ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

人生は物語だ Happy日記0623 

自分の中で準備は終わった。
あれこれやろうと思えばきりがない。
自分の気持ちが落ち着くところまでを、
時間=自分のペースと相談しながら、
のある程度。

心配性の私は、用意万端を好む。
でも、それで身を削って身体を壊して消費してしまった。
それはもう本末転倒なお話。
これは繰り返したくないと、真剣に思うので、
とにかく「自分が大事」だと思うことを繰り返す。
心配を消すための浪費をやめて、
自分が幸せになる時間を作るのを優先したい。

物語が好きな私。
物語の何が好きかというと、
伏線があることに気づいたり、
何かの教訓や示されている直接的でないものに気づいたり、
というのが一番好き。

単純にストーリーに身を任せて、
「どうなるんだろう」のワクワク感も好きだ。

登場人物になりきって、思いを寄せたり、
他者の人生を生きるのも好きといえば好き(これは言いも悪いもある^^;のでこういう書き方をしておく。

そもそも私は童話が好きなのだが、
それは単純に純粋さがあるからというのもある。
若者系の純粋な思いで突っ走る系が好きなのも、
多分そこに私の憧れがあるからだと思う。

そんな私がしばらく物語が苦手になった時期がある。
何も浮かばない、何も考えられなくなった。
ワクワクするストーリーは、考えろと言われれば言われるほど、全く浮かばず頭の中には白しか浮かばなかった。

多分自分の中で強制力が働くと、
自分の中のクリエイティビティが押し黙る。
これは他者からの強制とは限らなくて、
私の中の「ねばならない」モードが働くと、
「うまくつくる」という意識が作動して、頭だけで動かしてしまうから、頭が潜在意識と連動しないと、私の中の大いなる知恵とのアクセスが切れる。

人生は物語だ。
ポジティブに考えなさい。やりたいことをなりたい自分を、といわれても、
素直に作れない自分が居た。
そもそものなりたい自分なんてないんじゃないか。
たいそうなものを設定したがるのが私だ。
理想が高すぎるので、こう在りたい、こんな社会にしたいの設定も難易度としては高いのかもしれない。
そういう高いハードルを設定すると、
まだよちよちジャンパーの私は、途端になにをどうすればいいのかわからなくなる。
道を設定するための目標設定なのに、逆に迷路をいっぱいつくってしまいそうになる。

生きることを、苦行にしてはいけない。
迷路に入ったら出られなくなる。見えていた道が逆に見えなくなる。そういう時は一旦コースアウトしよう。そう思って、一旦目標とそこに至る道の選択をやめた。

そして今、目標も含めて再構築中。
一旦目標(こうしたい)は作ったが、結局前と一緒になってしまいがち。
それならばと、今度はそこまでの行き方を変えてみた。つまり選択する際のポイントを変えてみつつある。
苦行スタイルや、「こうだと正解に近いかも」というのではなくて、
私自身の「こうだったらいいな」くらいでまずはいく。
そんな感じのライトさと中途半端さで、
少しでもワクワクしながら歩ける道を歩きたい。

そしたら、客観的には無謀に見える道でも、自分らしく歩けば自分も納得して力が出るような気がした。
ちょっとした気の持ちようと、行動を変えるだけだけど、
これって簡単ではない。
それでも、自分が信じる明るい方に、自分の感覚を信じて進むしかないんだと思う。

明日は今日よりももっといい日。
おやすみなさい。