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ほほーんと暮らしたい(再)

いつのまにか、言葉が出せなくなっている自分に気づきました。自分の中を整理するために、自分のLead the Selfを保つために、思ったことを自由に書きたいと思います。

体の大反抗が始まった・・・

昨日からまた嘔吐下痢に近い症状が出てきた。年末にひどいのやったばかり。
又かと思ったが、これまでと思い方がちょっと違った。

病気は私につきものである。こどもの頃から体が弱かった。
そしてこの数年、急激に体力と抵抗力ががくんと下がっている。
年齢もあるのだろうけど、それなら私と同じ世代はもうバタバタと逝くはずだ。

そうではなくて、体の大反抗が始まった、、それは直感的に思った。

もう逃げられない。でもどう対応すればいいのかわからない。
ここ数日、その予感がしていたのだろう。不安感が増していた。体調が悪いことが不安につながるが、それだけではない。単に体調なら、薬や病院に行けば治る。
でもここ数年それでは治らないことを数回体験していた。私が私との戦争をやめなければ、体はどんどん私に戦争をしかけてくる。それは先日カイロで渡された本にも書いてあった。
本はこれ。

そういえば、娘のためもあってセッティングして行ったカイロでは、
私は寒くて寒くて仕方がなかった。体を調整してもらってるんだから、温まるはずと、勝手に思って、他人にその感覚を伝えずに理解してもらおうとしていた。これ私の悪い癖。伝えるのを躊躇してしまう。私はどうだ。どういう状態だ。どうしてほしい。私はこうしたい。これを言うのにすごく躊躇する。
なんでだろう⇒めんどくさいと思われたくない。⇒聞き分けがいいと思われたい
⇒誰に?⇒母に。
やっぱり母なのかぁ。

話は戻って、まだそういう風に「そうなんだろうな」と思うくらいならまだ余裕があって。今日はもう無理だった。
どんどん調子が悪くなっていく。でも義母も来ている(義母が来る時に具合が悪くなるのはよくあること。抵抗感が増すのだろう)、娘は成人式やし、ここで寝込めない。
そして櫛田さんへ。神社参りをすると私はあまり調子が良くなくなる。でも、もうそんなこと言ってる段じゃなく、具合悪い。もうこれは神頼みしかない。そもそも神様にまでなんか格好つけてしまってたのかもしれない。ここは素直に言った。「神様、健康にしてください。健康になります」
娘を会場に送り、義母を駅で見送り、帰宅していよいよ辛い。自分の次の瞬間に自信がない。夫にも「また嘔吐下痢かもしれない」と伝える。「こないだなったばかりなのに、また?」そうなんだよ。だから、ウイルスは結果的。ひき起こしている原因は自分にある、多分。

不安になる。むかむかする。もうこのままでは無理と思って、T先生にチャットで伝える。
・具合が悪い。嘔吐下痢的な症状。
・不安感が強いので、辞めていた薬を使おうか悩んでいる

先生からは、「仕事の件?」と聞かれる。
直接的には仕事のことがストレスになっているけど、それは本当は大きな問題ではない。本当の問題は、自分と闘いモードになってしまう自分。自分を大切にできてない自分。
でもそんなことを言っても相手には伝わらない。
・今の仕事は私にとって、プレッシャーが強い、今の状態を直接的に作っているストレス。これまで、チャレンジとして一つ一つクリアしてやってきて、どうにか終わらせてきた。でも、なぜか苦手感がある。

・鬼ごっこしてギリギリ逃げ切ってるけど、後どうすればいいかわからなくなってきているのが今の状態で、ふんばる気力も落ちてる感じ。
このざまじゃ体も心も壊れるかもしれんという不安がある。
・この不安を感じ切ったところに行ければいいんだけど、私自身のやり方をじゃあどう変化させれば良いのかがわからない。
・できることじゃないことをやってるからなんだとは思う。
・一年間は頑張ってみようと思っていたけれど、会社がまたスピードとかいう方針になったから、余計にプレッシャー厳しく感じてしまって。
・病気になるしか逃げ場がないから病気になってるのかも。

ここまで、自分が思ってることを出して、ベッドに寝込んだ。寒くて辛い。
直感に出てくるワードをFBで検索してみる。
するとOさんのところに、Nさんを紹介する記事が。

 

Nさんのブログを読んだ瞬間、、、

これ私だ。ここにおった。

私の様子が言語化されていました。

■Nさんのブログ
====

私は本来、ゆったりしたいのだ、と。

頑張れば、なんでも出来ると思い込んでいました。

それを全部手放してみたら、

私はなんにも出来ないことに気づいて

なんでも出来ることにも気づきました。

(中略)

その度に「したほうがいいのかな‥」ってまだ若干揺れる私もいて。

お客さんのために作るランチ、とりあえず作るごはんは、カフェを本当にしたくてやっている人にも、来てくださるお客さんにとっても失礼で、何より私に対しても失礼で‥。

私のエネルギーがね、魂がね、ランチにはもう乗らないことがわかってしまったんです。

(中略)

私は製菓学校を出ているわけでもないし、誰かに習ったとかもぜんぜんなくて、完全に独学です。
パティシエのように綺麗には作れないけれど、自分の中にボーダーラインがあって、そこに達せなかったら、全部捨てるんです。

今の私の完璧をお届けしたい。そこは妥協したくない。心を込めて作ること。これだけなんです。

私はエネルギー交換が好きなんだ。そう気づきました。

お菓子にエネルギーを込め、アクセス・バーズ®︎でエネルギー交換をし、素の私のままのエネルギーでお話会をする。

本当になんにもしなくて、私のままでいればいいんだ、何かをしようとしなくていいんだと分かったんです。

やりたい時にやりたいエネルギーで遊ぶ。

私はこの遊びが好きなんだと分かったんです。
====

自分のもやもやが言語化されているのに気づき、
自分が何にもやっているかを少し整理することができました。

私はゆっくりしたいんだ。。。(って言っていいんだってことにも気づいた)
頑張ればどうにかなるって思ってた・・・(そうなんだよ。根拠なく)
何でもできない自分が苦しかった(これは直原因になってる仕事の現場において。これが原因で自己否定が強く起こっている)
何でもできるかどうかはまだピンとこないけど、
私が不安を取り除くために手放せなかったものについては、
自分さえあれば、手放してもいいのかな、
いや逆に、手放さないと自分にまたプレッシャーかけてしまって、フォーカスできない。
手放そう。大丈夫。なんだかそう素直に思えた。決意させてくれたNさんの文章でした。

これを読んでから、自分で結論を出したので、そこから少し落ち着きました。
手放すことを決めると、すっと軽くなる。ということは、これはかなり重かったのでしょう。


これは、健康になりたいと強く願ったから、こういう荒療治に至ったようにも思えるわけで。
この後、Sさんともチャットで話をする中で、ああと思ったことでした。
櫛田様の効果の速さに驚きます。
まだいろんなところに自分の問題の根深さを感じますが、
ざっと羅列。とりあえず今日はここまで。

大原因と状況:
    自分を認められない自分
    自分の好きを封じ込めている自分
    もっと自分の好きを出して、やりたいことをすればいい
    でもできない。社会的なこと、他者、置かれた環境でのことを考えてしまう。

中原因と状況
    言われることやこうしたほうがいいという他者がいうこともよくわかってしまう。
    だから、そう思ってるならば、と受け入れる自分がいる。
    自分にそれでもこうしたいというのがその時にないというのもある。
    それでもこうしたいがある場合も、

    仕事の場合は、男性的(論理的)に説明できなかったり、

    稼げる方策が提示できなかったり、要は今の社会では通用しないと判断されるので、

    ますます自信がなくなって、迷いに入る。
    逃げることはチャンスを捨てる事のような気がしていた。
    逃げることを否定されると思っていた

    ⇒チャレンジし続けないことは悪だ、評価されないと思っている。

    できなくてもチャレンジし続ければ評価してもらえるという思い込み


直原因と状況:仕事が大きなプレッシャーになっている
    そんなに難しくなさそうな仕事さえ、時間がかかるようになる。
    仕事が増えるたびに、常にプレッシャーを感じる
    仕事自体が嫌いなわけではない。必要だとは思う。
    でも自分の中から湧き出てくるものとは違うやり方が、

    すんなり自分の中に入っていかない。
    自分がやりたいことって何なのかわからなくなっている
    できない自分を認められない⇒会社のルールにも徹底できない自分がつらい