ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

怒涛の波の後は~その後その①

金曜日、起きてメールチェックをしていたら、夫からメール。
「土曜日退院します」
はい?
あれだけ大変な思いをしてようやく入れた病院なのに?
大丈夫なの?

即電話。
「大丈夫なんじゃない?」
相変わらずである。

しかし、帰ってきてもらっても今の私の状態ではケアなんて絶対できない。
それで、「実は、、」と昨日の顛末を話し、「そういう状態なので、私はあなたのケアは出来ない状態で、逆にケアしてもらわないとという状態なのだけど、大丈夫?」とお伝え。
大丈夫じゃなければ、退院は出来ないだろうから、大丈夫なのだろう。
明日は土曜日なので、息子が迎えに行くことになった。

私を襲ってくる不安はまあ原因が想定できるとして、
お腹の方はちょっと診てもらった方がいいかなと
かかりつけの近所の医院に行き、「おなか痛いんですけど」というと、即マスク。
「下痢してます?」「はい」で隔離。消毒。レントゲン。血圧測定。で、お薬と点滴。
前にもやったことのある「感冒性胃腸炎」という診断。
おなか風邪とか嘔吐下痢症とかいう。
今回嘔吐はないけどむかむかするのは続いているのと、下痢が決定的なよう。
「うつるけん、注意ね。前にもしたことあるやろ。ちゃんとしとかな」
って先生が帰り際に声かけてくれるくらい(;;)
先生の診察はほぼなし。
ううむ。まあそのくらい症状で断定されるということか。

ということで、3日絶食、以降すこしずつ重湯から慣らしていくという食事療法をすることになった。
はい、もう何回目かな。
確かにこれ徹底したほうがちゃんと治りはするので、従うことに。
(これ書いている時点で診療から3日目。
OS1とおさゆ、一日1パック黒米母湯で頑張っている。
だいぶ回数も量も飲めるようになってきた。
なぜかトイレに行きたくなるので、行く度にまた飲むの繰り返し。)

腸になるのだろうか、おへその2,3センチ上くらいから下がまだ痛い。
喉が少し腫れているせいか、一時期下がった熱も7℃ちょっと。
まあ熱は少しある方が低体温の私にはいいくらいなのかも。

さて、話は戻ってその前夜、育子さんにカウンセリングしていただきました。
育子さんと話をすると、魂の話がかなり出てくるし、
おそらく私のこのパニック的なものや痛みも絶対リンクしているはずで、
そこを取り除かないと体も治癒にたどり着かないのではないかと思ったのです。
原因を絶たないと、と思うのは私の癖かもしれないんだけど。
もう待てないほどしんどいからというのが大きい。

育子さん曰く、
私は数秘学的に「6」の人だそう。生年月日や名前もとにかく6が多い。
で、この「6」というのは妊娠するとかはらむという意味があるよう。
妊婦さんのおなかに似ているものね、6って。
このところ、妊娠する夢をみたことがあって。
何を産むんだろうと思っていたところでした。
2月に産むらしいんだけど(夢では)。
私が生み出すものに悪いものはないはずなのでw、
後生み出すことでその他の汚いものも排出することができるので、それも期待。
しかし、それには苦しみを伴うというね。
本当に産むわけじゃないので、その苦しみ自体は外したいものです。

さて、その6の数字を持つ人は、母的、共感力が強いのが特徴らしい。その通りです。
その他言われた私の魂の設計図は、
・人に施すが、自分が実質的に満たす(=動いて成果を出す)ことを望む。
・責任感強すぎ。
・家族大事。
・とにかく人に献身。世話焼き。
・人と人の調和が大事。
・そのためには自分を犠牲にすることをいとわないところもあり。
・故に周りに影響を受けやすい。
・敏感。
・自分を通してバランスを取ろうとする。
・人の痛みを知ろうと、自分に落とし込んで解決しようとする。

言われることが当たりすぎている!
献身的とかパブリックとか、その前にも育子さんには私のことを
そう表現されていたけど、まあそう本当にそう。
だから、NPOやらソーシャルイノベーションやらやっているし、
非常に気になる分野だ。私の目指す世界は、頑張る人が無碍にされない世界。
頑張るみんなが評価され、安心して暮らせる社会。
マイノリティが泣きながら暮らさなくてもいい社会にしたいんだよね。
が、しかし、そのためにあまりに献身的過ぎて、
自分のことを後回しにするようなところがあるのも確か。
正義感と共感力で私ができていると思うくらいこの二つは、
私を構成する要素なのだけど、
ここが重なると自己犠牲を産む場合が大きいわけで。

育子さん曰く
「堪忍袋の緒が広すぎて、そこが腐っていても自分じゃ気づかないような
ところがある。腐れていたとしても、調和するならOKとするようなところがある」とのこと。
はあ、なるほど。本当にそうです。
で、
今世は、自己犠牲にならないというチャレンジをしているよう。
そこはせめぎ合っているので、大変なチャレンジではあるけど、
これしかないというのは顕在意識の自分も思っていることだ。

育子さんには、「戦場の第一線で、怖くて絶望感を持ちながら、
それでも素手でたちあがってしまう」という言い方をされたが、
それものすごくイメージできる。戦国武将なら一発でアウト。
本当に勝つためには逃げてでも次の戦略を練るという戦法に行くべきなのに、
正義感や「こうあらねば」が強すぎると自ら犠牲になることに走ってしまう。

これの一つの原因は、自分じゃ方法論がわからないことにある。
今の日常的にもそうだけど、私は行きたいところはわかってるけど、
やり方がわからないことが多い。
正義感と共感でせめぎ合う時に「こっちだ」と判断できないことが多い。
だから、泣きながら義を貫いてしまう。
義を絶対貫きたいわけでは本当はない。
本当は私だって幸せになりたいのだ。
でも私だけが自分の幸せを望んで逃げたら後はどうなるの?
とついつい思ってしまうのだ。
直虎を見ているとめちゃくちゃ共感してしまう。

一人で決めなきゃ、一人でやらなきゃという固定観念が強いのも、手伝っている。
私の特徴が他者が要るゆえの「調和」を保つことなので、
これというスキルで表現できにくいのだ。
具体的な成果が見えにくいものは評価されにくい。
なので全部自分で、とか自分がやっているということでしか成果を測るすべが見つかってないことも問題。
社会的にも私がやっていることはとても大事なことだと思っているが、
数値で測れないのでアピール力が弱い。
このことが自分を肯定できないことにもつながっている。

そこは自分でもわかっていたけど、他者から聞くとやっぱりそうかと思わざるを得ない。

さて、またこの魂の癖以外にも、私の中には特徴があるらしい。
・衝動的
・むじゃき
・こども
・すねる
・やだやだ
・無責任
・表現したい
・得意な表現方法で表現する

上と真逆ともいえる部分で。
そして、確実に私はこれを持っていることもよくわかる。

上と対比するならば、母とこどもだ。
つまり、母的な自我とこども的な自我を私は持っているということになる。
後者はインナーチャイルドと言われるものだろう。

この子はすごいパワーを持ってることは私も知ってる。
小さい頃の私であり、そのエッセンスを持ち続けて私の中に存在している子でもある。私の核ともいえるのかもしれない。
「とにかく子どもである、というのが特徴で、
「本当のこと」が知りたいと思っている。」と聞いて

なんでだろう、これの本当はどこにあるんだろうって、私は常に考えていた。
そのことを思い出した。昔住んでいた家の情景が浮かび上がってくる。
3歳前後だろうか。
安心していろんなものから本物を見たかったけど、できなかった。
うちは家が厳しかったから。
私が興味を持って何かをすると「すぐそんなことして!」と怒られていた。
本家だったから特に祖父母にはやられていたなぁ。
私がちょっと変わったことをすると母が叱られることもわかっていたので、
私はとにかく和を重んじる子になった。
名前に和がついているのも、調和を大事にするようにという意味だと聞いたことがある。
そうか、あの頃から私は自分を壺に入れてきたのだ。
少し大人になってくると、まあ自分でやりたいこともできるようになる。
で、大学生で事故り、足の大腿骨を折り全治半年というのをやってしまった。
自分の身が痛いのは仕方ないと思った。
辛いけど、「これで大難が小難になったかも」なんてかなりポジティブだった。
でも当時一緒に住んでいた祖父母には大きく迷惑をかけてしまった。
治り掛けの5か月目でまさかの再骨折で再度手術。
この時にはもう息をのんだ。
私のせいでまた祖父母が大変な思いをすることを本当に申し訳なく思った。
私のせいではきっとないと思ったけど、私の行動は人に影響を与えてしまうんだとつくづく思った。

そんなことを思い出した。

この子を救ってあげることで私自身が救われる。
手立てが見つかると、ほっとする。
「なにがほしかったの?」「ここにいていいんだよ」から始めればいいと
育子さんは教えてくれる。

”欲しいものを与える”こと。
インナーチャイルドちゃんが好きなことは、
食べる、行く、会う、聞く、話す、書く、わかってもらうより言いたい。←これってよくわかる。私もFB記事はがんがん上げるしシェアするけど、誰がいいねしてるとかコメント上げてるとかあんまり関係ないもん(笑)
自分の中を整理するとかとにかく人に伝えたいとかその思いの方が強いんだな。
今書いているのもそのため。

で、大人な私は、その子を子育てするように相手をしながら、
しつけもしなくちゃいけないという。
こどもは大きなパワーを持っているから、しつけをしないと暴走する可能性があるとか。甘やかすばかりでもダメなんだな。
まあ私は厳しい方なので、その辺は大丈夫な気がするけど、
どっちかというと甘やかすのが苦手かもだ。
そこはでも声をかけ続けなきゃだな。かなり無視してきているので、すねてそう。

でもこちらは、やることがイメージできるのでいい。

問題は、魂さんの方だ。
この魂という人たち(人ではないけども)は感情抜きだからややこしい。
それについてはまた次の投稿で。