ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

過去の自分を罰しない

寝る前のお薬を飲むと、あんなに日中辛かったおなかの痛みが落ち着き、眠れた。
それまでの時間は、夫に胸を借りたり、気を紛らわせていた。

先祖の皆様には、ご成仏にあがってくださることと、私の痛みのように胃腸を患われた方のためにお水とお薬をあげて、「大丈夫ですからね、これで治りますからね。」という言葉をかけて、お参りをする。
亡くなった方は時間という概念がない世界にいくという。
こちらの都合もないし、向こうも「今!」ということでメッセージを投げてこられる。
でも受け取る私は、時間の流れの中で「今」に生きているわけで、いきなりいっぱい投げられても、しかも元気じゃないと受け止めることも無理で。

今の私の状況や意思を必死に伝える。
「こんなに痛みがひどい状態では、先祖供養しようと思ってもできない」
これは本音。
「ご成仏に上がってください。お楽になってください。私の応援をしてください。今を生きる私がよく生きることができるように、応援してください」
そして
「家系の理があったとしても、それを引き続く必要はないと思います。私はここで切りたいです」と宣言する。

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家に母家からの仏さまを引き取ったこと、家系のあれこれを知り先祖供養に向けて整理したことで、おそらくダイレクトに私はいろんなものを受け取ることになった。
敏感な私には、なかなかに辛いことだ。

でもそのことは、私が手放せなかった思い込みに気づかせてくれることになった。(多分)

昨日までの1週間、胃腸の痛みがどんどんひどくなっていき、昨日かかりつけで一旦みていただき、診断と薬の処方があった。
正直なところ、あまり変わらない印象があったし、「死ぬのかも」と思った。
でもこのまま死んでも、辛いままは嫌だ。いつかは死ぬのだけど、ちょっと違うぞと。

ここ数日、自分の中からもメッセージがきている。昨日のは、ブログに書いた。

今朝は、朝から調子がよかった(悪くなかったw)。
痛みはある程度落ち着いている。ほっとする。
22時半に寝たからか一旦6時台に目が覚める。健康だ笑
ぼーっとできていると、体にもダメージがないんだなぁと思う。

歯磨きをして、仏壇にお供えをしてお参りして、黒糖ココアを飲む。
朝バナナというゼリー飲料を飲む。このくらいならいける。
黒糖ココアも朝バナナも、まあおいしい。
こういうのが「今」だなと思う。

息子を送り出して、ニットを洗ったりトイレを掃除したり。
調子が良い時にやれることを、やってみる。
今日はいい天気だ。

息子を送り出した夫も寝ていたので、私も体を休めるためにベッドに入る。
たいがい寝ているので眠気がなく、思考がぐるぐるする。
思考が動き出すと、胃腸が若干不穏になる。

思考が「!」というようなことを考えつく。過去のことを現在や未来につなげてしまうのだ。「ありえない!」と跳ね起きた。
本来なら、ここは「そう思ってるのね」と流すべきところだろう。
「まさか」「そうなったら」という不安になりかける。
でも少し冷静になってみる。
ありえないことだ。
ありえないことで、自分が不安になり、自分の身体を痛めつけるのは間違ってる。
そこまでは、今までも思ってた。

私はじゃあなにがしたいのか?
なんで私は幸せへの一歩を、もう祝福も許しも得てるのに踏み出せないのかというと、
私は過去の自分を責めることで、幸せへの一歩を踏み出そうとしていたのだ。
痛みを得ることで、何かに許しを乞うていた。
でも、自分の過去を罰したところで、その関係者も私すらも癒されない。
これで何か解決するのか?
しない。

それにはっとした。

じゃあ、私は「今」何をすれば?
と思った瞬間に、「夫に家族に感謝をする」という言葉にいきつく。

私のお腹を気遣い、寝ながらでもおなかに手を当ててくれる夫。
彼にわたしの思いをぶちまけてごめんねごめんねと言うのか?
そうではなくて、「今」私がどう思い感じているかは、「夫に家族に感謝をする」だ。
この言葉を思いついた時、胸がスーッとした。清浄な空気が流れる。
これなんだ。

「今を生きる」という言葉は、いろんなところで見聞きしてる。
「事実に対して、今、自分はどう感じているか」しかない。


やっとそのことに体感できた。

今、体調は悪くない。
もちろんこれだけ痛めつけてきたし、実際こんなに痛んできたので、検査はしっかり受ける。今日主治医のところに行き相談する。ここでは私の意思と思いをとりあえずぶつけてみる。
医療的にちゃんと事実を見ることを意思として伝えたい。聞き分けのいい子になって帰ってこないw

今更だけどね。でもここまでこないと私はそれに気づけなかったのかもだ。遅くはない。
昨日育子さんが「今日が一番若い日」と言っていたけど、ほんとだと思う。
気づきから新しい行動を始めたらそれが一番若い日なのだ。