ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。最近は私の体調(うつ病)や難病(ファブリ―病、大腿骨骨頭壊死)の夫との近況についてがほとんどです。

Happy0403

・火曜日は整骨院ピラティスの日。
今日は整骨院の前に、15分間酸素カプセル。無料チケットを使わせてもらった。
怖くなかった!抵抗なく入れたのが嬉しかった。
腹式呼吸をしながら、ぼーっと入ってた。気持ちよかった。
酸素が体に回ったかどうかは、よくわからない。

・骨がずれてそうな気がしてて、整骨院で調整してもらう。
そこまではひどくずれている感じてはないらしい。痛みがなく動けるのが一番。週1診ていただけると、自分でも気をつけることがわかるのでありがたい。

ピラティス。今日も地味だったがきつかった。
左肩が固まってる。心の緊張状態が体にも響いてる気は大きくする。
それでもこうして伸ばしたり、アドバイスもらったりできるので、この週1運動は必須。
体の現状維持のため。
伸ばすことの気持ちよさを感じるため。
先生やみんなと笑い飛ばす一時間の楽しい時間。
大事だ~。

・母の病院で、2時間母との時間。
こうしてゆっくり時間を取ってそばに寄り添う時間も、なかなかなかったんだよなぁと感じる。
母は他人にはなかなか心を開けない人なので、せめて私たち子どもとの時間で安心してもらいたいなぁと思う。
今日はいろんな話をしながら、彼女の心配ごとをひとつひとつほぐしていった。
少しでも明るい方に、目が向きますように。かたくなに抵抗するのは、意志があるからだろうと、師長さんも「もう少し早めにわかってあげられていれば。」と言われていた。謙虚さの裏には我慢がある可能性がある。「いいんですよ。大丈夫です」という言葉の裏には、実は「本当は大丈夫じゃない」「わかってほしい」があるような気がする。
母を通して自分をみせられているような気がする。

今日は「大丈夫よ」「おかあちゃんにとってよくないことは、絶対私たちはしないから、大丈夫」と何度も言った。
信頼がなくなると不安になるのは当たり前だ。
それでなくても、自分の身体が思うようにならないことに対し、不信感が募っているのだから、話を聞いてあげること、要望にこたえてあげること。今日できる限りのことはやって帰ってきた。
母の胸でちょっと泣いてしまったけども。
もっと早く甘えておけばよかった、母に。
母に「もっと人に頼っていいとよ」という言葉は、私にもブーメランで帰ってくる。
そういう経験ができているのは、幸せなのかもしれない。

・夜は、家族で遅い私の誕生日会と息子の合格祝い。合格祝いは何度目だろうか。
今日はすき焼きを食べに行った。
とろける肉!
昼を食べる時間がなかったので、おなかはとてもすいていて、いつもよりもたくさん食べることができた。美味しい時間を過ごせたことが満足。

・娘の帰省について、夫に話を聞いてもらった。
親として自分の気持ちで彼女の帰省をずるずる引きずることはしないでおくのがいいのだろうが、頼りたい。彼女がいなくなることに対しての私の不安があることを伝えてみた。
いつまでと伝えてやらないと、彼女自身では決められないだろうという、彼の言うことは至極まともで、そうだよなと思う。
物理的な手伝いの目安もつけて、私の気持ちも含めて、明日彼女に話そう。
私の気持ちはそれですめばいいのだけど、どうなんだろうか。
最後に一日何か一緒に楽しめるといいのかな。悔いのないように。
なにしようか。

さて、明日は私自身の病院。
自分のための時間、しっかり取ろう。


明日は今日よりももっといい日!いい日にしよう。
おやすみなさい。