ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

激動の1年を振り返る

昨年の8月12日、娘とその彼が来ていて、それにあわせて義母も来福、実母も一緒にご飯を食べようと言っていた。
夫は入院中。

母から2時くらいに「体調が悪いので今日はやめておく」という電話が入る。
心配になったので4時くらいに見に行くと、カーペットが汚れた状態になっている。ぐったりはしていないが、どんよりした母。昼までは元気でサラダも美味しく食べたそうだ。化粧もしていたので、今日を楽しみにしていたことがうかがえた。なので突然の体調不良。
少し話をして、救急車にきていただくことにした。

そこからが長かった。
一番近くの最寄にしている病院(夫も入院している)に搬送し、とにかく検査。
長い。そして、検査結果にいろんな不安定な数字が出てくる。
複数の問題があったようだった。
そして、緊急オペという。
元々母は人工血管にしていたのだが、その詰まりが緊急だという。足が冷たいのは触ってわかっていたが、壊死する可能性があるくらいの詰まりがあった。

その日のブログ↓

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その次のブログ↓
このブログによると、母の1回目の手術から1週間で再度手術したようだ。
その間に夫が退院するも、予後が悪く、家でげろげろ状態。救急車を呼んで救急搬送もした。
前の入院先には断られ、違う病院に。そこで注射が効き、あっさり帰宅できたが、その後も不調が続くため、いろんな手を尽くして久留米の病院に入院させることができた。
そうだ、そうだったね。この辺はブログには詳しくは書いていない。
でも、とても大変だった。患者の会の事務局の方にかなり力になっていただいて、久留米につないでもらった。

夫は透析患者になりたてで、救急病院からその透析の病院に主治医が変わった。
そうなると、透析の病院から、「うちでは治療が難しいので、お願いします」という一筆が要る。それを透析の病院から久留米に出してもらうまでが一苦労。患者の会さんに何度も相談を入れ、どうにかうまくいった。
この時のことはとにかく大変だったので、あまり思い出したくもない部分だ。


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 夏は私の仕事も一番のピーク。
合宿研修が大きなヤマ。
アドレナリンが出ていたのか、「意外と体調いいじゃん」と思ってこなせていた。
9月8日までは。
9月8日の夕方からいきなり壊れてしまった私の身体。
(9月に入ってぎっくり腰をやっていたらしい。もう前兆はあったのだと、今更知るw)

改めてブログを読み返してみると、「そりゃあ、壊れても仕方ないよ」と思うくらいのいろんな激震があっていた。そもそも私は心身敏感な人だけど、「どうしようもない。やるしかない」という風にすべてを抱え込んでいた。

次のブログ↓

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病院に行き「感冒性胃腸炎」と診断され、この後10月11月12月と、1ケ月に1回以上、同じ症状を繰り返した。
免疫が低くなっているから仕方ないのだろうと思いつつも、自分の身体に絶望感を覚える。
感冒性胃腸炎は、おなかが下っている間は食事を摂らない方法で治す。月の1週間から10日はこんな感じだったから、体重がどんどん減っていった。
1月頭までに10キロ近く減って、これはなんか違うよね、、と心療内科の先生に相談したら感冒性胃腸炎ではなく「過敏性腸症候群」ではないかとの見立て。まさかの誤診!?
お薬を処方してもらい、そしたら随分と治ってきた^^

痛めつけるだけ痛めた私の身体。
時間はかかっているが、今年頭から体の方の本当の状況がわかったので、対処の仕方もみえてきた。
あれから8ケ月ちょい。
痛めつけてきた年月が長いからか、私の心身はまだ「怖いよ|」って対処ばかりしようとする。
それでも、1年前のブログを読んでいると、私の向き方は随分と変わってきた。
以前よりも、抱え込まなくなった。
自分のできる範囲に、あきらめを持つようになった。
随分と手放した。頑張らなくちゃ評価されないと思っていたけど、
評価されなくてもいいや。自分の身を優先しようと思えるようになった。
この8ケ月を有した結果、私の環境はちょっと変わった。
変わらざるを得なかった。
一日の過ごし方も変わった。
自分を優先するようになった。

私は体得するまでに時間がかかるタイプだ。
私の頭はいろんなものに縛り付けられているから、
からだから納得させないと、頭が納得できないところがある。
逆もある。
劇的に変わる人もいるんだろうけど、
私は、時間がかかるんだろう。
でも、もうすでに変わってきているところもある。
そういう部分ではすでに願いは叶っているって気もする。
からしたら、心身共になんとすっきりしていることか。

コツコツとやるしかないのだ。
開き直り、自分を愛する信じるという道を進むには。

この間、母親は5回の手術をし、転院を繰り返し、老健を経由して、先日から特養にお世話になることになった。

母の部屋や荷物を処分し、位牌はうちに引き取って、毎日お参りをするようになった。
母の部屋の退去をすることは私に大きなショックを与えたが、位牌がうちに来たことで、おまいりをすることは私の毎日のよりどころにもなっている。

体調の問題もあるが、外にお参りにいくよりも、自分の先祖にまずおまいりをすることを優先している。
これはどっちがいいのかわからないが、自分をまず優先することにイメージ的には近い。

時間は有限で、からだの無理をしてまでおまいりにいくことを、神様だって仏様だってよしとはしないのではないかと思う。
今は、自分の足元を固める期間なのだと、思っている。
涼しくなって、お散歩が普通の時間にもできるようになったら、氏神様にもまた行こう。

うちには宮地嶽様もいらっしゃったらしく(先日夫に聞いて発覚した)、毎日そちらにもおまいりしている。

長くなったけど、1年間の振り返り。
私にはこうして振り返って書くことは、自分の気づきになるので、必要だなと思っている。
思いを言葉にすることは、絶対的に必要だ。
家族以外と話をすること自体が、減っているので、特に必要だなと思う。