるんだろう」とワクワクしたわけです。
まあ、自分の頭も体もある程度どこがダメでどこが元気かをある程度把握できたから、そういう気持ちも起こったのかもしれません。

また今更この話を書いたのには理由が2つあります。
一つ目は、この「ワクワクかん」がまたきちゃったこと。

前回の投稿で、謎なものが私の足に見つかった話を書きました。

miww55.hatenablog.com
それで先日、紹介された病院で診察していただいたのですが、改めてレントゲンと CTを撮りましたがやはり謎な縫い針っぽい方はいらっしゃいました。


なんかグロくなりがちなので、小さめにアップ。

あることは先生も納得されたんですが、いかんせん私にこれがいつなぜ入ったのかの記憶がなく、この遺物ちゃんがどんな材質のものかもわからない。
なので、まあ結局取ることにはなったのですが、ちゃんと取れない可能性もなきにしもあらずとして万全の策をとりながら進めることになりました。
なんか大袈裟になってきた💦

私はというと、即日切って帰れるレベルだろうと思ってたんです。
今の医学なら内視鏡みたいな感じで、日帰り手術でいけるかなーって。
内蔵でもないから余計に。

でも先生から言わせれば「こないだこんなことしてて針が入ってしまって」とかいうエピソードがあれば、金属が入っているという想定で向かえるので、過去の経験から大体の予測も立つらしいのですが、
エピソードもなく「そこに何らかある」しか情報がないので、「多分こういう感じだと思うけど、でもそれは絶対とは言えない」的な言い方をされます。
実際、筋肉との癒着だったり血管との絡みだったり、開けてみないとわからないっていうのがこの手の外科手術のお約束ではあるんですよね。

前回、この縫い針っぽい異物ちゃんの発見で、
私の中の冒険心ちゃんがまたワクワクし初めちゃったんです。

「謎」は大好物笑

いや、ほんとははっきりさせたいんですよ。
「何でそうなってるのか知りたい」っていうのが、基本の私の欲求だと思うんですが、その欲求を満たすにはまず謎が必要なわけです。だからこの異物ちゃんが発見されたことは私にとってはものすごく美味しい。
でもあまりにも謎すぎます。
マジで「これって未来から誰かきて私にチップ埋め込んだんじゃ」という仮説だってあるんじゃないかとか思うくらい。

で、私の左足の過去を思い出すわけです。
思い出すというよりは、常に私はその時の傷と共に今もあるのです。ざっくり35センチほどの傷が私の左大腿部にはあります。都合3回も切っているので(この辺の理由は割愛)筋肉も盛り上がらず、雨の前には痛む「存在」としてあるので、傷も私の体の重要な一部になっています。

先生にその怪我の話をすると、「その時の可能性が大きいでしょうね」と言われます。
私は、それとこれとは別だという線の方を考えていたので、
先生に言われてから「え?やっぱりこの傷が繋がってるの?まだここに関連するものがあるの?」とちょっとびっくり。

傷としては現在も共にあり続けてはいましたが、出来事としては過去のものになっていたんです。でもあの事故・怪我はまだ続いていたんだ、って思うとまたミステリー度が増すというか。

診察から帰ってきて、あれこれ考えていたんですが、
ふっと、、、思い出したんです。
あの時、足の甲にも確かに傷があったと。
傷というより血が出ていた記憶があります。傷自体はスッとついたくらいの薄いものだったと記憶しています。
それくらいしか画像的な記憶は出てきていません。
だって、それ以上の傷がその上部には複数あったから。

ただ甲になぜそんな傷がついていたのかは分かりません。
ハイソックスを履いていたのは記憶していて、でも靴の記憶がない。
靴は事故の時にどっちがが脱げた気はします。

あまりに古いことだし、よくわからない。
38年前やし。

ということで、2つ目は、私の古傷とのつながりがあったことで、またワクワク度が増してしまったということでした。謎には反応するように体がなっています。いや心なのか魂なのか。

加えて今回入院したり手術することになって、「開けてみないとわからない」という状態にもワクワクしちゃってる自分。

これって例えてみれば、ステージに立つ前みたいな感じで、
もちろんその前には随分と練習して、その場をこなすために準備をするのですが、
「既定路線じゃつまんない」って思っちゃうところが私にはあります。
現場は生物なので、ステージ上でも何が起こるか分かりませんよね。
うまく乗り切ることもワクワクしますが、何かが起こったとしてもそれに驚きながらも楽しむみたいなところがあるんです。

ステージだとすれば、誰かに迷惑をかけることになったり責任が生じたりもあるのかもしれません。でも、私の体を傷つけることに関しては誰も傷つくわけではないのです。
だから私はきっと自分の体を張って、自分の人生のステージを楽しんでるんだろうな。
そんな感じがするんですよね。
今回のことで、そういう考えに至るとものすごく合点がいきました。

だから何が解決するわけでも何でもないのですが。

ただこのままずっと自分の体をネタにして生きてる感を感じるのは、ほどほどにしていきたいかなと思っています。
面白いんだけど、そこそこ私の体も古びてきてるので、あんまり粗雑に扱うとリカバリーが効かなくなってきそう。

今度はもっと違うことにワクワクを感じたい。
自分の身を削らずにワクワクすることを探したいなぁと思っています。
今回の発見された子は、私のこの身を削るようなやり方から卒業させてくれるために、いいタイミングで出てきてくれたんじゃないかと、今思いました。

こういうことを考える余裕もこのところありませんでした。
家族の病気対応に神経も体力もすり減らしていたからかな。
やっと自分のことを考えるタイミングが来たということでしょうか。

痛いの嫌だけど〜。
でも久しぶりの手術は、実は楽しそうだなと思う私も相変わらずいます。
体験してなんぼですからね。
そのために体を持って地球に生まれてきたのだから、
しっかり楽しんでこようと思ってます。
家族の心配するより全然楽です。ストレス少ない。

とか言いながら、術後の私は、どんなことを書くのでしょうか笑
それも楽しみの一つです。

手術は今月末です。どうなりますやら。


今年の10月は私自身が生死を考える月間になりました。
命にはかかわらないけど(多分)、生きる上で体との付き合いは必須なので、
私にとっては体のことは生死を考えることに直結したものなんですよね。
そのことを、今回こうやってつらつら書いて、すごく納得したのでした。7


 

 

謎なできごと 2022.9.30

9月最終日。
今日の福岡はとてもいい天気。
北部九州は、東の方に比べると空の青さはスカイブルー。

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↑今日の空を撮ってみました。11時半くらい。

抜けるような青空ではないのですが、それでもいろんな青があるんだなーと
上を向いて写真を撮ってみて気づきました。
見上げているだけでは、太陽のまぶしさもあってみえないものもあるのかも。

半月くらい書いていないのでネタはたくさんあるのですが笑
その中でも私的に驚きの体験があったので、したためます😊

足の小指を痛めてしまい、1週間経ってもまだ痛いので、
念のためにとレントゲンを撮ってもらいに整形外科に行ったんです。

4枚のレントゲンを撮ったんですが、フイルムを確認する技師さんから
「なんか入ってます?」と聞かれました。
「いえ?」と明快に答えるも、「…なんか映ってるんですよね」。
身に覚えは全くないのですが、見ると確かに棒状のものが映ってる。
しかも患部とは全く違う、親指から甲に延びる箇所。

でも、ほんとに身に覚えがないので、
この時点でも、私は何かがレントゲンにうつりこんだはずだと思っていました。

先生の指示で撮り直し。
「1枚目で映ってたら、角度を変えて映してみて」
1枚目撮りました。
「映ってます!」
周辺の方々も声が上ずってるwww

で、あれこれポーズを変えてとってみまして。

横から見ると、甲の形と平行に、線状のものがあるんです。
表に見えるほどではなく、また深くもないところに、それはあるのでした。

ああ、レントゲンを写真撮ってくればよかった💦

レントゲンをじっくりみていた先生曰く、「んー、縫い針でしょうね。」

縫い針!!!

私も、形状からみるにそうかなとは思いました。。。
が、どう考えても記憶にない。何度も書くけど身に覚えがない💦

縫い物は、たまにします。
繕い物程度です。
親も針仕事をしていたので、小さな頃から身近には針が多くあり、
だからこそ、針には結構注意してきたつもりなんです、私自身も。

で、痛みを人一倍感じやすいHSPなわけですから、
そんなん入ったらすぐわかりそうなものなんですよね。

そしてもう一つの謎は、この針が斜めではなく、甲に平行に存在していること。

針よ、あなたはどこからきてなぜそこにいるの??

とどめに、エコーもしてみました。
きらりんと光る物体を輪切り状態、横状態で確認しました。
存在確定~!
でもそれが何?って話です。
病気でもない。そこにあるはずのないものがあることが発見されちゃったということ。

先生がまた言われます。
「古いものでしょうね」

古い・・・・
傷がないからってことでしょうか?

私も古い人間ですから、古いにも幅があります。
50数年前のことなのか、1年ほど前のことなのか、
どこまで記憶をさかのぼればいいの?
いや、どう考えても私の顕在意識にはその情報はない。
潜在さんにはあるのだろうか???

「で、どうします?」と先生。
私が困った顔をしていると、
このままにしておくリスクをいくつか挙げられた。

・今はひと固まりになっているが、
 中でこわれてしまうと取りたいと思った時にやっかい。
・中で腐食する可能性もないことはない。
・何かの拍子に中から外に飛び出してくる可能性も。
・金属が入ってるので、金属アレルギーが出るかも。

このくらいかな。

ちなみに昔から言われてた、
「とげや針が刺さったままにしておくと、中に入って心臓まで行って大変なことになる」というのはないそう。
それが一番気になることだったので、ちょっと安堵。

それで、先生に返答。
「気持ち悪いんで、取りたいんですけど。」

先生「ですよねぇ~」

私の頭の中では、「いや、でもこれがずっと前からあったものであれば、そのままでもいいんじゃ?」「出てきた時に考えればよくない?」
等々の思いも出てきていたんですが。

とりあえず、この病院では処置できないので、大きな病院を紹介しますよ。どこかいいですか?となり、家族が大変お世話になっているなじみの某病院を紹介していただくことになりました。
その場で日程がFIXされたので、来週行くことに。

あ、足の小指はというと、骨には異常がないよと。打撲でしょうから、テーピングと湿布して様子みてねってことでした。
テーピングしたほうが、こわばって痛い気がするんですが、まあしばらくやってみることにして。歩きにくい💦

それよりもいきなり「ある」ことにきづいちゃった針さんが気になって気になって仕方ないわけです。
そっちの方が痛い気もしてきて、余計に歩きにくくなってる。

「正座はしないでね」って言われました。
私、日常的に結構正座をする人なので、少し行動に難があります。
素足で正座してた時に入った可能性はなきにしもあらずだなーとか、
でもじゃあ斜めにはいるよねーとか。いろいろ考えるけど、全然有効じゃなさそう。

気持ち悪い反面、思いがけず自分の中にいてくれてるこの異物ちゃんに
不思議に愛着みたいなものも感じちゃってる自分もいます。
全く想像しなかったものが「ある」と判断される瞬間に立ち会えて、
非常に面白かった。

でも切るのは嫌だなー。

今のところはここまで。

存在が、変に動かないことを祈るばかり。

不思議なことというのは起こるものです。
あなたの体の中にも、縫い針あるかもしれませんよ笑


台風一過 2022.9.19

大きな台風でしたね~。
(我が家は福岡なので過去形です。渦中の方、これからの方ご安全に!)

報道でも最初から「甚大な災害に繋がる、過去経験したことのないような大雨の台風」なんて連呼するし、怖さが増し増しでした。

大きさと速度の遅さが特徴的な台風14号
これまでなら数時間で通過するのに、今回は二日間くらいかかった感じでしょうか。
我が家では、前回の台風の方が窓ガラスやベランダにたまった木々のかけらや葉の方は多くて、今回は各ベランダには葉っぱ2枚落ちてる位。
当たりの強さからいうと、前回の台風の方が強くて恐ろしかったんです。
ただ今回は、いきなり吹いてくる大風の勢いがずっと強い💦
こんなに強い風の中を過ごした経験は確かに過去経験したことはありません。

今回、計画運休や休業が早めに決まり、みな備えていましたが、
被害を食い止めるにはこういうことが一番の策だなと思いました。

自然には勝てないわけだし、そこを無理する必要もないんじゃないかと思うんですよね。
コロナみたいに長くなってしまうのは考えものですが。


さて、そんな我が家は、先週壊れたテレビの買い替えと息子の部屋のエアコン導入のため、リビングの家具と子ども部屋の二段ベッドの解体移動等々、ちょっとした大掃除になりました。
この一週間ずっと掃除してた気がします。
年末の大掃除よりも。

こういう機会は必要だなと思いました。
日常的にはなかなか手がつけられないのですが、この際と思って処分しはじめると勢いがつくものです。
おかげでうちの中が幾分すっきり😊

そしてこれを契機に、懸念だった私の寝場所も確保しました。
娘が使っていた二段ベッドの上部を和室に運んで、私の寝場所に。
これまではリビングに布団を敷いて寝ていたんですが、
便利だけど、どうにも見た目が悪い💦

テレビも大きくなって、リビングでゆっくり視聴することも増えたので、
寝床を和室に移動することにしました。
和室にベッドを置くと、それはそれでぎっしり感はありますが、
とりあえずベッド枠の中に入ると、意外と居心地はよいものです。
寝場所って大事ですね。
自分の部屋とまではいきませんが、もう少し整えていこうと思います。

後は、私の机回りを残すばかり。ここが一番難関なんですが💦

時間ができたらやろうはなかなか進まないのはお約束。
この勢いで、できるだけいろいろ捨てていかなきゃと思っています。

子どもが小さい時には何かと必要だったものたちも、
時が経てば必要なものは変わってきますね。
今は、空間の方が必要なのかもしれません。
死ぬときには何も持って行けないわけですから。

さて、明日からは動き始め。
掃除もしつつ、仕事もしていかなきゃ。
頭の中も、時間の使い方も、秋仕様に変えていかなきゃなという区切りが、
今回の掃除や台風のおかげでついた気がします。

ぼちぼち頑張りましょう。

近況 2022.9.8

あっという間に9月。
8月末から、気温や風の感じから秋が感じられるようになってきましたが、
台風一過でますます。秋というよりもまだ残暑でしょうか。

今日は、徒然なるままに書いてみます。

8月過ぎまでちょっとナーバスになっていました。ああ、終わっちゃう、8月って感じで。
9月ってきちんとし始めなくてはいけない感じがするんです。
自由が好きな私としては、夏の開放感・解放感が日常に戻っていくのは、残念な気がしちゃう。

とはいえ、時は止まっちゃくれない💦
気分を変えることを意識しなくては、とは思っています。
でもなぁ、難しいんですよ。
まあどうにかなる(どうにかするのは自分だけど)。

書いてる途中だったブログもあるのですが、
集中できなくて、止まってるんですよね。
がーっとアウトプットするということを止めてしまうと、
再開するのに時間がかかります。私は。

そうそう、8月は机の前に座れない日々が続いたので、
書けないというのもありました。
なんで座れなかったのかという理由は複数。今回は省きます。

スマホがメインの生活になると、ちょこちょこ情報見るのは便利なのだけど、
私にとってはスマホは表現するためのデバイスじゃないんです。
スマホの画面は、私には小さすぎる。
インスタやFB、ツイッターは短文で済むから、スマホの一画面で収まるから書けるわけで。

でもブログは、私はスマホでは書けないんです。
全体を見ながら書くことに慣れているからなんだと思うけど。だからパソコン一択。
しかもできるならデスクトップ。

寝転んでても書けるスマホは便利でした。
夏場はクーラーの聞いた部屋でゴロゴロするのが一番ここちよいし。
そういう時にはスマホってホントに便利。
なので、夏場はスマホでSNSが社会との窓口だった気が。

まあそういうわけで、私の場合、なにをするにも環境が大きく左右するので、
その辺を整えるということが自分のやる気を引き出す上でも大事なんです。
めんどくさいなぁと自分でも思うんだけど、仕方ない。

と、環境の話をしたけど、じゃあ書きたいことはあるのかというと、
今はそれがない状態。だから書いてないってのが正直なところ。
毎日いろんなことはありますが、
それをネタに書き連ねる時間よりも、8月は読書に時間を振り分けていました。
で、読み終えたけれど、読書感想を書くか?というところで、どうにも気が進まない。
思うことはたくさんあるんです。
特に今回、子どもの頃に読んだ本の再読だったので、気づいたことがたくさんあったし、今の時代にもつながることは多くある。
でも、なんだか言葉が出てこない。
病気のせいなのか、そういうことを少しやめてきたからなのかわからないけど、、。

まあいつか、項目を定めて書くかな。
今はそこに時間を使うのもなぁと。

========

さて、7月後半から入院していた夫が、昨日退院しました。約1か月半の入院。
このところの中では、割と長い方でした。
↓↓↓同時多発。

miww55.hatenablog.com

義母の方はリハビリ専門病院に転院し、年内リハビリを頑張るようです。

この暑さでしたし、彼が病院にステイする方がいいなと思っていました。
病院はそういう理由じゃステイさせてはくれないんだけど、体調を整えるための環境ってそういうところもあるから。まあそもそも家に帰れないくらいの状況だったわけです。

で、退院した昨日。
「痛い、きつい、はあ、はあ・・・」
あれ?7月に毎日聞いていたフレーズが。
退院って、よくなったから退院じゃないの?
そのうち、歩行も困難に。
え~、また救急車か?
とりあえず見ているしかないので、廊下にへたばった彼に付き添い背中をさする私。
顔色悪い。

「今何時?」と時間を気にするので、「もうすぐ9時」と答える。
少し動こうとするので、息子に手伝ってもらって二人で抱えてベッドに。
まっすぐ寝ると苦しいよう。

「酸素が欲しい」
「は?」
「酸素」
「それってスプレーみたいなやつ?」
…答えず。
「薬局にある」
「もう薬局閉まってるよ」
「○○の薬局はあいてる」
はあ、それで時間を気にしていたのか。

とりあえず、その薬局を検索し、あいているかどうか確認。
電話をかけて在庫確認、4つあるというので取り置き。
息子にチャリで走ってもらいました。

これね。

息子を待つ間、「唇が痺れる」とか怖いことを言う💦
「酸素を吸ってよくなればいいけど、また苦しくなったり麻痺が強くなったりしたら、救急車で病院行くんだよ?」と念押し。本人も了承。

30分位はかかると思っていたら、15分くらいで息子が戻ってきて、酸素も到着。
「もう僕ね、最高記録っていうくらい飛ばしたよ。ロードバイクすごいね!」とこちらはこちらで変な興奮状態( ´艸`)
「僕の方が酸素欲しいって感じなんだけど💦」という言葉にみんな笑いw

つーてもこの酸素。1缶は120秒分。5リットル充填されているらしいけど、それってすごく濃縮されているってことよね?
1回2秒って書いてあるけど、その位じゃ全く足りず、しゅーっ。
病院の酸素って偉大。

それでも見た感じよりも酸素が入っているのか、1本以内で収まった。
痺れも取れたようで、ほっと一安心。

というのが昨夜で、
今日は車のエンジンがかかるかどうかのおためしを兼ねて出て行ったけど、
帰りは駐車場から上がるのがしんどくなってきたらしくヘルプが入る。

酸素を数秒吸って、頑張って階段を上った。

というのが今。

長い入院生活からのリハビリが必要ということなんでしょうね。
入院長い時には、外泊でゆるゆる試すというのがいいのかも。
コロナ時には難しいのかもしれないけど。

明日からのお仕事はタクっていくそうで、
その方がいいと私も思う。

なんにしてももう無理は命取り。
無理がきくかどうかはからだに聞かないと、持つものも持たなくなっちゃう。
それは自分にも言えるんだろうと思いつつ。

さて、1ケ月半遅れのお誕生日ケーキを取りに、ケーキ屋さんに行ってきます🎂
わーい、今日はケーキ🥰🥰🥰

あっ、そういえば昼食べてなかった。おなかがすくと思ったら。

自分が楽しいことで周りが喜ぶことをする 2022.8.29

久しぶりに面白いなと思うものを見つけたので備忘録的に。

tsuduri-illust.com
なんだ、占いかと思われるかもしれませんね。
占いのようですw

興味のある方は↑のリンクで。
生まれた時の名前(ローマ字)と生年月日を入れると自動的に出てきます。

数秘術 - Wikipedia

数秘術(すうひじゅつ、英: Numerology)とは、西洋占星術や易学等と並ぶ占術の一つで、ピタゴラス式やカバラ等が有名である。「数秘学」とも言う。 一般的な占術の方法は「命術」で、占う対象の生年月日(西暦)や姓名などから、固有の計算式に基づいて運勢傾向や先天的な宿命を占う方法である。


年1で作ってもらってるいくこさんの宝箱には、数秘鑑定も含めてメッセージが乗っているので、参考にさせてもらってきました。

でも、一般にはそれらを頭に入れて動くなんてことって難しいことだなと思っています。
そこで擬人化。
マンガで示されると、結構わかりやすい。

自分の脳内にはいろんな性格の子がいます。
LPが基本的な「考え方の癖」
Bが「考え方の補助お助けキャラ」
Dが「行動の癖」
Sが「行動の最終目的・心の元気」
で、それらが外に出たら、
Pの「周りからの印象」になる。
30代後半から追加される子Mもいる。

で、私ですが、
PもMも6なので、誰かのために、母みたいな思いの強さがやはり根本にある。
でも「行動の最終目的・心の元気」は3。
無邪気な子どもの自分を大事にしないとしぼんでしまう。
そもそもの自分の中にある大人な自分とこどもの自分が相反する自覚は結構ありました。子どもを産んでからは数秘に出なくても、母の役割が強くなるので、
そもそもの自分の欲求がみえなくなって、Love myselfがなかなできない状態。
辛いなと思ってたんです。
で、今回、DとBという数字に9があるのを発見。
Dは「行動の癖」、Bは「考え方の補助お助けキャラ」。
基本の自分の考え方にアドバイスして行動する、どっちにも9がいるということは、
9の数字が意外とハンドリングしてるってこと。
で、数秘9は、

理解力が高いので空気を読み、場に空気のように馴染もうとします。目立つことを好みません。印象に残ることを避ける方もいらっしゃいます。

高い理解力を使って相手と場に合わせて自分の考えや感情の表現を縦横無尽に変えられる多彩さを発揮します。

ただ場によって別人のようにもなるので、それが本人には「本当の私って…?」という悩みにも繋がるようです。

けれども決めることや断ることが苦手で、周りからお願いをされると断れなかったり、流れに押されて理不尽を被ったりすることも。

この辺が行動の癖やら考え方に影響してるのは否めないなー。

しかも、私が自分の数字「6」だと思っていたのは、3+3だったので、実は6でもあり、33でもあるんですよね。。。

33の特徴

天真爛漫・人類のみならず生きとし生けるものへの母性と大好きな気持ち・気分屋・想像力・創造力・独特の感覚・楽観的・心配性・丁寧さ・礼儀正しい・超寛大・ありのままで生きる・愛情深い・自由・常に色々考える


そもそもが両極端なので、それをまとめようとするとめっちゃパワー使います。
どれもある自分に嫌気がさすし、しかも毎回500%くらいのパワーでやってしまう癖もある💦

大人になるとどうしてもわきまえとかどうみられるかとかが必要だと思ってしまうけど、
そこにどうにも我慢できなくなってるそもそもの私がいるんですよね。
子どもがえりというか。やりすぎてきちゃったせいなのかもしれない。

占いを信じすぎるという批判はあるでしょうが、
今の私が非常に納得した数秘の結果なので、
この基本の数字(LP)33の大切なことをメモ代わりに載せておきます。
備忘録。

数秘33の才能を生かすには?
「自分が楽しいことで周りが喜ぶことをする」

もうそろそろ、仕切り直しの時期。
8月も終わります。
もう少し、自分は何をしたいのか自分が何を求めているのか、だけではなくて、もっとその根底の自分が楽しいことはなんなのかをみていく必要がありそうです。
きいろちゃん、随分おいてけぼりだもんな。


やりすぎ注意 2022.8.20

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このところ、小説を読むのが生活の中心になっている。

自分の価値観に影響を受けただろういくつかのことが頭にあるのだが、
それは小4から中学あたりで読んでいた本にきっかけがあるだろうと思ってはいた。

思いきってこの夏、これらの本を読みなおそうと決め、今その真っ最中。
このことはまた読み終わってから書こうと思うので、内容的なことは割愛。

で、今は長編、全7冊あるものにかかっている。
自分の時間が取れない日は、本を手にも取れない時が多かったのだけど、
やっと数日予定のない日ができて、
手に取り始めると、、、、やめられない💦

私は今就寝時間を11時と決めているので、
22時半には寝床につくようにしているんだけど、
忙しい日は心も落ち着かないので「寝る前に一章だけ」と決めて読んで寝ていた。
こういう日の方が、すんなり時間管理ができるのだ。
でも、予定のない日は朝から読みだしてしまったりして、
もうそうなると、ひたすら読んでしまう。
もしかしたら、息をしていないんじゃと思う💦

で、昨夜もそんな感じ。
実は日中から読んでいて、その日2冊目の真ん中くらいまできた時点で
もう0時は過ぎてしまっていた。
でも、作中は事件が起こりどうなるかとはらはらしているところ。
ああ、読みたい。。。じゃあ眠くなるまで。なんて自分に言い訳しつつ読み進めていて、気づいたら寝落ちしてた‐‐;

何時だったんだろう?
時計みていないのでわからないけど、こうこうと電気がつく中、
はっときづくと本が横に転がっていた。
そこからは素直に電気を消して寝た。

が、起きるとどうも首筋や肩が痛い。
ストレッチポールで首をコロコロしながら読んでて、そのまま寝ちゃったからか。

おまけに咳も出る。
口がからからになっている。
ポールに首を預けてたから、口開けて寝てた可能性があるなー💦

首筋と肩はどうやっても痛いので、
鎮痛剤と湿布を貼って、それらが効いてくれているのでこうしてブログが書けているという今に至る。

やっぱりこういう「もうちょっと」はダメね。
そんなこんなで、残り半分を読み終えまして、まず一息。5巻目まで終わり。
あと残り2冊しかないので、味わって読んでいこうと思う。
そんなしてるうちに、別の小説の第3巻が来るはず😊

そんなこんなでも、物語には助けられてる。
現実でいろんなことがあっても、ふっとその現実ではない違う時間が流れているところに自分をスーっと持っていくことができるから。
どうにか自分を保って行けてるのは、この「物語に没頭できる時間」を作れていることだろうと思う。
もくもくと本を読む母に息子氏も「楽しそうね」。( ´艸`)

息子氏のコロナ待機も、今日が最終日。
さて夜まで、粛々と今日を過ごします。

息子氏はまだ食欲が戻らないまでも、食べることはできるように😊
メニュー考えるのは、在庫の中の組み合わせだけでいいという幸せ~。
たかが炊事というなかれ。かけ算が多いほど大変。
不良在庫を出さないようにするのが結構大変だったわ。この10日。