ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

呪いにきづく 2019.7.12

私は完璧主義なのだそうだ。
私自身は全くそうはおもってなかったので、
人にそういわれると、反発していたのだが、
幾人かにいわれるということは、そうみえるのだろうし、そうなのだろう。

私が思う完璧主義は、すでにほぼ完璧であるのに、その理想を高く持ち行動をしていくひとのことなので、すでにほぼ完璧でない自分は、その範疇には入らないと思っていた。
だから自分は完璧主義ではないと思っていたのだが、
どうもその前提が人と違うのだろうと思い始めた。
完璧主義とは、その人がどういう状態であるかは、あまり問題じゃないみたい。「理想が高く道徳的観念を持つ、自己批判的で他人の批判に過敏。」と書いてある。

「理想が高く道徳的観念を持つ」ゆえに「自己批判的で他人の批判に過敏」になるのかなとは思う。
であれば、当たっている( ´艸`)

私から言えば、自分はいろんな部分で「ある程度の標準」くらいまでは知識常識、それができる技術を持ち合わせて居たいと思って生きてきた。
日常的に人が生活をできるレベルは必要不可欠である。世間に関心を持ち、自分事として社会を見る人でありたい。
が、正直なところ、私自身のスペックはそう高くない。だから努力しないと保てない。
故に頑張る。
その姿が、他者からみると「完璧主義」にみえるらしい。
私は単に真面目なのだろうと思う。

が、子どもの頃から私以上に真面目な人たちがいる家に育ち、「清廉潔白であること」「質素倹約であること」などを美徳とする人たちからの圧を受けて、そこで愛をもらって生きるには、そうあることが美徳であることに沿わねばならなかった。

性格と環境がマッチして、より私は真面目に育ってしまい、「理想を目指して頑張るのが美徳。そうありつづけなければならない」と精神的にいつも自分を追い詰めることで、自分の存在意義を他者にも理解してもらう、、という思考になっていったように思われる。
これは、「呪い」だ。
家族からもかけられたのだろうし、自分自身にもかけた呪い。

正直、誰からも強要はされていないし、私自身が思い込んでいるものである。(当時は何か変なことをすると、祖母が嫌な顔をして「もうこの子は変人づいてから」とか言われていたので、そういう土壌はあったと思われる)

愛されるためには、ここにいるためには、認められるには、
何か行動をする時には、そういうことばかり考えていたような気もする。

それが普通に育ってきた私は、
意識していないところで、他者からどう思われるかを非常に気にし、自己批判的に自分を律してきた。自分に管理的に接してきたということになる。
そんなのひねくれるに決まってる。

子どもを産み育てる作業は、私の意識改革には大きく貢献してくれた。
環境も手伝ってくれたことと、私が私のような子供を量産したくなかった。
もっと自分を肯定でき、自分の中の光を頼りにもっと飛び出せるように。

そういう思いで、こどもたちには接してきたと思う。
とはいえ、途中途中で自分の管理的な部分も多く出てきてしまうので、
そういう時にはやっぱりぶつかってしまう。
自分が管理的だと思ってない時に、問題が生じがちだ。

「完璧主義なんかじゃないのに、人から完璧主義だと思われる」と思うような時には、
たいがい他者の目の方がただしい。
「管理なんかしてないのに」と思う時は、たいがい管理的な行動をしている。

そういうのに気づいたのは、わりかし最近だ。

私の周りにもそういう人がいる。
「自分じゃわかっている、自分はこうだ」と言い切り、
人からの言葉を絶対に受け入れない。
そういう人と付き合うと疲れる。
そういう自分を、その人を通して見せられてるんだろうなぁと思う。

この頃やっと、この生き方って、窮屈だなと思い始めた。
完璧主義がいいと思っていたわけではないが、
それを目指してきたのは、そうじゃないと生きられないと思っていたからだ。
理想を高く掲げ努力しないと、価値がない。
価値を認めてもらえない。
そういう強い呪いがある。

とけたわけではないと思うけど、
その呪いに対して、要らないなとやっと思えるようになってきた。

呪いを全うし続けることで、自分を価値あるところにおいておけると思い込んでいたのだ。これはおそらく対外的に。
でもそうじゃなさそうなので、却下してもいいのかなと私の中の人がそう思い始めている。
が、じゃあ何を頼りに生きて行けばいいの?
ってところで、立ち止まっている。

立ち止まることを許しているだけでも、私的にはかなり進歩である気がする。

「もうきついのは嫌だ」
「自分を他者を律するのはいやだ」
「そうだ。私はいつも自由を求めていた」

先日書いた自分の人生プロットで、子どもの頃に出てきた感情はいつも「自由」を求めていた。
福岡時代は、比較的自由に過ごせた時代だった。

マズロー欲求段階説の中で、
クリアしているのは、生理的欲求、安心欲求。
生物的に生きていける安心は持っている。
が、社会的欲求と承認欲求のところがアバウトなのに、
その上の自己実現欲求を叶えようと高望みしてジャンプしまくってるので、
なかなか成果が得られない。
ああ、そうか。なんで成果が得られないかが、今ここでわかった。そういうことなんだ。

社会的欲求は「愛情と所属の欲求」あるいは「帰属の欲求」とも表現されます。

 

 自分が自分であることをOKして自分を愛していいことをOKしないと、
ここは他者にいったとところでどうしようもないのだろう。

他者に頼れず抱え込んでしまうのも、この辺のひねくれたところで、
社会に他者に受け入れてもらいたいのに、できないのは、まず自己開示の仕方が不器用なところが起因してそうだ。

そういうことを今日は全く考えていなかったのだが、
今日は、私が抱えていた問題を、息子に聞いてもらったのだった。

以前だったら絶対しなかったようなことだけど、
いざ話をしてみると解決はしないが、ほっとした。
そもそも解決できるかどうかは、他者の範疇にある問題なので、相談したところで何も変わらないのはわかっていて、だから留め置いているものだったのだが、
それを私がひとりで抱えておく必要も、意味もないわけなので、
共有してもらったことで、自分だけがそれを担わねばならないという思いはなくなった。

こういうところからだな。
この年になって、幾分かいや随分と手放したことや
手放す準備段階に来ていることは多く、それだけでかなり楽にはなっている。

「こっちの方が心地よい」
「これがいい」と自分が選ぶことを大切にしたい。

選んだ先に、なにをしたいのか、どうなりたいのかは今は白紙。
いや、実際は何となく想像できるところもあるのだけど、
山を登ったところから景色をみたら、気持ちがまた変わってしまう可能性もあるから、
今のところは、少しシンプルな絵だけ描いて、要らないものをそぎ落としていく時期かなと思っている。