ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

思いをカタチにして表現すること 2019.1.27

昨日は帰りも遅くて書けませんでした~。
帰ったらすぐ、3年A組にハマってしまったので。

3年A組、面白いです。
娘からは「おかーちゃんが見てるなんて意外」って言われましたけど。
確かに、私はサスペンス系は苦手です。
人が死ぬの見るの嫌だし、血を見るのも嫌。恐怖感を感じるのも嫌。
でも、このドラマはそういうのじゃないんですよ。
血も、暴力も、破壊も、人が死ぬのもあるけどね(結果的に死んでなかったけどね)。

主人公の菅田将暉演じる柊先生が、かなり意図的に、卒業前10日に3年A組を人質に立てこもり、「俺の授業」を始める。

先が読めないストーリーって、ワクワクする。
3年A組的にいうと、#毎週日曜日はゾクゾクの日

私は、どこに本質があるの?真実は何?ってのを追求するのが好きなんだよね。

菅田将暉くんと永野芽衣ちゃんは、個人的に好きな俳優さんなので、というのもある。

あ、完璧に好きなものを語るモードになってしまいました。
おまけに会話調ですね。

===
ここから、いつもの感じに戻す。
基本、私は、「だ、である」調で書く。
「ですます」は、嫌いじゃないが、なんとなく締まらない。
「ですですです」になりがちで、どうも自分の感情を乗せにくい。
つい「~なんだよなぁ」って書いてしまう。

このブログは、自分の思いをぶっちゃげて書き、冷静にみたいから書いているので、
ですます、な会話調だと、相手を意識してしまうからかもしれない。

前置きが長い~ヽ(´Д`

昨日は、私がやっているレゴシリアスプレイのファシリテーター仲間のプチ練成会&懇親会。

 ファシリになってから、もう4年になろうとしている。
ファシリになる前、それまでもLSPはWSや講義で使ってはいたが、ファシリの研修を受けてこのメソッドが非常に深く、人間の本質のところまでアプローチできるツールであることを実感したのだった。
それで、九州地区のメンバーと月1のプチ練成会という勉強会を仲間と始めた。
もう2年強。そんなに経つのかと思った。

今回は、他地域からのゲストも多かったので懇親会も兼ねて、飲みながら2つ作品を作りシェアした。
1つめは自己紹介。
2つめは、我々がやっているものがもっと面白いものになるには?というお題。
写真は、2つめのお題の私の作品。

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緑のプレートは、普通はベースに使うので、机に置いて作品を並べるために使うものだ。

今回、私は、それを横に倒して立ててみた。

メソッドの中心となるものは、変わらず大切に真ん中にある。赤のブロックの部分だ。
これは、横にしても真ん中にあった。
最初にこれを作って、横にしても位置関係が変わらないのを確認した時、なんだかほっとした。大きなベースプレートを動かしても、真ん中にある大切なものは変わらない。
これを見た時、何をしても大丈夫。そんな気がしたのだ。

だから、そこから派生するものはどんな風に伸びてもいいんじゃないか。
裏からみてもいいし、パーツを分断して他のツールと合体させてもいいだろう。
そう思えた。

「こうあるべき」「こう使わなければ」というのに縛られずに、
メソッドが大切にしている基本の思いから外れなければ、
目的としての思いからはずれなければ、

もっと自由度があるのではないかと思うのだ。

作っていて思ったのは、
これは自分の人生における願望でもあるということだった。


作るもの、表現するものには、やはり自分が出る。自分の思いが投影される。

そして、作ったものを誰かとシェアすることで、自分の思いがより言語化されて、自分の中に落ちていく。

他の人の作品を見て、シェアの言葉を聞いて、なるほどと思う。
共感したり、刺激を受けたり、する。表現の仕方もそれぞれだ。

今回私がこの作品を作るに至ったのは、
私の素にはなかった要素がたくさんある。

学生がこういうベースプレートの使い方をしていたこと。
誰かがこんな立て方をしていたこと。
それらをみていて、自分もやってみようとふと思って作ったという経緯がある。
自分の全くのオリジナルではない。
が、そういうやり方があるんだと思い、それを使うことは知識を得て活用することだ。
それが自分の言葉で解釈されるなら、それは自分のものになる。

長年やってきて、やってきたことは無駄になっていないなと思った。
私にはなかった視点が、私のものになっている。
それは嬉しい驚きだ。
自分もまた変化できている。

ファシリテーター同士で、「そのモデルは面白いね~」なんて言い合いながらのシェアも、「あの表現いいな」とインプットされていくので刺激を受ける。
あの表現、私のいつに出てくるのかな。昨日も面白いものがたくさんあった。

こういうリアルな勉強会で、手を動かし作ることは、私たちの血肉になるのだと思う。
お互いを知ることもだし、相手が自分の鏡になってくれることも、大いにある。

病気の時には一時お休みをしたが、
この会にはできるだけ参加していきたい。
そして、このメソッドを使ったものは、広く世間に広めたい。
これで生きづらさを感じている人が、少し楽になれるような気がしているから。
実際私がそうだから。

どう広めるかが問題だ。
私の仕事として、やっていけるのがベスト。
私だけでなく、チームで広げていけるのが理想だ。
私の漕ぐ船に乗ってくれる人はどんな人だろう。
どんな人を私はクルーとして載せたいのだろう。