ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

自分の安全地帯 2019.09.09

自分の安全地帯。これは生きる上で結構大事なものだと感じています。
自分のアイデンティティが育まれる、自分らしく居られる場所、
自分は自分のままでいていいんだと思わせてもらえる場所。
人によってその場所がどこなのか、
リアルな場なのか精神的な場なのか、それぞれにいろいろあると思います。
私は、そこは自分の家族との会話の場かなと思っています。

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先日の土曜日は、母の住む特養の納涼祭でした。

1年前の8月に入居した母がまもなく体験したお祭り。
近所の方々、こどもたちがダンスを披露したり、
太鼓の集団がパフォーマンスをしたり、
そんな中ほんとに久しぶりにビールを飲んで「おいしい!」と言ってる母を見て
ほっとしたものです。その時はビール飲んでる姿をみた後は、
そのまま施設の方にお任せして帰ったのでした。

今年は暑いので、9月実施になった模様。
施設から「ご家族の方は参加されますか?」と聞かれ、
去年のことを思い出しました。
お祭りって、知っている人と一緒に笑ったり、
おいしいねって言いあったりするのが楽しいんだよね。

ならば、今年は一緒に行ったほうがいいなと思って予定に入れました。
駐車場がステージになるので、その日の駐車ができず、
夫は送りだけの参加。
息子もぐじゃぐじゃ言ってましたが、
夫が説得してくれて、一緒に行くことに。

母は、お化粧して、少しドレスアップもして待っていて、
ああ、少しは楽しみにしてたのかなと思います。
お隣のおじさんも、いつもよりバリっとしたシャツでした
(この方はいつもきちんとした身なりをなさってる)。

この日は午前中風が強く、夕方一時的に大雨が降り、
夕方はからっと乾いて風も落ち着いたのだけど
残念ながらステージは中で。
となると、もうロビーはごった返し。
(イベントの現場をこなしている私からすると、
ブースの置き方や通路の設定が、、と、気になることが大有りだけど、
目をそらしてみないようにw)

入居者のほとんどが車いすなので、エレベーター前もごった返しです。
私たちは家族が付き添っているからか、優先していただき、
スムーズに乗り降りさせていただきました。職員さんたちはフル回転。

ロビーに机といすが置かれていて、飲食も可能でしたが、
音がうるさくて、雑然としているので、一度外にでてみました。
あら、こっちのほうが涼しい。
空気が流れているので、息苦しくなく。
母にしてみれば久しぶりの外の空気。
息子は「座るところないじゃん」と渋っていましたが、
「その辺散歩しよって」と送り出し、私は食券をビールと焼き鳥等々に替え、
彼らのもとに。
少し座れるところを見つけたよう。
私もそこで座り込んで、ビールをしゅばっと。
息子は飲めなかったコーラが最近飲めるようになったらしく、お披露目です( ´艸`)

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とりとめのない話が続きます。
何の話をしたのだっけ?
そうそう、息子の成績の話から。今日のテーマは、「子どもの勉強について」

息子は小学校の頃は全く勉強にやる気が起こらず、宿題もせず、
これをしないと夏休みに入れないというところまで追い込まれて、
夜中まで癇癪起こしながらやってた、という話を私が披露。
本人は覚えていないそうですが、私のFBには記録として残っているw

それが中2の時に同じクラスのFくんと一緒に勉強をすることになり、
彼のやり方でやってみたら、理解でき点数が上がったという成功体験。
それ以来「わかると嬉しい」という自覚ができたらしく、
徐々に成績が伸びていった。
数学の塾も、ずっと前から紹介されていたところにやっと行く気になり。
またその先生の教え方が上手で、どこでひっかかっているのかを確認して理解できるまで教えてくれるので、苦手だった数学は、クラスで1,2位を取るくらいまでに。

先日前期テストの結果が返ってきたのですが、
あんなに苦手だった暗記ものの日本史が100点。
数学系も95とか98.失敗した英語は80点台というので、まあ頑張っている模様。
日常的に勉強の時間を作ってやってるもんねぇ。それ以上に動画やアニメ見て笑ってる時間も多いけど。

そうそう。こういう話になぜなったのかというと、
息子がこの辺のことを思い出しながら「なんでおかあちゃんもうえちゃん(夫)も、僕に勉強しろって言わないの?」というからだった。

私は自分が結構言ってるつもりで、「言っちゃいけないな」と
思ってるので反省しているところ。本人にはそう聞こえてなかったんだな。
いいことだけど、聞こえてないのか~とも思ったり(笑)

私の答えは「やらされ感でやっても、面白くないし、
興味持てないものは好きじゃなくなるでしょ。
自分がしなきゃと思えるようになってじゃないと、身につかないから」。
本人納得しておりました。

そこで母がいいます。
「み。は言わなくても勉強してたからね。
K(弟)は全くしなかったし興味も持たなかった。」
うちの弟は、息子に輪をかけて偏屈なので、
しなさいと言われると絶対しないタイプ。
よく高校受験に受かったものだと思う。

弟に関しては、父も母もかなり手を焼いていた。
薄い問題集のセットがあり、私もそれをするのを手伝っていたこともあったが、
直ぐに音を上げた。やる気がないのだ。
やる気がない人に教えるのって手ごたえがないから、
教えるほうのモチベーションもダダ下がる。
ネガティブパワーがこちらにまで伝染するようで、やめてしまった記憶がある。

母が言う。
「あの子はIQ高いくせに、しないからもったいないって先生に言われてたんよね」
初耳である。
「え?IQって測ったことがあるの?」
そんな検査をあの弟が受けるわけがないとすら思えるほど、我が強い弟だ。
「学校の中で検査があったみたいで、先生は知っていたみたいよ。
いくつとは言わなかったけど。」
「それで、パパが教えていたの。」
ええっ!それも初耳だ。
「パパがKに勉強を教えていたの?」
「そうよ。学校の先生に電話して、これはどういう教え方をすればいいのかって根掘り葉掘りきいてね。理科だったかな。それでその通り教えたら、
その時理科の成績がグッと上がってね」
いや~、まったく知らないことだった。

「パパが忙しくなかったときだったからね」と母。

「いつ頃のこと?小4くらいかな。S先生はあんたの先生やったかね。
何先生だったかな~」
いきなり恩師のS先生の名前が出たことにも驚いた。覚えてるもんなのね。

「思うんだけど、私もKも納得しないと進めないタイプなんよね。
だから、学校で教えてもらったものは、わからんでもないけど、
なんでそうなるのかが自分の中ではっきりしないと受け入れられないんよ。
なんでこの公式を使うのか。覚えなさいって言われても、なんで?って。」

「あ、わかる~」と息子。
「でもさ、数学とか数こなしてわかっていくんよね」
おお、その言葉が君から出るとは思わなかったw

私も高校受験の時には、その方式でやらざるをえず、
できなかった問題を何度もやってわかっていった経験はある。
だから、まあその時間さえ自分で投入できれば、それは可能だというのもわかる。
が、とにかくボリュームが多すぎるので、そこに楽しみや出来る感が生み出され、モチベーションがあがらなければ、ひたすら苦手意識が勝ってしまうのも知っている。

国語の場合は、小さいころから物語に親しんでいた私なので、
国語で言われていることは感覚的にリズムで理解できるのだ。

そういう意味では、何の学問でも自分の中に慣れ感として入っているものがベースにあると、理解しやすい納得しやすいのだろうと思う。

「あ!もう抽選会が始まってる!」
息子が中からの声を聞いて反応する。「じゃ行っておいで」と送り出し、
再び母と話をする。

「おかあちゃんの子供のころは勉強ってどうだったの?」と聞いてみる。
母は数学が得意な人で、私の前でよくそろばんもはじいていた。
暗算も得意。
なんでこの数学出来る人から生まれた私なのに、数学出来ないのかなと思ったものだ。

「親は何にも言わなかったね。そういう時代でもなかったしね。
でも一度全優(今でいうオール5)を取った時に、自分には褒めはしなかったけど、
周りには「紀子が全優とったのよ」と嬉しそうに言いまわっていたから、そういうことはする人だったね」
と母。
「それっていつくらいの頃?」
「小4くらいかなぁ。まあ面高だったからね。」

面高というのは、母の母(祖母)の実家があるところで、疎開先だ。
確かに田舎だが、
相対評価であったとしても、できない子が全優はないだろう。疎開先は子供の数も多かったと聞いている。
うちの母は考え的にもクレバーな人だし、そもそも勉強好きなんだと思う。
保険資格の試験受けた時にも満点とってきてたし。
その分コミュニケーション下手なので、せっかくとった資格の知識は発揮できなかったけど。
それぞれ持ち分というものがあるのだろう。

「うちはお父さんも頭よかったしね。血よ」と母。
いやぁ、、、それなら私と弟には全く受け継がれていない。
確かに叔母のところは、長男が将棋のプロ棋士になり、次男は九大出て工学の仕事についている。
ん~、学び方の問題なのだろうか。
そういえば、母は器用出て仕事も何でもこなすが、私と弟はかなり不器用だ。
血はどこに流れているのだろうか?

しかし、やっとこういう話がきけるようになったなと思った。

母が一人暮らしをしているときは、私が忙しかったということもあるけれど、
行っても「最近どう?」という話から、家族の出来事を私が一方的にしゃべるような形が続いていて、ゆっくり「そういえばさぁ」みたいな話をする機会って少なかったように思うのだ。

日常の中の非日常で、ふっと話が出る。
そんな機会って、結構必要なんだろうなと思う。
母にとっても私にとっても、そして息子にとっても。

同じ時を過ごしてきても、親がこういう風にみていたことや、
当時は幼くて気づけなかったことを、今聞くとなるほどなと思うこともあります。

何気なすぎる会話だったし、書き留める必要もないのかもしれないけど、
こういうのこそ、写真と同じように、書いておくと後で見返すと、
私たちが生きてきた記録になる。

たとえばこういうくだらないものもw
まあ後から見るといとおしいものとなる。

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なので、今回新しく「先祖や家族のこと」というカテゴリを作ってみた。
そもそもこのブログは、自分が書きたいことを書きたいように書くためのものとして設定したので、そういうことを丁寧に残しておくことが
自分の安全地帯を作るってことになるのかなと思っている。