ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

もやもや感。

もやもやする。
進んではいるはずなのに、もやがかかっているかのようだ。

やることを粛々とするしかないのだけど、現時点がみえないとエンジンがかからない。
痛くて辛い時よりも今の方が100倍楽。
だからそれを楽しめばよいのにね。
足の冷えに、どうしても不安を感じてしまうからなのか。

先日、久しぶりにあった彼女が、手術後の状況を「手術前の私が、あの辛さを知っていたら手術はしなかったと思う」と言ったのは、よくわかる。
いい方に人は賭けるから、チャレンジするのだ。
今より素敵な状況にきっとなると思って、願って、チャレンジするのだ。
もしつらい状況が用意されているとしても、それはどうにかなる、変わるかもしれない、変えてやると信じるのだ、自分を。

今朝、夫がまたダウンした。
今回は立って歩けず、何度も転ぶという新手のものだった。
痩せたとはいえ大の大人の男を支え切れるほどの力は私にはなく、
息子が登校前でよかった。息子にどうにか支えてもらってトイレに座らせる。

前の日から私は冒頭に書いたような感じで、
すっきり治った感じがしない状態。でも痛くはない。
何を今すればよいのかわからない。道に迷っています状態で、
眠りについたからか、朝起きていようと思ったけど、眠くてたまらない。そして身体が寒い。
なので、もう一緒に寝てしまった。
気づくと12時過ぎ。

今日のこの状態で夫を置いて外出するのは危険。
今日はピラティスの日だったけど、お休みの連絡を入れた。
私の身体にとっては、ピラティスを休むのはマイナスだけど、
私の精神にとっては、ピラティスを休む方が正解だ。

息子の帰宅後、お参りに出た。
今日で16日目のお参り。これが習慣的になっていてよかった。
そうでもなければ、うつうつと家にハマっている数日になっているだろう。

歩いて神社やお地蔵さんまで行く。
淡々としたこの動きがきっと私の動きで在り、運動にもなっているはず。

私は私の道を歩くだけだ。
とは思いつつも、八幡様で私は、今日はどうしても一番には夫のことをお願いした。
気になるからだ。
私のことをあと回しにしてるわけではなく、
私のこととして一番そのことがのしかかってくるから、
言わずにはいられないのだ。
「夫が苦しんでいるのを見ると私は辛く悲しいから、だからどうにか彼が健やかなる健康を取り戻しますよう。」
そしていつもの自分の身体のこと、やりたいこと。自分を大切に生きるというチャレンジをしてみたいことを、お願いする。

悩みながらも、心は決まっている。私は私の人生を、新しく設定した自分の人生を歩むのだ。
明日は、もっとすっきりした朝を迎えたい。