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ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

宗像大社に初めて行ってみた①

初めて宗像大社に行ってきた。

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【巡禮記_宗像大社】       
宗像三女神 
田心姫神(たごりひめのかみ) 
湍津姫神(たぎつひめのかみ) 
市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)を祀る 
この三宮を総称して「宗像大社
 
日本各地に七千余ある宗像神社、厳島神社
および宗像三女神を祀る神社の総本社。   
須佐厳氏の先達(お参りの道案内)で
ご一緒いたしませんか?

という綾さんの企画。須佐のおっちゃんが先達です。先達がいらっしゃると、そこに祭られている方がどんな方で、どんな祈りをすればいいのかをお話くださるので、なんとなーくぱんぱんってするのではなくて、ちゃんと願いや祈りを持ってお参りに入りやすいのです。

私にとっては、このあたりの地、神社には少し思い入れがある。

私が19歳の時に亡くなった父親が、いろいろご縁があって通っていたのがこの地。
宗像大社、馬頭の観音様、宮地嶽神社

馬頭の観音様、宮地嶽神社は私も一緒に行ったことがあったが、
宗像大社だけはなぜか機会がなかった。
だから、今回のタイミングは、やっときた機会だった。

でも、参加しようと思ったのはそれだけではなくて。
これまでは、宗像大社が三人の女の神様を祭っていることすら知らなかった。
最近、世界遺産の話で、盛り上がってきて知ったくらい。

今年に入って、須佐さんに太宰府詣でを勧められたので、数回お参りしているのですが、
その中で浮島にいらっしゃるいちきしま様に勝手にシンパシーを感じてから、少し気になっていたのです、本社が。太宰府の浮島は分社なので、本社に行ってみたい気持ちもあり。

いちきしま様は、弁財天様と同一視されている神様。
財宝、美、芸能がキーワードかな。七福神で琵琶持ってる女性の神様ですね(インドじゃ戦闘の神様で性格的には違うらしい)。

上の写真のところは本殿。いちきしまさまのとこです。


で、お参りをする時、須佐さんから「これまでのあなたを通り過ぎてきた男性のことを思い出して、どんな関わりを持ってきたか、どうしてその男たちとうまくいかなかったのかを、包み隠さずいちきしまさんにお話ししてきなさい。」という指令。
「えっ、それって思い出せないかも・・・」と指折り数えてしまった私ですが^^;
「時間をかけてじっくりやりなさい」とのことで。
ホントに正直なところ、もう思い出せない状態だったりもするのです。時系列があやふやだったり、名前が出てこなかったり。。でも主要な人、思い出す人が関わりが深い人なわけで、、、お話してきました。
この作業は、自分の男性とのかかわりを客観的に見る作業。
手を合わせながらまず思い浮かぶのは、男性に対して「こんな私でも好意を持ってくれるのがうれしい」という卑屈な根性があること。
選んじゃいるんだけど、その自分の選択が途中から自分本位じゃなくなるんだよな。
なんてこともわかってるんだけど、結局は自分に自信がないことの表れで。
それから「○○さんとは、私が彼の弱さに耐えかねて関係を断ちました、、」なんてことをブツブツ言っていると、次の人も次の人も、、結局そうで、それがだんだん後になるにしたがって「男の狡さ、勝手さが目について、それに気づいたとたんにひゅーっと覚めてきた自分」を回顧・・・。

宗像大社は「祓い清め」をするところだと、須佐さんは言われます。
外から来たものとかというより、自分の中にあるものをちゃんと出し、嘘をつかないこと、それでどうしたいのかを言う場。それが祓い清めなのだと。

願いや祈りを口にする前に、まず自分の中にあるものを一旦出さないと、自分の願いが本当にそれなのかがわからないことがあります。
これが本当の願いだと思っているけど、実はそこは表面的な部分で、本当の願いは実は隠れたところにあったりする。だから、一つ一つ洗い出していく。そうすることで、その事象のつながりがわかったり、奥にある自分の思いがするっと出てきたりする。
・・・私が、仕事でやってること、その通りのやり方なのですよね。これ。

さて、ここで、一緒にお参りした方が号泣されはじめ、ああ、思いが出てくるとそうなることもあるよね、、って思っていたのですが、なんだかそれだけではないようで、
手が震えて、なんだか形相が変わっている。。。

今回、ご一緒していた霊能者
のまなさんが、除霊して正気を戻して、、ということをされて、

彼女は戻ってこられました。ああ、よかった。

何が起こってるのかよくわからなかったのですが、こういうことだったらしい。http://dragon-eye.jugem.jp/?eid=3037


その様子をみていて、怖い気持ちってのが湧かなかったなと今更それが不思議な感じ。
私の中で、封印している思いがあることを自覚してたんだけど。
それが封印されたままだからなのか、年月経って強くなったからなのか、それってちょっとわからなくてもやもやしている。???って感じ。


父が生きている期間って、ちょうど私も一番敏感な時期で、いわゆる「うけやすい」状態だった。
巫女体質とか言われていた。すぐ具合が悪くなってしまう。それが霊のせいなのかなんなのかわからない。原因がわからない。だから私は、こどもの頃はとにかくおびえていた。自分の心持では自由にならない自分の体調が怖かった。
今思えば、そういう恐れが症状を作っていた可能性もあるのだけど。ともかく「理由が自分でわからないものは対処ができないという問題」と本当にずっと戦ってきたように思う。

父は、私のそういうのも含めて、うちの家系の問題をちゃんとすると言って、
だから先祖供養をはじめ神様事をやっていた。
私は言われるままに、毎日の夢を報告したり、その神様事関係のことについていったりしていた。
この手のことをやる大変さも知っていたし、それ以上に私自身のからだが大変だったから、
神様事やそういうスピ系のものは深入りするのは興味はあるけどやっぱり怖かった。
父が矢面に立っている時は父が受けてくれるから、私には流れ弾しか来ない。
でも父が亡くなってからは直にくるようになった。

そういう時が感覚的にあったので、私は自分の中でこの敏感な自分を隠すために扉を閉めた。
意識的ではなかったけど、自分が気づかないふり、知らないふりをしてすごした。
その後いろんな機会があったが、閉じた自分だから、表面的になにをやっても何も変わらないという状態で時が過ぎた。

今回浮霊にあってしまった彼女を自分と重ねることがなかった今回に、
安心している自分と、??というのも感じている。
この??ってのは、処世術がうまく身についているのならいいのだけど、閉じた弊害が大きいから。
開くことに対する恐れが、大きくあるから。
でも、やっぱりこれかぁと感じる自分に、昨日気づいてしまった。
いや、うすうすは感じていたことだったんだけど、男性に対する怒りだと思っていたんだよね、これって。
それも確かにあるし、大きいんだけど、そのベースにはおそらくこの私自身の外からの刺激に対する恐れが一番あるのだろう。
私は巫女体質でも何でもない、とかの原因がわかってしまえば、これ自体は解消するのかもしれないなとも思ったりもするのだけど、そこらへんが正直今の私にはわからなくて。
ただ、やっぱり男性に対する怒りの中に、父親に対する思いもあって。これは昨日はっきりした。
ここに蓋をしていたのは間違いなく。
昨日父の日だったからか、、、なくなってから父の日に目を向けることなかったし、仕方のないことと処理しようとしていた私の中の辛い思いがいっしょくたんになって溢れてる感じがしてきて、もうそれからは胸に苦しさを感じていた。息がしづらい。
今回の彼女のことをきっかけに、父親のこと、父が神様事をしていた時分のことが妙にがっつりリンクして。思い出すのを少し避けていたこと、ああ、これもやっぱりみなくちゃいけないのかーって、またまた宿題的なものが増えた感あり。

本社横にたくさんの分社があって、「どこでもいいからお参りして」と言われるも、誰に何を祈るのか??なままに、見てみる。最初にあったのが「白髭神社」。
これまた父がしばらく探して参っていたところだったので、まずはここに決めた。
あとで須佐さんに聞いたところによると、白髭さんは、猿田彦さんなのだそうだ。太田さんやあまのうずめさんとセットでお参りするとよいらしい。
それから宮地嶽さん。ここもなかなかいけないので。
長く祈ってたらしいけど、何を祈っていたのか忘れてしまった。自分は何をしたいのか考えながら祈ってしまうので、何を祈ってるのか正直わからなくなることがある。本末転倒。
父とのリンクで懐かしさにハマってしまったかもしれない。自分の気持ちに正直に、、みたいなことをお話して、言いたいことを言えるようになりたいですー!と言ったような気がする。

その②につづく。